キノコホテル【ライヴレポート】前・後編のライヴで現メンバーでの歴史にいったん幕

ツイート

淫靡にして甘美。謎めいた女性だけの音楽集団・キノコホテルが3rdアルバム『マリアンヌの誘惑』を12月5日にリリースした。前作から1年8ヵ月ぶりとなる本作は、元来彼女らが持つ大衆的な歌謡性がファンク、ロック、パンク、ニューウェーヴからジャズにスカと各方面にベクトルを伸ばした末に、独特のキッチュな中毒性に収束した多彩かつ濃密な1枚。これだけを聴けば、誰もがキノコホテルの順風満帆ぶりに疑いを挟む余地など無かっただろう。

◆キノコホテル【ライヴレポート】前・後編のライヴで現メンバーでの歴史にいったん幕~拡大画像~

だが、発売に先立つこと1ヶ月前、支配人たるマリアンヌ東雲(歌と電気オルガン)からは、なんと“キノコホテルは12月9日のキネマ倶楽部での公演を以て現在の4人による営業を終了致します”との声明文が発表されていた。胞子(ファン)たちに広がる動揺をよそに、しかし、アルバム・ツアー<サロン・ド・キノコ ~四次元の美学>は、札幌、名古屋と平穏無事に進行。そして、その終着点たる東京キネマ倶楽部2デイズで我々が観たものは、キノコホテル現体制の総括であり、新たなるスタートへ向けての堅い決意であった。

開演を知らせる鐘の音が鳴ると、まずは黒い羽根つきガウンを纏った支配人が下手のサブステージに登場。初日はヴァイオリンを、二日目はシタールを優雅に奏でるところに従業員(メンバー)が駆け込み、“お客様がいっぱいで私たち3人では捌ききれません!”と助けを求めるドラマ仕掛けのオープニングで、すっかりオーディエンスをキノコホテルのゲストに仕立て上げる。そしてステージに4人が揃い、支配人が素早い指捌きで自らの三方を囲むオルガンを掻きならせば、広がるのはポップでマニアックなキノコホテル特有の摩訶不思議な音世界。キャバレーを改装した絨毯張りのレトロなホール空間も、蠱惑的な歌やファズの利いたサウンドと最高のハマり具合で、さらにピンクを基調にしたエロティックな照明が、その妖しさを倍加させる。ミラーボールに照らされてキラキラと光る従業員たちのつけまつげも、キュートこの上ない。

12月8日を“前編”、翌9日を“後編”と題して行われた本公演は、支配人いわく“二日間にわたってキノコホテルの歴史を紐解いていこうという趣旨”ゆえ、懐かしい曲も其処此処に。中でも初日は緩急豊かな展開と青いライトが相まって大いなる包容力で場内を呑み込む「風景」、二日目は淡々と紡がれる妖艶が即興性高い演奏で一気に爆発する「山猫の歌」と、支配人がノースリーブの新衣装に着替えた中盤のナンバーが鮮烈な印象を残した。一方、最新アルバム収録曲では血走った眼でマイクを握りしめ、あげくは床にバタリと倒れる支配人の姿に鬼気迫る「愛と教育」(初日)、色っぽい息遣いで腰を振る彼女の脚の間に電気ギターのイザベル=ケメ鴨川がネックを挿し込む「回転ベッドの向こう側」(二日目)が強烈なインパクト。この二人は新曲「セクサロイドM」でもピックを口移し、パート・チェンジして荒々しく互いの楽器をかき鳴らすという、なんとも扇情的なパフォーマンスで両日共に魅了してくれたことも付け加えておきたい。

おまけに“マッシュメイツ”なるスリップドレスのダンサーたちを従えて、フロアに迫り出した花道から胞子たちに鞭をふるい、ブーツのままオルガンに跨っては立ち上がってM字開脚で観る者の度胆を抜いたり、二日目終盤の「マリアンヌの恍惚」ではファナティックにヴァイオリンをかき鳴らしたりと、支配人・マリアンヌの無礼講ぶりはヒートアップするばかり。さらに、その後ろにはニコニコと笑顔を絶やさず正確なビートを刻むファビエンヌ猪苗代、左にはポーカーフェイスでクールにベースを指弾くエマニュエル小湊、右側では多彩な音色を鳴らしつつ恍惚の表情を浮かべてグルーヴするイザベル=ケメ鴨川と、腕自慢の面々が強固にサウンドを支える様を目の当たりにして、めくるめく陶酔に呑み込まれるほかない。果ては、客席を見渡す支配人の“ほんっとにオッサンだらけなんだから。ちょっと!女の子は?”なんていう毒舌すら心地よく感じてしまうのだ。アンコール、全身エナメルで覆われた黒のキャットスーツにコルセット姿で現れた彼女は“暑いし苦しいし、私って実はマゾなのかしら?”と呟いていたが、それはコチラの台詞である(笑)。

しかし、この公演が単なるツアー・ファイナルでないことは、その場の誰もが承知していたこと。ツアー最終日となる12月9日、二度目のアンコールでステージに戻った支配人は“本日をもちまして、キノコホテル支配人を辞職致します”とジョークで笑いを取ったあと、ゆっくりと件の声明文に秘められていた真相を語った。

“本日をもって、一人の従業員が普通の女の子に戻ります。退職者からの挨拶。エマニュエル小湊”

ざわめく胞子たちに向かい、前に進み出たエマニュエル小湊が口を開く。

“平成20年、栄光のキノコホテルに入社以来4年半、本日までベーシスト兼秘書として務めてまいりましたが、ここにきて体力の限界を知るに到り、退職を決意致しました。本日をもちまして私は普通の女の子に戻りますが、キノコホテルは永久に不滅です!”

わずかに微笑みつつ告げられた文言は、某野球選手と某横綱と某アイドルを彷彿とさせる遊び心の利いたものとはいえ、もちろん瞳は真剣そのもの。そして演奏された「もえつきたいの」は、支配人いわく“キノコホテルがメジャー・デビューして、世の中に初めて出たときの曲”という思い出深いもので、涙目のイザベルがエマニュエルに寄り添うと場内からは大歓声が。最後は4人全員でステージの上手、下手、中央から手を繋いで一礼し、現メンバーでの4年にわたるキノコホテルの歴史は、静かに幕を下ろした。

“一番古かった従業員がやめて、寂しくないと言えば嘘になります”

一人ステージに残った支配人は、そう胸中を語りながらも、12月20日に下北沢CLUB Cueで行われるイベント“東雲音楽工業忘年会”から新たな従業員を迎えることを発表。“これからもキノコホテルをよろしくお願い致します”と恭しく頭を下げた彼女の凛とした佇まい、そして終演後のフロアに流れた「I Love Paris」の優雅な調べが、美しい余韻となって衝撃に打たれた心を慰める。事実、実演会のツアー情報が続々と告知され、すでに新体制でのスケジュールも目白押し。キノコホテルという“夢”の空間は、我々を迎え入れるべく、まだまだ営業を続けてゆくのだ。

取材・文●清水素子
撮影●齋藤真里

◆キノコホテル オフィシャルサイト
この記事をツイート

この記事の関連情報

*

TREND BOX

編集部おすすめ

ARTIST RANKING

アーティストランキング

FEATURE / SERVICE

特集・サービス