【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」Vol.3「ランチタイムで絶望」

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家の近所に大変人気のあるイタリアンレストランがある。


ランチは開店前から行列ができることなどはざらで、

ディナーも予約なしではほぼ入れないといってよいほどの繁盛ぶりである。





その日も、すでに十四時前だというのに店の前にはまだ十人以上の列ができており、

俺はその最後尾に並んだ。


いやー。今日も盛況ですなー。結構結構。と思っていると、

俺の後ろにふたり連れの客が並んだ。


頭をつるつるに剃り上げた恰幅の良い四十半ばくらいのおっさんと、そのおっさんの母親らしき小さな老婆であった。


俺はさして気にもとめなかったが、突如飛び出たおっさんの一言に背筋がヒヤリとした。



「いやーお母さん。もうお腹いっぱいだねー」



(え?お腹いっぱいなの?)


俺は物凄く嫌な予感がした。




しばらくすると、女性の店員が並んでいる客のオーダーをとりに店の外へ出てきた。

先にオーダーをとることによって店の客回転率をあげることができ、客もあまり料理を待つこともない。

どの飲食店でもやっていることである。


女性店員は俺に注文を尋ね終わると、俺の背後の「お腹いっぱい」宣言をした客に、


「ご来店ありがとうございます。お客様何名様でしょうか?」


と尋ねた。

至極真っ当な質問である。


すると、ツルツルのおっさんは、


「ふたりだよ」


と応えた。


俺は背筋がゾクリとした。


何故なら今の「ふたりだよ」という発言に見え隠れする邪悪な感情に、俺の繊細なソウルが気づいてしまったからである。


女性店員はそれに気づかず、

「かしこまりました!メニューはご覧いただいておりますか?オーダーお決まりでしたら、お伺いいたします!」

と元気にかつ丁寧に問うた。


するとツルツルのおっさんは脂ぎった顔を歪ませて、驚くべきことを言った。





「お腹いっぱいでなんも食えねーよ」






え?どういうこと?


女性店員がそんな顔をしてしまった自分に気づき、すぐに笑顔をとりもどしたが二の句が継げないでいると、

ツルツルのおっさんは何故か呆れたような顔をしてため息をつくと、


「俺とお母さんは実は今日一回この店に来たけど、すでに長蛇の列ができており並ぶのを諦め、大好きな中華料理をたくさん食べてきちゃったんだよ」


というようなことを言った。


(え?食べてきちゃったの?)


俺は頭脳が歪んでいくのを感じた。



女性店員は困惑顔で、

「さ、さようでございますか…」

と言ってまた口籠ってしまった。

無理もないことである。

だってここに並んでいる人はみんな昼飯を食べに来てるわけであって、てゆーかそれ以外理由はないのであって、「食べてきちゃってる」のは確実におかしい。

そして人間の脳は、このようなまったく理解のできない奇怪なことに遭遇すると、え?なんでー?といって驚いて働くのをやめ、阿呆になって目の前のその出来事から逃避したくなるものである。


しかしその女性店員はなんとか阿呆になる一歩手前で踏ん張っていた。

その証拠にどもりつつもなんとか、

「あっ。えっとー…」

「そ、あっ。えー…」

などと譫言めいたことを言って、自我を保とうとしている。


しかし、そんなことにはおかまいなくツルツルのおっさんは、



「だからよー。腹いっぱいだからコーヒー飲みにきてやったんだよっ」



と、語気荒く言った。



女性店員はしどろもどろになりながらも、


「あっあっあっ。あの。その。やはりランチタイムはお一人様につきパスタかピッツァをご注文いただいておりまして、その。あの喫茶のみでのご利用はちょっと…」


と必死で言った。

するとツルツルのおっさんは唾を飛ばしながら叫んだ。


「な、並んでるから他で食べてきてやったのに!なおかつコーヒーを飲みにきてやったのに!その態度はなんだ!こ、こんな店あるか!」




(わああああああああああああああああああああああああああ!!!!)


俺の頭が割れた。


割れ目からヘドロのようなどす黒い液体が溢れ出し、みるみるうちに辺り一面いっぱいに広がっていき、この世のものとは思えない臭いを放ちながら俺を中心に渦を巻き始めた。

ツルツルのおっさんもその母親も女性店員もその臭い渦に巻き込まれてぐるぐる回っていた。



みんな一様に無表情であった。






はっ。と気がつくと近所のバーの便器の水の流れるさまをぼーっと見ていた。

流れる水のなかにツルツルのおっさんの顔が浮かんでいた。


無表情だった。





絶望的な気分であった。

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