【インタビュー】黒沼英之「昔の僕と同じように悶々としながら曲に触れて、隠れたメッセージやこだわりに気づいてくれる人が必ずいる」

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この世に弱さを知る者ほど、強い人間はいないかもしれない。優しげな風情を漂わせる24歳のシンガーソングライター・黒沢英之。しかし、そのメジャーデビュー作『instant fatasy』には、ままならぬ日々を生きる人々への深い愛情と、終わりを知る人間だからこその厳しさが隠れている。ラブソングという形を借りて贈られる、一瞬のファンタジー。人生を渡っていくことが不得手な人々の“それでも生きてゆく”物語に、貴方は何を感じるだろうか。

■頑張ってるのに世間からハミ出しちゃってるところが
■愛おしかったりする

――プロフィールを拝見して、フィンランドのファッション&アート誌「SSAW MAGAZINE」にモデルとして登場されたという記述に目を惹かれたんですが、もともとモデルとしても活動されていたんですか?

黒沼英之(以下、黒沼):いえ、去年インディーズで『イン・ハー・クローゼット』というアルバムを出した際、ジャケットを撮ってくださった方が雑誌からオファーを受けて、それで僕のことを推薦してくれたんです。いわゆるストーリーっぽい、生活に密着した雑誌だから、長身イケメンないかにもモデル!な感じじゃなく、どこにでもいそうな男の子が良かったらしくて (笑)。でも、写真を見ること自体好きなので、すごく嬉しかったです。

――出身校からして立教大学の現代心理学部映像身体学科ということですから、写真や映像といったビジュアル関係には興味がおありだったんでしょうね。

黒沼:はい。昔から絵を描くのが好きで、一時期は美大の予備校にも行ってたんですよ。でも、指導されたり指図されて描くというのが受け入れられなくて挫折して、それでも何か表現することに関わる学問を学びたいと、新設されて2年目の学科に進んだんです。

――その傍らで音楽活動も?

黒沼:曲は15歳くらいから書いてました。地元の駅から家まで、よく大声で鼻歌を歌いながら帰っていたら、だんだんオリジナルのメロディが出て来るようになって。でも、楽器なんて出来ないから、鍵盤が出来る友達に聴かせてコードを付けてもらって……っていう、いわば日記を書くような感覚で曲を作ってたんですよ。そのうち周りから“ライヴをやったほうがいい”って勧められるようになって、最初は友達にバックで演奏してもらってたのが、大学3年くらいから自分でも鍵盤を弾き始めて。そこで、今の事務所に声を掛けられたんです。

――何が魅力的だと判断されたんでしょうね?

黒沼:声だと思います。自分でも声は割と特徴的だと感じていて、たまに出るカサカサした部分は、良い引っかかりになるんじゃないかなと。実際、自分がリスナーとして音楽を聴くときも、声に惹かれることが多くて。小学校5年生のときに出会った宇多田ヒカルさんに始まり、スピッツの草野マサムネさんとか、やっぱり声には、その人の人となりが表れてるような気がするんですよ。

――ハスキー寄りの歌声は宇多田さんや草野さんと通じるところがありますよね。しかし、メジャーデビュー作の『instant fantasy』を聴いて感じたのが、なぜ、ここまでラブソングを集めたのだろう?ということで。

黒沼:ああ(笑)。形はラブソングなんですけど、僕の中では全曲が人と人との関係性だったり、摩擦について歌ったものなんですよ。それをラブソングという、より多くの聴き手が入り込みやすいテーマに落とし込んでいるだけ。僕自身、そういった摩擦が起きたときに、曲が生まれることが多いんですよね。

――つまり、黒沼さんご自身が対人関係に敏感なのでは? 3曲目の「ラヴソング」には“見て見ないふりして帰ればいいのに 拾い上げて大事にしているのが僕だ”という一文もありますし、普通ならスルーするものが見過ごせなくて、思い通りに動けない性質をお持ちじゃないかと思うんですよ。

黒沼:それはありますね。なるべく嫌われないように、波風立てないようにと意識して生きてきたので、常に人の目を気にしているところがあるんですよ。「ラヴソング」は、そんな自分をちょっと小馬鹿にしてるような部分もあって。そうやって自分自身から距離を置くことで、曲と自分との間に聴き手が入り込める隙間が生まれるんじゃないかなと。

――そこで一種の“弱さ”を赤裸々にさらけ出してるのにも驚きました。男性目線のラブソングなのに、相手の女性を守るのではなく、自分が守られる対象として書かれたものがほとんどじゃないですか。

黒沼:まぁ、女々しいですよね(笑)。なんだろうなぁ。なんか……ダメな人が好きなんですよ。

――ダメな人って?

黒沼:どうやっても人生を上手く渡っていけない人。そういう人のコンプレックスが生むエネルギーみたいなものを描いた作品に、すごく興味があるんですよね。例えばリリー・フランキーさんと木村多江さんが主演した「ぐるりのこと。」っていう映画だとか、川上未映子さんの小説「すべて真夜中の恋人たち」だとか。不器用で上手く生きられない人たちが“それでも生きていこう”と光に向かってもがいていく過程だとか、その刹那に美しさがある気がして、自分もそういうものを描きたくなっちゃうんです。

――そういった弱さに着目してしまう繊細な感性は楽曲からも感じましたし、そこが黒沼英之というアーティストの特色でもあるんでしょうね。

黒沼:なんでも白黒つけなきゃいけない現代のスピード感ってあるけれど、曖昧なままで良いものって、たくさんある気がするんです。そこで上手く対処できなくてスピードに押し潰されちゃってる人に、“そのままで良いんじゃないかな”っていう肯定をしたいんですよね。曖昧なものがあってもいいし、すごく頑張ってるのに世間からハミ出しちゃってるところが愛おしかったりするし。僕の好きな穂村弘さんという歌人が「世界音痴」というエッセイで、ご自分の日常を自虐的に書いてらっしゃるんですが、そうやって弱さをエンターテイメントに転換するのって、すごく勇気のいることじゃないですか。でも、それを読むことで救われる人も大勢いるわけだから、そういう形のヒーロー像があってもいいんじゃないかなと思うんです。

――それで終盤の「どうしようもない」では、“どうしようもない僕でごめんなさい”と繰り返しているんですね。熱いピアノプレイも印象的。

黒沼:この曲は上手く弾くより熱量を籠めたほうが良いような気がして、ガムシャラに弾いたんですよね。あとはラストの「耳をすませて」も、今作の中ではとりわけパーソナルな意味合いの強い曲ということで、自分でピアノを弾きました。他の曲に比べてメッセージ性も強いから、人によっては押しつけがましく感じるんじゃないか?と悩んだりもしたんですが、上から目線ではなく、葛藤の渦の中に自分も共にいる曲なので、このままでいいかなと。

――いや、温かな包容力はあれど、押しつけがましさなんて一切無いですよ! この程度で不安に思うとは……本当に人の心の動きに過敏なんですね。

黒沼:そうですね。相当それで疲れてます(笑)。むしろ気を遣いすぎて、逆に気を遣わせてる部分もある気がするんですよ。でも、単純なモノも複雑に考えちゃう、こういう思考回路が無ければ曲も書いていないでしょうから。

――おっしゃる通りです。ところで、この『instant fantasy』という作品タイトルには、どんな想いが籠められているんでしょう?

黒沼:由来は、よしもとばななさんの「はじめての文学」という自薦集シリーズですね。その後書きで「自分の書く物語はファンタジーが多いから、時に“現実はそんなに甘くない”と批判されることもある。でも、毎日を生き抜いていくために、私は世知辛い現実から一瞬でも解き放たれるような言葉の魔法を書いていきたい」というようなことが書かれていて。そこに自分が曲を書くスタンスと、すごく近いものを感じたんです。自分も音楽や小説や映画に触れるのは、日々の抑圧から解き放たれて、どこかに連れて行ってもらいたいからだし。生きるのに必須なわけでもない芸術や文化というものが、人々に求められる理由ってソコだと思うんです。そういったファンタジーを、インスタントラーメンやインスタントコーヒーとかと同じような距離感で、自分も提供できたらいいなと。あと、“instant”には“一瞬”という意味もあるので、そこで終わりを意識させたかったんですよね。何事も終わってしまうからこそ大事にできたり、力が生まれるんだから、そういう単語を“fantasy”の前に付けたかったんです。

――つまり、ここで言うfantasyはいつか終わりの来るもので、そう考えると一種の逃避でもある?

黒沼:ああ、そうですね。やっぱり逃げても物事は変わらないし、自分は自分だし、人生において決断しなきゃいけない瞬間もたくさんある。それを踏まえた上で、哀しみや痛みを知る人の“頑張れ”に、僕は救われてきたんですよ。宇多田さんもスピッツさんも、歌詞だとか物事に対する責任感の持ち方がすごく誠実で、覚悟があって。信頼できる人だなぁと感じたからこそ、新譜やライブを心待ちにして、それを支えに日々を頑張ってこられたんです。なので自分もキャリアを重ねる内に、誰かにとって“この人がいれば安心だなぁ”って信頼してもらえるような人になれたらいいですね。だから、あんまり“これはこういう曲です”なんてことを説明したり、強要したくはないんです。今回の『instant fantasy』にしても、単純にラブソングを集めたアルバムだと捉えてもらって構わない。

――なぜ? 第三者から見ると、それではもったいないようにも思うんですけれど。

黒沼:届く人には、きっと届くから。広く自由に聴いてもらう中でも、昔の僕と同じように悶々としながら曲に触れて、隠れたメッセージやこだわりに気づいてくれる人が必ずいる。そこには自信があるんですよ。

取材・文●清水素子


『instant fantasy』
6月26日(水)発売
VICL-64035 \1,800(tax in)
1.ふたり
2.夜、月。
3.ラヴソング
4.ordinary days
5.サマーレイン
6.どうしようもない
7.耳をすませて

<ONEMAN LIVE“instant fantasy”>
9月19日(木) duo MUSIC EXCHANGE
チケット一般発売日:2013年7月13日(土)

◆黒沼英之 オフィシャルサイト
◆ビクターエンタテインメント
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