【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」Vol.4「絶望的な二人」

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幼馴染の結婚式へ向かう途中。



俺は親父と兄と三人で京浜東北線に乗った。

座席は埋まっているが、比較的空いている白昼の車内であった。



吊革につかまり、俺はぼんやりと今日式をあげる幼馴染のことを考えていた。


幼馴染は、俺が産まれた時から知っている、もう一人の兄のような存在である。


(いやー…結婚、するのかあ…)


穏やかな白昼の車内、

俺は去る日の思い出を懐かしみながら、光陰矢の如しですなあ。とか思っていた。


したら突然、



「ふっざけんじゃねえよ!!!!」



という絶叫が背後から聞こえた。


驚いて振り返ると、

背後の座席の一番端に座っていた素っぴんらしき女子高生が、

目の前に立った全体的にうらぶれた感じのおっさんを悪鬼の形相で睨みつけていた。

おっさんは競馬新聞を握りしめ、ぷるぷるしている。


「あはぁん!?うるせぇクソガキこの野郎こらぁ!!」


おっさんも負けずに絶叫した。

顔が怒りで蒼ざめている。


すると、


「あはぁ!?てめぇなんなんだよクソじじい!!」


女子高生は凄い剣幕で叫び、

座ったままでおっさんの足のスネあたりを思いっ切り蹴り飛ばした。


「オッ!?こっ、このやろっ…」


おっさんは突然の女子高生の攻撃に一瞬驚愕したが、すぐさま、


「ンナッ!!!」


という気合とともに女子高生の胸元あたりを蹴った。


「あゃぁっ!!てんめぇ何すんだよクソじじゃああぁあぁぁあああ!!!!」


と叫びながら女子高生がおっさんに掴みかかろうとした瞬間、

やっと周りの乗客に押さえられた。



ここまでの出来事は文章にすると長いようだが、

止める隙がないほどほぼ一瞬にして起こったことであった。





▲絵:小林賢司
押さえられたまま女子高生は、


「んだっ!くっ、クソがっ!」

「ふざっふざけんなよこらぁ!」


と叫んでいた。



おっさんは、


「オフゥー、コフゥー…!」


と鼻息を荒げながら次の駅で開くドアのほうに移動し、

何事もなかったようなフリをするために競馬新聞をバッと広げて読んでるフリなどをしている。

何故何事もなかったようなフリをするかというと、今起こったことから自分の心を守るためである。

現実逃避である。





「まあ落ち着けって。どうしたの?」


窘めながら男性の乗客が訊くと、

女子高生はまだ怒り収まらぬ、といった感じで、

「マジよぉっ。ぜってぇ訴えるからぁっ…」

みたいなことを言いつつ、事の顛末を語りだした。




「あっしは別にちょっとなんか寝ちゃってーだってマジッ、昨日とか三時間とかしか寝てねーし、マジキチー!オォニッ!?つってちょっとあーし寝ちゃったんだぁ。したらちょっとーあっしもマジちょっと一瞬だったけどぉ。バンッて落ちてバッグー。なんかしたらーイテッとか言ってんのぉ。そんであっしハァ?ってなってぇ。エ、だってぇ、マジほぼなんもバッグとかあーしなんもほぼ入れてないからー(笑)イテーとかマァジねぇし、エッつうかじじいどんだけ弱いんだよ!?的な(笑)つかつかァー!!あーし別にわざとじゃねえし!!あっしマジソッコー謝ったし!!したらーなんかあのじじいがなんかキモい感じであっしのバ、バッグ蹴っきてぇ!アハァ!?ってなってぇ!ざっけんなよ!つってぇ、やった」



なにぶんキレているので脈絡がなかったり、何故か自分のことを渡世人のように「あっし」と表現したりするので違和感もあり解りづらいが、

まとめると以下のようなことである。





自分(女子高生)は座席に座り、うつらうつらしていた。

すると膝の上に置いた通学鞄がズルッと滑り落ち、

目の前に立っていたおっさんの足の甲に直撃し、

おっさんは大して痛くもない(何故なら鞄には大して物が入っていなかったから)くせに、「イテッ!」と声を上げた。


女子高生はすぐハッとなって、

「スミマセンッ…!」

とおっさんに聞こえるように謝り、鞄を拾おうとした。


するとおっさんは、ちゃんと謝ったのだからよせばいいのに、

「チッ。ったくよぉ、邪魔なんだよぉ」

とか言いながら、女子高生が拾おうとしている鞄を、横に蹴っとばしたのである。



そこで女子高生の怒りのボルテージは一気に上昇し、ふっざけんじゃねえよ状態になってしまったのである。





話しているうちに女子高生のマインドはまたグラグラと怒りに支配されだしたようで、

「オイッ!」

と叫ぶとドア付近に移動したおっさんに近寄って行った。


おっさんはもう完全に無視、

女子高生を思いっきり蹴ったという事実から逃避するかのように競馬新聞に顔を突っ込んで、夢中になって読んでいるフリを続けている。


すると女子高生はケータイを取り出し、


「マジこう、マジこう」


と言いながら、競馬新聞とおっさんの顔の間にカメラを差し入れ、

おっさんの顔をカメラで撮った。


おっさんは驚き、競馬新聞で自分の顔を隠し、


「バ、バモバモバモバモッ」


という意味不明のくぐもった鳴き声みたいのをあげ、両手で持った開いたままの競馬新聞で女子高生を殴ろうとした。


しかしさすがに周囲の人々に押さえられ、おっさんは、


「は、はなせっ!はなせっ!オイッ!ふざけんじゃねえよ!!ふざけたことしやがってこの!!」


と言いながらジタバタした。



女子高生は語気鋭く、


「てめぇぜってー次の駅で降りろよ?マジソッコー警察呼ぶから。逃げんなよクソじじい、オイ」


と言った。


おっさんはジタバタをやめてまたも完全に無視モードをONにし、

競馬新聞を丸めて薄汚れた緑色のジャンパーのポケットに突っ込み、

今度はドア窓の外の流れる景色を眺めて現実逃避作戦を開始した。




俺はてゆーかおっさんはなんで他の車両とかに逃げないのかなー。と思った。

で、わかった。



プライド、である。



他の車両に逃げたらこの女子高生との戦いから逃げたと他の乗客に認識されることになり、

それによりおっさんは自分が精神的に敗北することを恐れているのである。

それに自分の方が分が悪いのもわかっているので、

とりあえず現実逃避作戦を敢行、精神の安定を保ちつつ、次の駅に着いたら速攻降りて逃げることによって精神的な敗北を避けようとしているのである。

何故、駅に降りることによって精神的敗北を避けられるかというと、

降りることによって、

「俺はもともとこの駅で降りる予定だったから降りた」

という嘘でも明確な他の理由ができ、自分の心に言い訳がきくからである。


はたからみればどっちにしろクソ野郎には変わりはないが、

おっさんはおっさんの心が守れればそれでいいのである。





『まもなく田町~田町~です』


そうこうしているうちに電車は田町駅のすぐそばまでやってきた。


「逃げんなよぉ…逃げんなよぉ…」


女子高生は獲物を狙う蛇のようにおっさんを睨みつけている。

おっさんは異様に無表情である。


そして、電車は田町駅に着いた。

『田町~田町~』

プシューッとドアが開く。



その瞬間、

おっさんは、脱兎の如く駆け出した。





「まぁてこらああああああああああああああああ!!!」


女子高生も矢の如く走り出るとおっさんのあとを追った。



車内は嵐が去ったあとのようだった。


俺の穏やかな心は掻き乱されたままだった。










そして結婚式場へ着き、俺は幼馴染とその新妻に、

加山雄三氏の「君といつまでも」を弾き語った。


あの女子高生とおっさんはどうなったのか、考えながら。

今日の夕闇は二人をつつむのか。

おっさんは留置場に入れられ、鉄格子の窓から侵入した夕闇に包まれ、

絶望的な気分になっているかもしれない、と思った。

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