鹿鳴館30周年記念ライヴ、老舗ライヴハウスの“記念日”が引き起こした奇跡と感動

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3月19、20日の両日、東京・後楽園方面が熱気に包まれた。プロレスでも野球でもない。<鹿鳴館伝説~LEGEND OF ROCK MAY KAN~>と銘打たれたライヴである。会場はJCBホール。主役は、設立30周年を迎えた目黒の老舗ライヴハウス、鹿鳴館。そのアニヴァーサリー・ライヴに、この“殿堂”に所縁の深いロック・バンドたちと、世代を超えた熱心なファンの大群が集結したのである。

ヴィジュアル系の聖地。1990年代突入以降、このライヴハウスはそう呼ばれてきた。3月19日のステージに登場したのは、メリー、Versailles、Phantasmagoria、そしてムックの4組。まさにそうした時代を担ってきたバンドたちである。

定刻の18時半に場内が暗転すると、最初に登場したのはメリー。ブラックスーツで正装したメンバーたちの演奏に導かれて、両方の拳を突き上げながら登場したガラが「Friction XXXX」を歌い始めた頃には、すでに場内は一体感に包まれていた。いわゆるMCもほぼ皆無のまま楽曲だけを連射する贅肉皆無のパフォーマンスの最後を飾ったのは、バンド始動時から鹿鳴館に所縁の深い彼らが、そこで何度となく演奏してきた「バイオレットハレンチ」。その最後、ガラは、トレードマークである学習机の上で三点倒立を決め、足で拍手をしてみせた。足なのに“拍手”という言い方が正しいのかはさておき、これが彼らなりの祝辞だったのだろう。ステージから去る際、ネロが発した「鹿鳴館30周年、万歳!」というシャウトも印象的だった。

続くVersaillesも鹿鳴館には所縁の深いバンド。荘厳なSEのなか、持ち時間がさほど豊富なわけではないにもかかわらず、彼らは持ち前の儀式めいた空気を普段どおりに重視しながら、空気を自分たちの色に変えていく。ただし、音楽的にはシンフォニックなメロディック・スピード・メタルと形容可能なものではあっても、過剰な重々しさとは無縁だ。なにしろフロントマンを務めるKAMIJOの挨拶は「ボンジュール、ハニー」。まさに緊張と緩和が同居したカラフルなステージは、あっという間にクライマックスを迎えた。インディーズを卒業する際には鹿鳴館で5DAYS公演を行なっている彼らには、この6月、同じ鹿鳴館でのファン・クラブ会員限定ライヴも控えているという。

優美さのVersaillesに対して、あくまで過激さ。Phantasmagoriaが重視するのはそれだ。同じツイン・ギターの5人編成のバンドながら、結果、こうして続けざまに登場することで各々の個性が際立つことになった。期間限定復活中のこのバンドの首謀者であるKISAKIは、自らのレーベル、UNDERCODEの主宰者としても鹿鳴館と深く長い関わりを持ち続けており、他の誰よりも多く鹿鳴館のステージに立ってきたことを自覚しているのだとか。彼自身にとってもこの記念イベントに関与できたことは誇りであるはずだが、「神歌」のコール・アンド・レスポンス部分で、彼らの先導に従って「ROCK MAY!」と叫び続けたオーディエンスも同じ気持ちだったに違いない。

そしてこの夜を締めくくったのはムック。彼らのステージから何よりも強く感じられたのは、“風格”と言っていいほどの、どっしりとした重厚なたたずまい。まさにさまざまな経験の賜物と言うべきだろう。今様ヘヴィ・ロックから、ダンス・ミュージック的な楽曲までをも無造作に織り交ぜ、ライヴハウス時代の彼らに愛着のあるファンには懐かしいはずの「オルゴォル」までをも盛り込みながらの変化と落差に富んだ演奏内容だったが、それでもすべてが“ムックらしい”と感じられる。硬軟を上手く取り混ぜた達瑯のMCに煽られながら客席は熱気に包まれたが、最後の最後は名曲、「フリージア」で柔らかな空気を演出。現在のこのバンドならではの包容力を感じさせてくれた。

そして翌日、3月20日にこの場所を占拠したのは、いわゆるジャパニーズ・メタル隆盛の時代から、結果的にヴィジュアル系勃発までの橋渡し役を担うことになった重鎮3組。30歳になった鹿鳴館よりも年上の音楽ファンならば、このライヴハウスが80年代に“ジャパメタの震源地”として認識されていたことを知っていることだろう。

この第二夜、最初にステージに登場したのはDEAD END。2009年、誰もが諦めかけていた“再臨”を実現させたこのバンドにとっては、今回のライヴは2009年11月以来となるもの。アルバム制作に参加していたMINATOでも、11月の公演時に客演していた真矢(LUNA SEA)でもないドラマーが登場するらしいとの事前情報があったため、ファンの好奇心もそこに向けられていたに違いない。そして演奏なかばでMORRIEの口から紹介されたのは、山崎 慶という名前。10代の頃からさまざまなセッション経験を重ねてきたという彼は、現在、VENOMSTRIPというバンドに籍を置きながら幅広い音楽活動を実践しており、若手テクニシャンとして注目を集めている。現状、あくまでサポート・ミュージシャンということだが、彼の鋭利なドラミングが、DEAD ENDの絶対的な個性をさらに刺激的なものにしていたことは間違いない。彼らは最新作『METAMORPHOSIS』からの楽曲をあくまで中心としながらも、かつて鹿鳴館でも幾度も演奏してきた、インディーズ時代の『DEAD LINE』からの楽曲も2曲披露。イベント序盤から観衆を熱狂させた。

その熱狂をさらに大きなものにしたのがD'ERLANGERだった。メンバーたちが音と歌で会話を繰り広げるかのような濃密な演奏ぶりは、まさに4ピース・バンドの究極形と呼ぶに相応しいもの。しかもキャリアに裏付けられた重厚さばかりではなく、そこには彼らがかつて鹿鳴館のステージに立っていた頃のような刺々しさが、今も錆びつくことなく伴っている。去る2月からの全国ツアーを終えてからわずか1週間後ということもあり、文字通り、ツアーでの熱をそのまま維持しながらのライヴ・パフォーマンスとなった。抜群の安定感と極上の炸裂感が共存しているのだから、鬼に金棒と言うしかない。しかも、復活後に生まれた“現在の代表曲”たちに加え、「SADISTIC EMOTION」のようなかつての看板曲も惜しみなく披露。思春期を象徴するかのようなこの曲を、今でも無理なく着こなせるのみならず、強烈な武器にできてしまうのだから素晴らしい。

そして二夜のライヴのトリを務めたのは44MAGNUM。2009年にリリースされた7年ぶりのニュー・アルバム『44MAGNUM』からの楽曲を中心にしながら、過去には一度もオリジナル・アルバムに正規収録されたことのない幻の名曲、「I Give You My Love」といった超レア・チューンも久しぶりに盛り込まれた演奏内容の充実ぶりは言うまでもなく、躍動感溢れるパフォーマンスのみならず、PAULの含蓄ある発言もオーディエンスの感動を誘った。

「DEAD ENDもD'ERLANGERも、もちろん44MAGNUMも、これから歴史を作っていく。俺たちは、まだまだ伝説にはならないから」、「こんなにたくさん集まるんだから、みんな鹿鳴館にも足を運ぼう。俺たちの次にカッコいいバンドが見つかるかもしれないから」…こうした言葉に、恥ずかしながら筆者は涙腺を緩ませることになった。

クライマックスを飾るに相応しいロック・アンセム、「Satisfaction」で44MAGNUMのステージが終了すると、鹿鳴館の代表取締役社長、門間安彦氏の「鹿鳴館がバンドを育てたんじゃない。彼らによって鹿鳴館が育てられた」という感動のスピーチを挟み、全出演者が入り乱れながら、44MAGNUMの「STREET ROCK'N'ROLLER」の一大セッションを展開。まさに新たな“鹿鳴館伝説”誕生の瞬間がそこにあった。そう、この日に何かが締めくくられたのではない。新しい何かが生まれたのである。

文●増田勇一
写真●yuki kuroyanagi
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