【インタビュー】FOUR GET ME A NOTS、強烈なグルーヴと疾走感・強いメッセージを併せ持った男女混合3ピースバンド

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FOUR GET ME A NOTSの母体は2004年の結成なので、もう9年目に入ることになる。幾多の変遷があって最強の3人が集まり、これまでにアルバムを2枚リリース、そして精力的なライヴ活動を続けて多くのファンを獲得している。そのFOUR GET ME A NOTSが3枚目のフルアルバム『BLINKS』をリリース。強力にボトムを支えるビート、絡み合う男女混成ボーカル、楽曲は限りなくメロディアスでありながら、強いメッセージを秘め、“芯”のあるサウンドがぶつかり合う。そんなFOUR GET ME A NOTSのチカラの秘密を石坪泰知と高橋智恵に語ってもらった。

【4人から3人になったときすごい不安だったんですが、「タイトになって逆に良くなったよ」って言われのがすごく大きくて】

──2004年結成ということですが、石坪泰知(Vo/B)さんと阿部貴之(Dr/Vo)さんは、それ以前からの幼なじみだそうですね?

石坪泰知(以下、石坪):小学5年くらいからの同級生です。2人とも楽器を持ち始めたのは中学3年のときで。最初はコピーバンドを組んでいました。

──では、阿部さんとは中学3年の初バンド結成以来、ずっとリズム隊として一緒に活動しているという?

石坪:そうですね。高校は別々だったので、僕も阿部もそれぞれの学校でコピーバンドを掛け持ちしてましたけど、もう13年は一緒にやってます。長いですね(笑)。

──中学生当時はそのバンドでどのような音楽を?

石坪:L'Arc~en~Cielが好きでしたね。当時は毎日カラオケに行ってL'Arc~en~Cielしか歌わないみたいな。やっぱりテレビから流れてくる音楽とかを聴いて育っているので、いろんな音楽から影響を受けつつ。で、友達に教えてもらったHi-STANDARDとかGREEN DAYを聴いて衝撃を受けました。今思えば中学3年の頃、すでにFOUR GET ME A NOTSの原型ができていたというか。高校2年生のときにGOING STEADYのコピーバンドでライヴハウスに出始めるんですけど、そのときのバンド名がファイナル御飯っていう、高校生ノリのバンド名で(笑)。このバンドがFOUR GET ME A NOTSの前身になるんです。

──当時は4人編成だったとか?

石坪:中学時代の仲間と組んでたバンドで、僕と阿部のほかにボーカリストとギタリストがいる4ピースでした。高校を卒業して19歳くらいのときから、オリジナルを作り始めるんですが、ボーカリストが進学のために脱けて3ピースになったんですよ。その頃、地元の千葉LOOKのオーディションライヴとかに出始めて。もう1本ギターを入れたいっていう話をしていたんですよね。

──そこで高橋智恵(Vo/G)さんに白羽の矢が立ったわけですか?

石坪:ソロでギターを弾き語っている女の子が居るみたいな。高橋は、当時のギタリストの知り合いの知り合いの知り合いみたいな感じで。ファイナル御飯はオリジナルを作り始めた当初、MTRでデモ音源を録っていたんです。そこに女性の声を入れたくて、加入前にコーラスを手伝ってもらったこともあったんです。

──では、ギターを入れたいというアイデアが、結果、女性ボーカル&ギターを迎え入れるということに?

石坪:そうですね。ただ、ボーカルが脱けてからは僕がメインで歌っていたので、最初はボーカリストというよりも、コーラスというカタチだったんです。高橋が入ったことで、ファイナル御飯は4人になるんですが、そのすぐ後にギタリストが諸事情によって脱けることになるんです。

──19~20歳くらいのFOUR GET ME A NOTSは、なかなかの激動期ですね。高橋さんは加入する以前、どういう音楽を?

高橋智恵(以下、高橋):自分で作ったオリジナルです。コピーという概念を知らなかったというか、アーティストの曲を自分が演奏するっていう感覚がなかったんですね。小さい頃から楽譜が書けたので、作曲は遊びみたいな感じでもやっていて。最初は人前でどうこうしたいということではなかったんです。中学とか高校のときに、自分が作った曲を聴いた友達が感動してくれたことがあって。そのときに“私こういうことがしたい”と思ったんです。それがきっかけで、自分の歌を届けて、なにかを感じてほしいっていう欲が出てくるようになりました。それから自然と、イベントがあったら出演して、それが毎月になって、みたいな感じでしたね。

──高橋さんが入ることによって、バンドの音楽性にはどんな変化がもたらされると思ってました?

石坪:もうひとりのギターがコード弾きというよりも、バッキングの上でピロピロ弾く感じだったんで、そういう曲を作りたいなと思っていたところもあったんです。だったら、バッキングとコーラスをやれる人がいたほうがいいなっていうことは漠然と考えてましたね。

──それが、ギタリストが脱退して3ピースになるわけじゃないですか。そうすると、ひとりひとりに掛かる比重も大きくなっていったと思うんですが?

石坪:4人から3人になったときって、大丈夫かな……ってすごい不安だったんですけど。その次の次のライヴのときに、ライヴハウスのブッキングマネージャーとか対バンから、「タイトになって、逆に良くなったよ」って言ってもらえたのがすごく大きくて。

──それは、個々の力量と削ぎ落とすことが許される楽曲本来の良さがあったからでしょうね。3ピースとなるとサウンドひとつひとつが確実に聞こえてくるわけだから、他人にお任せ的な邪念もなくなりますよね?

石坪:そうですね。3ピースになったことで意識がだいぶ変わりました。

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