「百鬼夜行奇譚」第一夜:【不眠】~Psycho Butterfly~[四/最終話]

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Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」第一夜:【不眠】~Psycho Butterfly~
[壱]
[弐]
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[四/最終話]

   ◆   ◆   ◆

再びの夜。
目の奥がずしんと重い。

横になったまま、部屋の中に視線を廻らす。ふとサイドテーブルに置かれた錆びたカッターナイフが存在感を持って転がっている。手のひらにぴったりとくるそのフォルムはいつものように魅力的だ。思わずそれを柔らかく摑み上げ、頬ずりする。

そしてそれで左腕を、薄く刻む。微かな痛みのあと、まるで透かし絵のようにゆっくりと赤い痕が浮かび上がり、そこからすぅと赤い雫があふれる。あふれ出した赤色がこぼれてしまう前に、また次の線を走らせる。指揮棒を振る指揮者のように、上品に、軽やかに、美しく。縦横無尽に線を描き続け、白い腕はみるみるうちに赤い模様で染まった。思わずその美しさにため息が出る。

ぼんやりと模様を眺め、軽くくちづければ、生きていることに気づく。心の底で静かに腐る何かを誤魔化すかのごとく、そうすることで少し安堵を覚えるのであったが、今夜は少し様子が違っている。

焦燥感とも不安ともつかぬ心の波動に押し動かされ体を起こすと、ふいに窓に映った自分の姿が目に飛び込んで来た。真っ暗な闇の中に、白く浮かぶ、いつもと変わらない男の顔。

ざわりと、肌が逆立つ感覚。血が滾る音を聞く。そして昨晩の夢を思い出した。あまりにも生々しい蝶の夢。あれは蝶だったのか。しかし蝶には顔があった。美しい翅と、醜い体。そこに埋もれるようにしてついていた顔は、確か自分ではなかったか。

声にならない叫び声をあげ夢を払うかのようにシーツをはぎ取り、カッターナイフの刃先を髪の毛の生え際から額の骨に当たるまで差し込み、ぐるっと回した。

ベラッと顔が剥がれ、何か新しい自分に成れたような清々しい気持ちになった。

「美しいよ」と、朱色に染まるシーツの端で、蝶が囁いた様な気がした。

― 完 ―

文:Kaya / イラスト:中野ヤマト

   ◆   ◆   ◆

Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」
第二夜:【鬼櫻】~桜花~
2010年5月3日(月)公開予定
震えてお待ちください。

<Kayaマンスリーライヴ“DIVA”>
5月5日(水)池袋BlackHole
6月6日(日)池袋BlackHole
7月7日(水)池袋RUIDO K3
8月8日(日)新宿RUIDO K4
9月9日(木)高田馬場AREA
10月10日(日)渋谷RUIDO K2
11月11日(木)池袋BlackHole
12月12日(日)未定

◆Kaya オフィシャル・サイト「薔薇中毒」
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