【災害関連】気仙沼在住の熊谷育美、「今後も故郷で音楽を作り続けていきます」

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気仙沼在住で、東北地方太平洋沖地震の被災者の一人でもあるシンガーの熊谷育美が、3月23日に香港で開催される<香港アジアポップミュージックフェスティバル>への出演を断念した。

<香港アジアポップミュージックフェスティバル>は、アジア7カ国と地域(韓国、シンガポール、台湾、中国、日本、香港、マレーシア)の音楽マーケットが協力し、東アジアを一つの音楽市場とすることを目的として、香港政府の支援の下に開催。各国と地域から代表アーティストが出場し、「スーパーノーバ賞」「最優秀歌唱賞」「最優秀ステージパフォーマンス賞」を競い合うもので、熊谷育美は日本代表として出場を予定していた。

熊谷は、「気仙沼から世界」という夢に一歩近づき出場を心待ちにしていたが、今回の震災を肌身で感じ、このフェスティバルに参加することが妥当ではないと判断。しかし、シンガーとしてさらに強い気持ちを持ち、活動していくことを決意している。

下記は、マスコミに宛てて送られた熊谷育美のコメント全文。

   ◆   ◆   ◆

今回の香港アジアポップミュージックフェスティバルの日本代表として選ばれた時、本当に気仙沼の人達は喜んでくれました。そして「気仙沼から世界」という夢に一歩近づいたんだなとも感じました。

そんな期待を頂き、まさに香港に向かう直前に今回の震災に遭いました。

今も震災で大変な気仙沼の状況を考えれば香港に向かうことは困難であると感じていましたが、こんな状況でも気仙沼の人達は背中を押してくれました。

「私にしか出来ない、歌で気仙沼に元気を与える役割を担った。そして香港という舞台でアジアに世界に日本の現状を伝えよう」と感じました。

そして、知人の車に乗り秋田空港を目指し東京までなんとか辿り着きました。

しかし、現在の日本国内の状況下において、このフェスティバルに参加することは出来ないという判断になりました。

本当に残念ではありますが、この判断に関してやむを得ないと受け止めています。

今後も私は故郷である気仙沼に暮らし、音楽を作り続けていきます。

気仙沼の空気、風景、人の温かさを今まで私の曲に封じ込めてきたつもりです。だから、私はこれからも歌い続けていきます。そしていつの日か、気仙沼から本当に私の歌が世界に届けられればと思っています。

   ◆   ◆   ◆

熊谷育美は、3月11日の震災当日、サンドウィッチマンとともに気仙沼の海でのロケに参加しており、ロケ終了後、クルーと別れた後に被災していた。

◆熊谷育美オフィシャル・サイト
◆東北地方太平洋沖地震にまつわる音楽・アーティスト関連情報ページ
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