コー・Mr.サックスマン、「僕の演奏で皆をハッピーにしたい」

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タイ・ジャズ界の第一人者として活躍するサックス奏者コー・Mr.サックスマンが、UNIT ASIAというバンドのメンバーとして、東京・目黒のブルースアレイでライブを行なった。日本を代表するジャズマンやマレーシアの新進気鋭のアーティストとともに、迫力ある演奏を繰り広げ、観客を魅了したコー氏に、UNIT ASIAやタイでの活動、日本の印象などを聞いた。

◆コー・Mr.サックスマン、「僕の演奏で皆をハッピーにしたい」 ~写真編~

――コーさんが参加されているUNIT ASIAは、どのようなバンドなのか教えていただけますか?

コー:僕にとってUNIT ASIAは、ただのバンドというだけでなく、ファミリーのような存在です。メンバーの則竹裕之さんはドラマーとしてタイでも有名で、一緒に演奏できることを、大変光栄に感じています。ギタリストの三好功郎さんは、作曲と演奏をし、バンドのリーダーを務めるすばらしい人。一本茂樹さんは、とても才能があるベーシストで、則竹さんのドラムと息がぴったりです。マレーシアのテイ・チャー・シアンさんは、若い新進気鋭のピアニスト。このように、UNIT ASIAは様々な個性、色彩が集っていて、それが一つの色になっています。

――これまで、東南アジア5ヵ国と日本でコンサートを行なわれたということですが。

コー:ツアーは2008年、シンガポールからスタートし、フィリピン、ブルネイ、マレーシアとまわって、最後にタイのチェンマイにも行きました。このツアーによって、バンドのメンバーの結束は高まり、友情も深まりました。それから数ヵ月後、日本でも京都、名古屋、東京で演奏をし、UNIT ASIAは回を重ねるごとに進化していきました。今日は則竹さんのバースデイ・ライブということで再び集まったわけですが、観客の皆さんとは素敵な時間を共有できたらと思っています。

――日本での観客の反応は、いかがでしたか?

コー:京都でも名古屋、東京でも、演奏する度に皆が感動してくれているのが分かりました。途中、涙を流す人もいてとても驚き「一体どうしたの」と友人に尋ねると、彼は「感動しているんだよ」と教えてくれました。タイの観客は、演奏をとにかく楽しむという感じなので、こうした反応はあまりありません。日本の方は音楽を集中して聴いてくれるので、それがバンドにも伝わり、演奏にも力が入りました。

――コーさんのタイでの活動についてお聞きしたいのですが、最新のアルバムについて教えていただけますか?

コー:『The Sound of Saxman』というアルバムを2008年11月に発売しました。次のソロ・アルバムは、2009年11月頃に出す予定です。フュージョン、スムース・ジャズのアルバムで、すべて新しく作った曲で構成されています。その前に、『The JAZZ Brothers“Combination”』というアルバムを出しますが、こちらはジャズ・ブラザーズというバンドのアルバムです。ジャズ・ブラザーズは友人と結成したバンドで、メンバーはすべてタイの優秀なジャズプレイヤーです。

――子どもの頃、お父様がタイの伝統楽器を教えてくれたとお聞きしましたが、お父様はミュージシャンだったのですか?

コー:父はミュージシャンというわけではなかったのですが、音楽が大好きで、伝統楽器を演奏することができたんです。小さいときに音楽や楽器の演奏を教えてくれて、父からは多くのことを学びました。

――15歳のときから、プロとしてお仕事をされているとか。

コー:その頃は、クラブでジャズやポップス、タイの曲などを演奏していました。渡辺貞夫さんの曲もカバーしていて、彼の音楽からは大きな影響を受けました。

――大学在学中にBoy Thaiというバンドを創設し、注目されるようになったそうですが、これはどんなバンドだったのですか?

コー:Boy Thaiは、タイの伝統音楽とジャズ、ラテン等を融合した新しいタイプの音楽を演奏していました。当時僕は19か20歳くらいでまだ若く、どのようにいい音楽を作ったらいいのか分かっていなかった。それから時がたち、僕はBoy Thaiの活動からは離れて、独自の道を進むようになりました。

――そして、初めてのソロ・アルバムを20代の終わりに出されるわけですね。コーさんのこれまでのアルバムは、スタンダード曲というよりオリジナルの曲が多いのですか?

コー:そうです。自分で作曲もしますが、作詞は一部の曲のみです。詩はとても重要で、僕にはむずかしいのですが、作詞をしてくれるいいチームを持っています。

――2008年、タイで初のジャズ・レーベルを立ち上げられたそうですね。

コー:メロートーン・レコーズというレーベルから『The Sound of Saxman』と友人のピアニストのアルバムを発売しました。その後、チリン・グルーブというレーベルを立ち上げ、次のアルバムはここから出す予定です。

――渡辺貞夫さん以外に、影響を受けたミュージシャンはいますか?

コー:たくさんいますが、なかでもデヴィッド・サンボーン、スタン・ゲッツ、日本のマルタなどから、影響を受けました。

――コーさんの創設された「サックス・ソサエティー」という組織について、教えていただけますか?

コー:サックス・ソサエティーの創設は、僕の夢の一つでした。自分が若かったときは、サックスを演奏するのは町に僕一人くらいで、サックスについて語れる人が周りにいなかった。しかし、大人になってアルバムを出すようになると、サックスを演奏したいという友人が大勢できました。僕はサックスプレイヤーや愛好者、音楽好きが集まって、友情をはぐくみ、知識を与えたり、演奏を教えたりする小さな家を作りたいと思っていた。それが、サックス・ソサエティーの始まりです。組織がスタートしてから5年がたち、今ではメンバーは1500人、生徒は300人近くになりました。そこはファミリーのような会で、7歳や8歳といった小さな子どももサックスを習いに来ています。近い将来、タイでサックスを演奏する人はもっと増えるでしょう。国王も演奏するなど、サックスはタイの国民的な楽器なので、たくさんの人に親しんで欲しいと思っています。

――バンコクでオススメのジャズクラブやライブハウスはありますか?

コー:サクソフォン・パブ(注:コー氏が毎週月曜に出演している老舗のジャズクラブ)が一番ですが、マンダリン・オリエンタルの「バンブー・バー」も僕のお気に入りです。シェラトン・グランデ・スクンビットに入っている「リビング・ルーム」もいいですよ。

――タイで開催されているジャズ・フェスティバルには、どんなものがありますか?

コー:毎年、催されている大きなものは6月のホアヒン・ジャズフェスティバルと12月のバンコク・ジャズフェスティバルで、僕もよく参加しています。

――日本に何度も来られているそうですが、印象はいかがですか?

コー:日本は1992年に初めて訪れてから、大好きになりました。たしか11月だったと思いますが、涼しい気候もとてもよかった。東京と嬬恋に10日ほど滞在してバンコクに戻ったのですが、そのときに「また日本に行こう」と思ったんです。その後、何度も来日の機会があり、今回で20回近く来ています。

――日本の読者にメッセージをお願いします。

コー:日本には何人も友達がいて、日本の人にはとてもいい感情を持っています。彼らとは長い間、連絡を取り合っていて、僕の出演しているバンコクのジャズクラブを訪ねてくれたり、皆とても親切にしてくれます。僕が音楽をやっているのは、自分自身のためだったり、生活のためだったりしますが、何よりも大事なのは、僕が演奏することで皆がハッピーになってくれることです。皆がハッピーになってくれることが、僕に力を与えてくれて、もっと演奏をすることができる。僕や僕の音楽をサポートしてくれる日本の皆さんに「ありがとう」と言いたいと思います。

Photo & text: Emi Saito(except ※)
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