典雅なバロック時代のチェンバロ作品から、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの名曲やショパン、リストのおなじみの難曲、そして最後にはなんと四台十六手作品まで登場するから驚いた。毎年恒例で今年9回目となる<イマジン七夕コンサート>は、鍵盤音楽の数百年もの歴史を俯瞰し、時空を越えた旅へといざなうとても素敵な企画だった(7月7日、サントリーホール)。当日使われたピアノは、ヤマハの近年の自信作CFX.。

これほど多くの鍵盤楽器奏者が一同に会すのも珍しい。ベテランから若手、さらには今注目の来日奏者まで、コンサート・イマジンゆかりの演奏家たちが次から次へと手を変え品を変え、ピアノ音楽の名作を披露してくれるのだ。司会は作曲・ピアノの加藤昌則とフルートの山形由美。軽妙で周到な司会で進行し、三時間半にもおよぶ長いコンサートがほんとうにあっという間に過ぎていった。


最古の鍵盤楽器は、かのネロ皇帝さえも弾いたらしいという水オルガン。さすがにここまでは遡れないが、その後貴族文化とともに発展したチェンバロからコンサートは開始された。多方面で活躍中の水永牧子がバード、ラモーらの繊細な音色を紡ぎ出した。続いて懐かしいピアノ曲コーナーともいうべき名曲コーナーで、宮谷理香によるモーツァルトの「トルコ行進曲」、山本貴志によるシューマンの「トロイメライ」など。両者ともショパンコンクールの入賞者。以後、着実に歩みを続けている二人である。

前半の最後は「偉大なるベートーヴェン」と題し、名ソナタの第一楽章が演奏された。ベテランの田崎悦子による「悲愴」、リストも得意な干野宜大による「月光」、そして円熟味を増しつつある若林顕による「熱情」。三者ともそれぞれ個性ある演奏によって、べートーヴェンの魅力を表現した。

後半は「フランスの調べ」で幕を開けた。フランス物が得意な日本人ピアニストは少なくないが、今回の出演者も多彩な顔ぶれだ。ドビュッシーの世界をますます深化させつつある管野潤がサティの「ジムノペディ」、ドビュッシーの「アラベスク」第一番を演奏。現代音楽でも定評がある永野英樹が「亜麻色の髪の乙女」「金色の魚」などを洒脱に弾いたのが印象的だった。なお後半から舞台にピアノが四台並んでいたのが壮観だった。

ピアノ音楽を語る上で欠かせないのがあのショパン。誰もが知っている作曲家だけに、奏者の個性と力量が問われるが、「ピアノの詩人ショパン」のコーナーでは、菅野ほか、ショパンコンクール組の宮谷、山本も大活躍。山本の前奏曲「雨だれ」、そして宮谷の「革命」などはさすがにこなれており、手のうちにしっかりと入ったレパートリーであることをうかがわせた。さらに「幻想即興曲」では新星ベン・キムが登場。スケールの大きい演奏に加えて、ショパンらしい詩情もすばらしく、今後も注目である。

ショパンに続き、ピアノ音楽の歴史を彩ったのが、リスト、そしてラフマニノフ。リストの「愛の夢」、「ハンガリー狂詩曲第二番」をそれぞれ干野と岡田将が弾いた。二人ともリストを得意とするピアニストで、繊細さと切れ味のよいテクニックを持ち合わせ、盛んな拍手を浴びていた。続くロシア出身のイリヤ・ラシュコフスキーは昨年、難関で知られる浜松国際コンクールの覇者となった注目株。美麗な音色と豊かな表情をもち、ラフマニノフの「音の絵」、リストの「ラ・カンパネッラ」で観客を魅了した。思わず引きこまれてしまうような独特の豊穣なピアニズムは、今後も楽界を沸かせることになるだろう。


アンコールでは、連弾、さらには四台十六手という珍しい編成が披露された。岡田と田崎によるブラームスのハンガリー舞曲第五番では、お互いにとてもリラックスして演奏自体を楽しんでいる感じだった。最後に演奏されたが、加藤昌則編曲による「ヨハン・シュトラウス・メドレー」。田崎と岡田、菅野と若林、永野と山本、そして宮谷と干野がペアを組み、「美しき青きドナウ」をはじめ、ウィンナワルツの名曲が次々と繰り出される。四台同時に奏するばかりではなく、対話風にアンサンブルを展開したりなど、創意工夫のある粋な編曲。今年の七夕は猛暑日だったものの、ドナウ川の澄み切った水の流れを思わせる粋なフィナーレで清々しい気分になれた。

文●伊藤制子(音楽評論家)
撮影●(C)武藤章

◆コンサート・イマジン オフィシャルサイト