スネオヘアー、断髪式で僧侶に

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現役僧侶で芥川賞作家である玄侑宗久の作品『アブラクサスの祭』の映画化に伴い、主演の僧侶・浄念役にはスネオヘアーが抜擢されたのは8月にお伝えしたとおり。その妻・多恵役にともさかりえ。住職・玄宗に小林薫と、豪華で個性あふれるキャスティングとなっているが、クランクイン前の10月26日に、スネオヘアーの断髪式が行なわれた。

◆スネオヘアー、断髪式で僧侶に ~写真編~

場所は、監督自身も僧侶生活を体験したという東京谷中の全生庵。全生庵の住職じきじきに剃髪してもらったようだ。断髪後、スネオヘアーは「頭が寒いです。めちゃくちゃ寒いです。僕は、幼稚園の頃からずっと長髪で同じヘアースタイルなので、幼稚園以来初めて髪型を変えました。」と、その衝撃体験を語った。

ともさかりえは「一番最初にはさみを入れさせて頂いた時は緊張しましたが、ついさっきまでのスネオさんの髪型がもう思い出せないくらい、この姿がしっくりきています。」と、既にスネオヘアーにあらず、目の前にいるのは僧侶・浄念との認識のようだ。もちろん加藤直輝監督も「見事に脱皮されて、想像以上に凛々しくて、驚いています。まさに立派なお坊さんになられるんじゃないかと。」と、その変貌ぶりに喜びを感じているようだ。

これからクランクインというところで、撮影に対する意気込みを、「心意気はこの頭を見て頂ければわかるように、剃髪致しまして、“浄念”と名乗ります!」と早くも役に没頭。ともさかりえも「スネオさんの心意気を受け止めて、これから撮影ですので、予測がつかないところも多いですが、楽しんでがんばりたいです。」とエールを送った。

そもそもスネオヘアーを主演に抜擢したことに対し、監督は「お坊さんがロックをするというお話で、ミュージシャンの方と一緒にやりたいという、強い思いがありました。そして、ミュージシャンの中でスネオさんに坊主になってもらえないか?なってくれるのか?というところから始まりました。今この瞬間を迎え、この姿を見て、すでに込み上げてくるものがあります。感無量です。スネオさんが主演で間違いなかったと思いました。自分の直感は正しかったと感じてます。ともさかさんとお二人並んだ姿を間近で見て、これから本当に始まるんだなあという気持ちが今まで以上に出てきました。このまま突っ走っていければと思います。」と、早くもその手ごたえを感じ取っていたようだ。

※剃髪とは?
「覚悟」を形に表すということ。覚悟を示すために自分の髪の毛を切る。仏教ではものに執着することを非常に嫌います。人間は、財産、地位、名誉などを自分の力で手に入れたと思いがちですけど、仏教では“因縁”と申しまして、自分が今持っているもの全ては、何かの“縁”によって、今ただこの一瞬、自分の元にあるだけで、“縁”がなくなれば自分の元から去っていく。これが仏教では重要な考え方です。しかし我々人間は、一度手に入れたものを放したくない、失いたくないと思います。そういう執着。そこに人間の迷い、苦しみなどが生じてきます。なぜ髪の毛かと申しますと、女性は髪が命というように髪型一つによって、気分も変わったり、印象も変わったりします。髪の毛によって人によく見られたい、それも一つの執着です。その代表的な髪の毛を剃るということによって、そういう執着の世界から離れるということも大切な剃髪の意味です。──全生庵住職

映画『アブラクサスの祭』
ウツの坊さんがロック!?かつてロック・ミュージシャンだったお坊さん・浄念(スネオヘアー)は福島の小さな町で妻の多恵(ともさかりえ)と5歳の息子と静かに生活している。お坊さんのくせに人前で話すのも苦手な変わり者だが、不器用なくらい真面目で一途。そんな浄念を、住職の玄宗(小林薫)は「念さんの中にはちゃんとしたお坊さんがいる」と、温かく見守っている。ところが、虫も殺さぬ浄念が「この町」でライブをやると言い出した!面白がって応援してくれる人もいるけれど、罰あたりだと怒り出すお婆さんも現れて、多恵も玄宗も困惑してしまう!果たして、この静かな町でライブは実現できるのか?
原作:玄侑宗久『アブラクサスの祭』(新潮文庫刊)
監督・脚本:加藤直輝/脚本:佐向大
出演:スネオヘアー ともさかりえ 本上まなみ/小林薫 他
◆映画『アブラクサスの祭』オフィシャルサイト
企画・制作:オフィス・シロウズ
(C)『アブラクサスの祭』製作委員会
2010年ロードショー
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