【インタビュー】片平里菜、デビューシングルリリース「弾き語りで地道にライブ活動してきたから。全部今に繋がっていると思います」

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19歳のとき、<閃光ライオット2011>に出演したことがキッカケでアッという間に注目を集め、ASIAN KUNG―FU GENERATIONのベーシスト山田貴洋のプロデュースのもと、楽曲を制作。数々のフェスに出演し、期待の大型女性シンガーとして熱い視線を浴びている片平里菜が、シングル「夏の夜」で8月7日にメジャーデビューを果たす。
高校時代からプロになることを決意して、そのためだけにひたむきに行動してきた彼女の生き方があったからこそ、今がある。一途な音楽ヒストリーとともに記念すべき初のシングルについてたっぷり語ってもらった。

◆「夏の夜」ミュージックビデオ

■アーティストとか、そっちの世界でしか伸び伸び生きられないなって思ってました
■みなさん早くデビューなさっていたので、女のコは若ければ若いほどいいんだって(笑)

──まずは片平さんが歌おうと思った音楽ルーツ、ギターを弾こうと思った出来事を教えてください。

片平:小さい頃から父にビートルズやクイーンを聴かされていたので、昔の洋楽は染みついていましたね。父が趣味でクラシックギターを弾いていて、兄もバンドでギターをやっていたので音楽は身近にあったんです。中学生だった兄がロックバンドやっているのを見て、カッコいいなと思って、マネしたくてギターを触ってみたりしてたのが小学校6年生のときで。

──子供の頃から洋楽や楽器に慣れ親しんでいたんですね。

片平:そうですね。私自身は、小さい頃はTVで見ていた安室奈美恵さんやSPEEDさんが好きで一緒に歌ったりしていたんですけど、だんだん、いろんな音楽を聴くようになって、中学生になった頃にはアヴリル・ラヴィーンに始まって、シェリル・クロウやミシェル・ブランチ、アラニス・モリセット、キャロル・キングを聴くようになって。芯のある女性シンガーに憧れて、私も音楽で自分を表現できる人になりたいなと思ったのが、この道を目指すキッカケですね。高校生になってからは、綾香さんだったりSuperflyさんだったり、パワフルな女性ボーカリストの歌を勉強するようになったんですけど。

──ギターを弾きながら、歌の勉強を?

片平:いや、その頃は弾き語りする発想はなかったんです。高校1年生の頃からたまにボーカルスクールに通ってましたね。

──バンドを組もうとは?

片平:まわりにはバンドをやっている友達もいたし、弾き語りしてる人もいたんですけど、その頃の私は“どうしたらメジャーデビューできるんだろう? まず、歌がうまくならなきゃ”って。

──その“歌手になりたい。メジャーデビューしたい!”と思った片平さんの原点って何だったんだろう?

片平:もともと人と関わるのが得意じゃなかったんです。

──引っ込み思案だった?

片平:そうですね。小さい頃から内向的な性格だったんです。絵を描くと自分の世界に入りこんじゃうような……。自分は社会に適合できないって思ってたから、音楽とかアートのほうにのめりこむ傾向があって。特に10代の頃は音楽がいちばん心に響いたし、救われたし。学校の人間関係とか集団生活が苦手だったので、将来を考えたときに、アーティストとか、そっちの世界でしか伸び伸び生きられないなって思ってました。

──片平さんの気持ちを音楽が代弁してくれた?

片平:う~ん、友達にも家族にも話せないようなことを歌っている曲を聴いて共感したりとかはありましたね。で、高校3年生になったとき、まわりの人に「ライブしてみたら?」「曲作りしてみたら?」ってアドバイスをもらったんです。そこで初めて身近にあったアコースティックギターをちゃんと練習しようと思ったんです。

──ご家族に2人もギタリストがいるのに、教えてもらったりしなかったんですか?

片平:教えてもらうこともできたと思うんですけど、兄は才能あるのに私は全然ダメだって思ってたので、教えてもらわなかったですね。だから、教本を見ながらコードを覚えていって、感覚で曲作りしてました。で、高校3年生の夏ぐらいに初めてライブハウスに出るんですけど……。

──初めて本格的なステージに立ったときの興奮や、思い出は?

片平:弾き語りでライブするって決めてからオリジナルを4曲ぐらい作ったんですけど、自分が作った曲を人前で演奏して歌うこと自体、初めての経験だったし、家族や友達も観にきてくれていたのでかなりの勇気を振り絞って歌いましたね。緊張したし、ギターもヘタくそだったので正直、楽しいとは思えなかったんですけど、終わったら友達が「感動したよ」とか「あの曲が好きだった」「泣けてきた」みたいなことを言ってくれたのが嬉しかったんです。で、また次もやりたいって。

──そこは大きなターニングポイントですね。

片平:そうですね。弾き語りのライブをやるまでは、メジャーデビュー=TVに出て有名になる、みたいな発想しかなかったんですけど、ライブを経験したことによって、自分の思っていることを伝えられるアーティストとしてのスタイルを確立したいなと思うようになったので大きいですね。

──そうこうするうちに高校の進路相談の時期が?

片平:はい。先生に「歌手になります。進学もしません」って言って(笑)。高校を卒表してからはバイトしながら受けられるオーディションがあったら全部、応募して、その中の1つが10代限定のフェス<閃光ライオット>だったんです。

──応募した時期は?

片平:2011年の4月です。震災があったので、どうなるかわからなかったんですけど、開催することになったのでチャンスだと思って、送っておこうって。受かるとは思ってなかったけど。

──でも、今までのお話を聞いていると、たぶんデビューできるっていう自信があったのかな?って。

片平:自信っていうか、プロになるって自分の中で決めこんでいたので、そのために何をすればいいか考えて行動してたんですよね。絶対ならなきゃイヤだ、みたいな。

──それぐらい強い意志があったんでしょうね。ほかのことは目に入らないぐらいな。

片平:そうですね。当時、絢香さんにしても、YUIさんにしても宇多田ヒカルさんにしても、みなさん早くデビューなさっていたので、女のコは若ければ若いほどいいんだって思ってたんですよね。「20歳超えたらまずい。早くしなきゃ」って(笑)。

──で、出場した〈閃光ライオット〉で、みごとに審査員特別賞を受賞するんですよね。

片平:はい。ずっと地元の福島のライブハウスでしか歌ってこなかったのが、いきなりファイナルステージの日比谷野音に立てること自体、ビックリすることで。実際、演奏しているときは頭が真っ白でした(笑)。でも、結果的に反応は良かったので達成感はあったんですよね。

──心の中で静かに“やった!”みたいな?

片平:いや、夢みたいだなと思って、実感がないままでしたけどね。それがキッカケでソニーのWALKMAN「Play You.レーベル」第1弾アーティストに選ばれて、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのベーシスト山田さんに曲をプロデュースしてもらうことになったんです。それで私がデモの曲を4~5曲ぐらい作って、山田さんにグッとくるねって言っていただいたのが、「始まりに」(2013年1月に配信リリース)という曲です。

──普段はアジカンも聴いていたんですか?

片平:聴いてましたね。だから、一緒にスタジオに入ってレコーディングするだけでリッチな空気、吸ってるなって(笑)。

──夢みたいって(笑)。<NANO-MUGEN FES. 2012>で横浜アリーナにも立つし、すごい出来事の連続ですよね。

片平:そうですよね(笑)。実のところ、福島でライブ活動していたときは自分の曲に自信もなかったし、歌もうまいと思ってなかったんです。でも、<閃光ライオット>がキッカケで自分を取り巻く環境が変わって、目標に向かって一緒に動いてくれる人たちがどんどん増えていって。ASIAN KUNG-FU GENERATIONさんたちと楽曲制作させてもらうようになってからは曲もいっきに増えたし、ひとりで心細かった気持ちもなくなってきて、だんだん楽しくなってきましたね。

──もしかしたら、地元で初ライブをしたときから始まっていたのかも。初めてオリジナルで弾き語りしたのに、それだけの反応が返ってくること自体、スゴイことだから。

片平:確かに、あのときライブしてなかったら<閃光ライオット>にも出れなかったと思います。弾き語りで地道にライブ活動してきたから。全部、今に繋がっていると思います。

──そういう想いは、会場のブッキングや移動手段など、コーディネートのすべてを片平さん自身が行なった全国ツアー<片平里菜 飾らない笑顔で 弾き語りツアー2013>を経験して、ますます強いものになったんでしょうね。これは全20ヶ所を1ヶ月間で廻るものでしたが?

片平:はい。BARKSさんでブログを書かせてもらったツアーでしたね。

──そもそもこのツアーは?

片平:若い頃って旅したくなりませんでした? 私、ホントにいろいろなところに行ってみたくて。で、2012年秋頃に岩手県の宮古で細美武士さんと2マンライブをしたことがあったんですけど。そこで出会った宮古の人たちの温かさに触れられて。演奏も、人としても自分自身成長できた感じがすごくあったんです。知らない土地に行くということで。

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