2013年1月1日(火)ベルリンの元旦、ローザ・ルクセンブルク・プラッツの劇場フォルクスビューネ(Volksbühne)にてジェンマ・レイ(Gemma Ray)のコンサートをみる。

◆ジェンマ・レイ画像

ジェンマ・レイは、イギリスのエセックス出身、現在はドイツ、ベルリンで活動しているシンガーソングライターで、マリアンヌ・フェイスフル、クリス・クリストファーソン、CWストーンキング、モット・ザ・フープル、エイミー・ワインハウスなどと共演経験があり、スパークスとも共演し彼らの楽曲「How Do I Get To Carnegie Hall?」を録音している。モット・ザ・フープルの前座を務めた際には、ジミー・ペイジから絶賛を受けたという。音楽ジャンル的にはポップ・ノワール、サイドウェイズ・ブルース、あるいはゴシック・フォークと分類されるらしいが、この日のステージをあえて一言でいうならば、女性ボーカル版ヤードバーズ! ヤードバーズをバックバンドに従えて、音域が高めのジュリー・ドリスコールかキャロル・グライムス、あるいはサンディ・デニーが歌っている印象。(筆者もそうであるが)1960年代のブリティッシュ・ロックファンなら確実に好きになる要素がそこらじゅうに散りばめられていて、とても楽しいコンサートだった!

ドイツの伝統を感じさせる大ホール、フォルクス・ビューネのステージに、2012年に発売された『Island Fire』のジャケット同様のアメリカン・レトロなイラストを背景画として映し出しつつ、「Rescue Me」、「Runaway」、「Flood and a Fire」、「Fire House」、「Make it Happen」など『Island Fire』のナンバーを演奏。ライブでの彼女の歌唱は音程に多少不安定なところがあるものの、節回しに特筆すべきものがある。それは、いわゆる英国ロックのボーカリストの伝統を継承して見事に体現したものであり、フリーやバッド・カンパニーのポール・ロジャースや、グレゴリウス聖歌の唱法から影響を受けたフェアポート・コンヴェンションのサンディ・デニーを彷彿とさせる。バンドは、忠実に1960年代のアラン・プライス風というか、ブライアン・オーガー風というかズート・マネー風のハモンドオルガン・メインの、マイナー3コードブルースを基調としたビート・サウンドを精密に再現。「Flood and a Fire」などはそれらすべてが効果を奏して一種独特の領域に到達している。「Fire House」は英国トラッドの香りが見事に継承されている。

また、彼女はナイフ(のようなもの)をセミアコ・ギターに突き刺しており、ギター・ソロの場面では、そのナイフをギターの弦に擦り付けて、狂ったスライド・ギター風というか、あたかもテルミンの歪んで浮遊する音色のようなノイズを挿入するのがとてもユニークで面白かった。加えてエレクトロニカ風にディレイしまくったギター・トーンをサンプリングしたりする。だが、普通にギターソロを弾かせても、彼女のブルージーなギターソロはかなり力強い悲しい音色を持っていて素晴らしい。

さて。「好きになる要素がそこらじゅうに散りばめられている」からこそ、「好きになる要素がそこらじゅうに散りばめられている」ことの限界も見えてしまうのが正直なところである。ベルリンの雑誌などを読んでいても彼女の新アルバムの「懐古趣味的傾向(Retromania)」には賛否両論があるようだ。特にベルリンの書店の音楽コーナーに入って驚いたのだが、日本よりも1960〜1970年代のオールド・ロックやR&Bに関する雑誌数がかなり多い。新しいオリジナリティを産み出しているアーティストに関する情報量よりも、はるかに、もうすでに過去である、アメリカやイギリスのポップ音楽に関する情報量が多いように見える。ジェンマ・レイの音楽がベルリンで比較的多くの人々に支持されている背景にはこういった「懐古趣味的傾向」があるようだ。

だが、懐古趣味と(未来へ進む?)オリジナリティを二律背反するものと捉えることも浅はかなのだと思う。2012年のジェンマ・レイのアルバムは、1950年代のアメリカン・グラフィティ〜オールディーズ、ロカビリー、ブルースから、1970年代初頭のブリティッシュ・アートロックまでをサウンドの守備範囲に限定して、そこに特化したサウンドのキャンバスを背景に彼女の思いを塗り込めて、ひとつの完成した世界を創り出すことに成功している。それは、なんとなく良質のパブ・ロックが1970年代末のパンクを産み出した、イギリス・ロックの幸せな瞬間を想起させる。そう、彼女の音楽は、パブロック、ニック・ロウや、クリス・スペディングが作った、オールディーズ、ロカビリーとニューウェイブのミックスに近い気がするのだ。こういった懐古趣味が次なる新しいモードを創り出す可能性は大いにある。彼らの音楽ほど香辛料が効いておらず、多少甘ったるいのであるが、彼女の音楽に今後も注目したい。

文:Masataka Koduka

◆Gemma Rayオフィシャルサイト