ブライアン・フェリー、ロバート・ワイアットを経てマーシャ・クレラが描く線

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2012年5月に新作『アナロジーズ』をリリースした東ベルリンの女性シンガー・ソングライター、マーシャ・クレラはいい音楽を見抜く耳を持っている。彼女が影響を受けた音楽は何だろう?と考えるとき、1960年代から現時点までのロックの系譜図を私たちは描くことができる。ヴェルベット・アンダーグラウンドをルートとしたアンビエント→ポストロック→エレクトロニカ→フォークトロニカみたいな系譜図にグラム・ロックやプログレッシヴ・ロックが入り混じった色彩を彼女は描く。

◆マーシャ・クレラ画像

さて、マーシャに影響を与えた音楽は何か。ドイツのエレクトロニカ・レーベルとして比較的有名な、モール・ミュージックのマーシャ・クレラのバイオグラフィでは、「1990年代にシカゴのジム・オルークやロンドンのステレオラブ、デュッセルドルフのマウス・オン・マーズに影響を受け音楽活動を開始」と書かれている。また彼女のアルバムレビューなどでは、ロバート・ワイアットやヤング・マーブル・ジャイアンツ、フィーリーズ、フリートウッド・マックとの親近性も語られている。また実際に彼女がカバーした音楽は
・ブライアン・フェリー
・レナード・コーエン
・クルト・ワイル
・デペッシュ・モード
・コーマイト(東ベルリンのバンド)
など。

なかでも、2009年にシングル盤を発売し、彼女がいまだにアンコールでも演奏する「ドント・ストップ・ザ・ダンス」のブライアン・フェリー。このカバーは本当に素晴らしい。

グラムロックファンやヴェルベット・アンダーグラウンドファン、ロキシー・ミュージックのファンであるならば絶対に胸に響くのではないだろうか。

これらの情報のなかから、彼女および、東ベルリンにおける音楽観形成の土壌を考えてみよう。

彼女の音楽を形容するなら、私的な女性版ロバート・ワイアットの音楽という例えがしっくりくる。というか、ワイアットのパートナーであり画家でもあるアルフレッダ・ベンジーが作詞してワイアットが作曲した『ドンデスタン(Dondestan)』(1991年発表)の曲に極めて近しい。マーシャ自身、好きなアルバムとして『ドンデスタン』を何かのインタビューで答えていた。

『ドンデスタン』はワイアットが一時期参加していた英国共産党から離党した直後に発表されたアルバムでもある。「インターナショナル」を歌わなくなったワイアットのアルバムだ。『ドンデスタン』は、スペイン語で「彼らはどこに」という意味だと言う。同アルバムでの同名曲「ドンデスタン」は「かつてパレスチナは国だった」という国を失って行き場のない人々が歌われる。このアルバムが発表されたのは1991年。ベルリンの壁崩壊直後、マーシャは16歳だ。「共産主義よりの保守で、まだ駆け出しで臆病」という心の色合いが彼女の胸に響いたのではないかと思う。その色あいを彼女は私的な歌で描こうとしているのだと思う。

べルリンの壁が崩壊して、それまでの社会主義価値観を喪失して行き場がなくなった居心地の悪い感じ、「彼らはどこに」という問いかけは、ジャン・リュック・ゴダールが『新ドイツ零年』で1990年キーワードとして語る「西洋はどこですか?」という問いと同じ根を持つ。

やっぱりロックとは、社会とそのなかで生きる個人のあいだの壁にたいして、個から壁へとぶつけられる叫びだと思う。今年の新アルバム発表ツアーでも、マーシャはブライアン・フェリーの「ドント・ストップ・ザ・ダンス」を歌い続ける。この歌の<ずたずたに引き裂かれた世の中><荒れ模様の空><暗闇の中>が東ベルリンの風景、そしておそらく私たちをも取り巻く現状だ。真実、愛など教えられた価値観の崩壊。それに対して<前へ進まなければ命を落とすだけ>という強烈なメッセージは、マーシャの2005年発表アルバム『Unsoloved Remained』収録曲「Feels Like」で描く「暗闇」とも同じ色をしているのだと思う。

ブライアン・フェリーもゴダールも「引用の名人」と呼ばれているが、マーシャも引用の名人である。新作『アナロジーズ』の「One Step」における<灰色に灰色が混じるのは人の運命>のヘーゲル引用で見て取れるように。カバーや、引用は、孤独な叫びを補完するものだ。

ベルリンの壁の崩壊後にやっと、英国などに約30年の遅れをとって開始した東ベルリンのロックは、20年の年月を経ていま、1979年ごろの英国音楽シーンに等しい熱気を孕んでいる。それに勤勉なドイツ人ならではの精巧なサウンド分析と製作技術と、ユダヤ人クレツマー音楽を生んだ重要な土壌である東欧プロイセン地域(東ドイツからポーランドの地域)特有のフレージングが加わり、他国とは一線を画す音楽が創られている。

小塚昌隆
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