【ライブレポート】ベルリン、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの音楽的地層

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2013年の念頭、約5年ぶり通算15作目となるアルバム『プッシュ・ザ・スカイ・アウェイ』をリリース、イギリス、オーストラリア、オランダ、オーストリア、ベルギー、ドイツ、ギリシャなど世界各地のアルバム・チャートを席巻したニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ。単なるロック・ミュージシャンと語ることが許されないであろう、オーストラリア出身のニック・ケイヴは、1982年のヨーロッパ・ツアーの途中、偶然テレビで放映されたドイツの実験的バンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン(Einsturzende Neubauten)の演奏を観て衝撃を受け、その後ベルリンのクロイツベルクに移住、SO 36、Risiko、Dschungelといったベルリンのライブハウス/バーでアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのメンバーと交流を深めた。

◆<ブラインド・デート(BLIND DATE) - Treffen mit Unbekannten>画像

この時期(1982〜83年)にニック・ケイヴが作り上げた音楽的人脈には驚くべきものがある。ノイバウテンのブリクサ・バーゲルド(Blixa Bargeld)のほか、ニューヨーク・アンダーグランドの女王、リディア・ランチ(Lydia Lunch)とも共演しているし、バズコックスのハワード・ディヴォートが結成した伝説のバンド、マガジン(Magazine)のバリー・アダムソン(Barry Adamson)との交流。ドイツの初期ポスト・ロック、ポスト・パンクバンドであるディー・ハウト(Die Haut)とも交流。こうして世界各国の強烈な個性がベルリン在住のニック・ケイヴという引力に引きつけられるかのように、ザ・バッド・シーズが結成される。

これらの歴史は、1980年代ロック史の最も熱い部分を象徴している歴史である。だが、これは過去に起きた「静的な昔話」ではなく、今もなお「生きた歴史」としてベルリンに息づいているように思える。2013年4月16日(火)、ドイツ・ベルリンのハッケシャーマルクトのイベント・ホール、ソフィーエンザーレ(Sophiensaele)にて<ブラインド・デート(BLIND DATE) - Treffen mit Unbekannten>というイベントが行われた。ステージの幕が上がるまで、出演者が誰なのか、演目は演劇なのか、舞踏なのか、パフォーマンスなのか、観客は知ることができない、といった趣向の“目隠し”イベント。

ご年配の方から子どもまで、約100人くらいの観客が「いったい何が行われるのだろう?」とワクワクした表情で開演を待ち構えている。

イベント開始。白い衣装に身を包んだ4人のメンバーが登場。この日の出演者は以下のメンバーであった。
・トモコ・ナカサト(Tomoko Nakasato:ダンス)
・ディルク・ドレッセルハウス(Dirk Dresselhaus:ギター、パーカッション)
・ヨッヘン・アルバイト(Jochen Arbeit:ギター、パーカッション)
・クラアス・グロースツァイト(Claas Großzeit:ドラムス、パーカッション)

ヨッヘン・アルバイトは、前述したドイツの1980年代のドイツの伝説的バンド、ディー・ハウトのメンバーであり、1987年にアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンに参加したミュージシャン。ニック・ケイヴ、リディア・ランチ、ブリクサ・バーゲルドなど、ある意味で音楽史を変えた「神々たち」と共演してきた、言わば「神」のひとりである。アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの実験的音楽においては、金属片、スクラップなどが楽器として使われるケースが多い。その伝統に敬意を払って引用するかのように、ミュージシャン全員が自動車のホイールをかき鳴らすノイズからステージが幕をあける。ディルク・ドレッセルハウスは、シュナイダーTM(Schneider TM)として知られるベルリンのエレクトロニカ・ポップ史を語る上で欠かせない人物だ。

この日のステージについて「事前にコンセプトはほとんど何もなかったんだ」と語るディルク。「白い衣装を着るということと、アルミニウムの音を使うくらいの“決め”しかなかったね」と打楽器奏者のクラアスは事後に話してくれた。そのクラアスは、エレクトロニカ・ユニットとしてのシュナイダーTMのドラマーとして活躍するほか、ディルクのフォーク・ロック・ユニット、シュナイダーFMのドラマーでもある。これらのバンドにおいて彼は安定したリズム感と色彩豊かなビートを表現しているが、この日のイベントにおいては、チェーンや、自動車のホイールから作られた自家製シンバルセットなどを駆使してアバンギャルドな演奏を展開。舞台/客席の境界線を取り払ったかのようなこの日のステージでは、3人のミュージシャンたちが客席の中に大きな三角形を描くかたちで配置していたため、それぞれのミュージシャンの放つ音がコンクリートの壁に反射し、予期しなかったような不思議な効果が醸しだされていた。

観客とミュージシャンに囲まれて踊るダンサー、トモコ・ナカサト。トモコ・ナカサトはベルリン在住の女性ダンサー。両手両足の先にLEDライトを装着した彼女は、その小柄な身体でステージの隅々を転がり、舞い、跳ねる。多角的に反射する音楽と同様に、両手両足先のLEDライトの光線も多角的に反射して、一種の幻覚効果を観客に与える。白い衣装と転げまわる彼女の身体は、蚕のようでもあり、スタジオ・ジブリのアニメーションに登場する、人間以外のイキモノを見ているかのような、多角的な想像力を観客に与えるものだった。

予告されていない出演者と観客の出会い、予期されない音楽と光の反射と交錯。実験性や即興性はこういったところで、今もなお生み続けられている。過去、様々な実験はほぼほぼ為されてきたであろうから、今、即興イベントは難しいし、本当に実験的な音楽とは滅多に出会う機会は少ないかもしれない。即興音楽について「本当に、街を歩いていて耳にするかのような、すべてが計算されずに入り混じっている音空間でいいと思うんだ」とディルクは語る。そしてそれをこの日実現していたと思う。だが、それを実現することはなかなか容易ではない。なぜなら、面白い即興演奏であるか、つまらない即興音楽であるか、その“音の放ち手”たちが持っている音楽ボキャブラリーの多さと、音楽的経験、そして音楽的フトコロの深さに依存するものだと思うからだ。

この日、ベルリンのこのステージで生まれた音楽の地盤を断面で切ったなら、そこにはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの音楽的地層が見えたと思う。ディー・ハウトがニック・ケイヴやブリクサ・バーゲルドと共演した素晴らしいステージの歴史や、例えば、1950年代サーフ・ギターの音色をフィーチャーしたディー・ハウトの「Der Karibische Western」など豊富な音楽的ボキャブラリーとフレーズが、伝説のアーティスト、ヨッヘンのギターと自作打楽器から、一瞬聴こえてきたかのような気がしたら、次の瞬間には聴こえなくなっていた。「街を歩いていて耳にするかのような、すべてが計算されずに入り混じっている音空間」だからこその幻聴感覚が十分に味わえるステージだった。

ニック・ケイブの音楽と同じく、ベルリンの音楽的地層は深く、いつも鋭いエッジがあり、絶望をはらんでいて、そして予測がつかない。

写真:Nozomi Matsumoto
文:Masataka Koduka

◆Biotope Journal:シュナイダーTMインタビュー
◆ヨッヘン・アルバイト・オフィシャルサイト
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