【月刊BARKS 藤井丈司連載対談『「これからの音楽」の「中の人」たち』】第2回 ばるぼら編Vol.2「同人とサブカルチャー」

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藤井丈司連載第2回目は、『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』や『消されたマンガ』(共著)などの作者である、ばるぼらさんが登場。全5回に渡りお送りするばるぼらさんとの対談のVol.2をお届けします。

◆ 【月刊BARKS 藤井丈司連載対談『「これからの音楽」の「中の人」たち』】第2回 ばるぼら編Vol.1「1998年から1885年へ」

Vol.2「同人とサブカルチャー」
(対談収録日:2013年11月16日)

  ◆  ◆  ◆

藤子不二雄も一応『小太陽』っていう同人誌を出してた。肉筆漫画誌と
呼ばれますけど、コピーじゃなくて全部手描きで1冊しかない。


ばるぼら:今我々が言ってる同人誌というものは、最初は“ファンジン”という言い方だったはずなんですけど。

藤井:それはファンマガジン?

ばるぼら:そう、ファンが作る雑誌。だから海外でもちょうど、1930年ぐらいからかな、SFファンジンというものがあった。ファンジンの歴史はSFから始まるんです。『Amazing Stories』って有名なSF雑誌があるんですが、そこの読者ハガキ欄に投稿してた人が集ったりしてた。SF小説を読んで、自分も書きたいって思った人たちが書く場としてのSFファンジン。

藤井:そこから出てきたんじゃないの? 日本人の有名なSF作家の人も。

ばるぼら:日本だと1957年の『宇宙塵』っていう、SFのミニコミみたいな。

藤井:宇宙塵は塵って書くから、ファンジンのジンなのか。

ばるぼら:っていうのも込められていると思いますね、なんとなく。だからそこから星新一とかも。

藤井:ですよね。

ばるぼら:で、ちょうど同時期に、宇宙塵は東京ですけど、大阪では筒井康隆が『NULL』っていうSF同人みたいなのをやってて、それは家族でやってたんですよ、確か。で、それが交流して連絡取ったり、メジャーな雑誌に載るようになったりとか、SF特集で。

藤井:でも詩人とかもそうじゃない? 最初は同人詩集とか出すでしょう。

ばるぼら:自分で出す詩人もいますね。でもなんだろうな……これは分けたいんですけど、詩集は「自費出版」も多いんですよ。で、こっちは「同人」なんです。ようするに、出版に関わるすべてのことを自分でやろうとはしてない感じがするんですよ。

藤井:それはどっちだろう? 自費出版?

ばるぼら:自費出版。

藤井:あぁ、同人は完全に自分たちで全てをやるんだ。

ばるぼら:そうそう、あくまで自分たちで、印刷所に「お願いします」っていうところまで自分でやるっていうか。で、営業も販売もやる。

藤井:完全DIY。

ばるぼら:詩人の人たちはわりとそういうの専門の出版社にお金を出して「出してください」ってやる。営業や販売の面倒なやりとりは基本的に出版社にお願いする。

藤井:で、自費出版と。そこが違うわけですね。

ばるぼら:もちろん普通に作ってる人もいますけど、ほとんど配っちゃう。仲間内の詩人の会合とか郵便で。だから外部にはあんまり出ないし、うまく説明できないけど近くて別の文化圏な感じがします。

藤井:同人といえば漫画もそうでしょ? トキワ荘の人たちって、最初は同人漫画じゃないの?

ばるぼら:そうでしたっけ?

藤井:手塚さんとか石ノ森さんとか、違うの?

ばるぼら:あぁ、手塚さんは関西で『まんがマン』っていう南部正太郎さんが主宰してたヤツに……。

藤井:聞けば何でも出てくるね(笑)。それは同人誌?

ばるぼら:同人と言ってますね。ただし当時の同人っていうのは使い方が違っていて、同好の志が集まることを同人といっているので、それが商業出版であろうが、自分たちで全部やるみたいなのだろうが、あまりかまわない。藤子不二雄も一応『小太陽』っていう同人誌を出してた。肉筆漫画誌と呼ばれますけど、要するにコピーじゃなくて全部手描きで1冊しかない。

藤井:ほんとの手描き? 源氏物語を写本してるみたいなもんですか?

ばるぼら:はい(笑)。それをいろんな人に回し読みさせるという。

藤井:はぁ~、平安時代と変わらないじゃん。

ばるぼら:(笑)まだ当時は、手軽な印刷手段がないからだと思いますけどね。

藤井:ガリ版刷り自体も。

ばるぼら:あれも一応道具がいるというのと、ガリ版だと再現できないじゃないですか、細かい筆のタッチみたいなのが。だから当時、といっても60年代だけど、60年代の同人漫画のレビューコーナーみたいなのを見ると、やっぱり青焼きコピーとかガリ版とかそういうのは筆のタッチがわからなくて全然ダメだ、みたいな。ちゃんと肉筆で送ってこいみたいなレビューがある(笑)。

コミックマーケットの第1回のチラシを見ると、漫画ファンジンフェア
みたいな感じのサブタイトルが入ってるんです


藤井:なんでそんなこと知ってるの?(笑)。

ばるぼら:研究家ですから(笑)。

藤井:漫画の本出したもんね(笑)。いいプロモーションになったでしょ(笑)。えーっと、タイトルは……。

ばるぼら:『消されたマンガ』です。

藤井:おもしろかったよ。

ばるぼら:別にそんな話はいいんです(笑)。

藤井:あ、そう(笑)。いやいや、なんとなく上手くプロモーションになると嬉しい(笑)。

ばるぼら:あははは。でも同人雑誌でいうと道具が、任天堂がファミコンの前に「コピラス」っていうコピー機を出すんです。70年代の頭です。それは青焼きコピー機というやつで、青焼きコピー機っていうのは、今我々が使ってるのは乾式っていって乾いてるほうなんですけど、青焼きコピー機は湿式っていうのかな。現像液で文字を転写する。

藤井:それを任天堂が?なんか輪廻を感じるね(笑)。

ばるぼら:任天堂が出してたんですよ。で、これはすごい安くて。青焼きコピー機ってリコーが出してた、リコピーっていう、業務用の何万円のがあったんですけど。任天堂は家庭用のを出して、1万3千円とかなのかな、わりと手が届く値段で出してて。それでアマチュアの人たちが、これなら自分でも使えると思ってコピラスを買って、それで同人誌を安く刷り始めるっていう。

藤井:なるほど。MP3やMIDIの発明と同じだ(笑)安く自分たちだけで出来る。

ばるぼら:そうそう(笑)。これなら、みたいな。

藤井:そういうイノベーションがある。

ばるぼら:うん。それまではたぶん大学とかに行ってる人だったら、大学の新聞を作るようなガリ版とか、そういう機材があったのかもしれないですけど、普通の人はなかったんです。

藤井:そっか、学校だとあるね。

ばるぼら:だから学生のほうがむしろ良かったんでしょうね。そういう技術革新というか、安価なものが出てきたおかげで同人誌が刷れるようになって、だんだん、10部単位ですけど、80部とか作れるようになると。時間はかかるけど。で、イベントとかでそういうものを見て、自分たちもやろうと思った人たちがコミックマーケットを始まるみたいな感じの歴史があって。だからコミックマーケットの第1回のチラシを見ると、漫画ファンジンフェアみたいな感じのサブタイトルが入ってるんです。同人誌とは言ってなくて。

藤井:それはいつ頃なんですか?

ばるぼら:それは75年です。

藤井:すらっと出てくる。75年ですって(笑)。

ばるぼら:12月です(笑)。

藤井:あははは。

編集:すごい(笑)。

ばるぼら:だから当時は同人誌っていうと文学のほうに近づくから、むしろSFファンジンと呼ばれたような、ちょっとサブカルチャーの匂いのする文化の流れを意識して、わかりやすく漫画ファンジンって呼んだのが75年です。で、もうコミックマーケットにみんな自分の同人誌を出すようになって、だんだんそこが巨大化していくことになって今に至るという感じです。ついでに言うと、同人ソフトっていうものが84年ぐらいに初めて出品されて。

藤井:コミケに?

ばるぼら:コミケに。それはゲームですけどね。5インチフロッピーかな、確か(笑)。でも中身が見えないから、その場で買うには不便なんですけどね。

藤井:見えない、確かに(笑)。

ばるぼら:でもだんだん発展して、88年に「パソケット」とか、そういう同人ソフト専門のイベントが始まります。コミケじゃない人たちが新しくそういうものを始めるようになるんです。それはそれでまた盛り上がっていくんですよ。1年に何回もいろんなところで開催されて。パソコンゲーム誌に、同人ゲームのレビューが載ったり。だから最初からそういう同人ゲーム、同人ソフトみたいなものは、コンピューターと……まだPC98とかの頃ですけど…わりと親和性があって発展していったと。……こんな話、ボカロから超遠いですよ(笑)。

音楽とかカルチャー的なミニコミの人たちは、
コミケの方には行かなかった。


藤井:いやいや、この話が俺はしたかったの。同人という名の下に、マンガが、SFが、ゲームがソフトが、するすると結びついていくっていうね。ボカロに至るまでに、わりとそういう「同人文化」と呼べるようなものが、水面下にずっとあるっていう感じが俺はしてたんだ。

ばるぼら:ふーん。

藤井:ボカロの曲って、歌詞がドロドロした曲っていうのが多いなと思うんですよ。それってやはり同人文学からの下地があるっていうか、日本人がわりと家に閉じこもって(笑)、自分の自己表現を作ろうとすると、だいたいドロドロした私小説っていうか世界観になっていくっていうのは、もしかしたら明治時代から変わってないんじゃないかなっていう気がするんです(笑)。手塚さんや藤子さんが描いてた同人漫画誌にしても、宇宙塵にしても、わりとそういうドロドロがあったんじゃないか。そして今に至るという、地下水脈っていうか、サブカルチャーみたいなのがずっとあって、それらがボカロに、ガーッと流れ込んだっていうのも、ひとつの大きな流れかなっていう気がぼんやりとしてるんです。

ばるぼら:ふむ。じゃあ他にもう1個あったイノベーション……ここから話すとは思わなかったけど(笑)。89年にMacintoshで日本語が印刷できるようになるんです。PostScriptと呼ばれますけど、日本語も扱うレーザープリンターが出てきた。日本語でDTP、デスクトップパブリッシングが始まって、日本語でキレイな印刷物が作れるようになったんです。それで、インディーマガジンっていうのが90年代初頭から流行り始めるんですね。

藤井:なるほど。デザインの世界にもイノベーションが。

ばるぼら:はい。デザインの世界にもそういう技術革新が起こって、大学生がローンで、Macを買って頑張って作っちゃうみたいな人たちが、90年代前半に登場し始める。で、このDTPで作ったインディーマガジンみたいなものを、いざ作ってどこに置きにいくかっていうと、コミックマーケットじゃなくてレコード屋に置きに行くんですね。

藤井:あぁ、音楽だから。

ばるぼら:うん。音楽とかカルチャー的なミニコミの人たちは、コミケの方には行かなかった。今、中野にある「タコシェ」っていうお店とか、吉祥寺にあった「SHOP 33」っていうテクノ専門店があって、そこに置きにいくとか、あと昔から新宿にある「模索舎」にとか。そういうコミケとは違った自主出版物の文化も一方であるんです。

藤井:なるほど。DTPからミニコミっていう同人が生まれるのか。

ばるぼら:うん。で、93年頃からかな……カセットテープで自主制作、テクノを作るみたいなのも流行ってて。それも、同じく「SHOP 33」っていうお店とかに置いてあるんです。そういうインディ文化の流れもコミケとは別に断続的にずっと続いてるんですよ。

藤井:テクノやビジュアルデザインが、デスクトップで出来ていくっていう事ですね。それが、ボカロで言えば、絵師とかにも繋がっていくし、あるいはサイト構築にもなっていく、と。

ばるぼら:ええ。そうやってミニコミを作ってた人が、インターネットっていうおもしろいものがあるらしいってことで、自分たちのミニコミのウェブ版みたいなものを作り始めるんです。だからインターネットで一番最初に流行った個人サイト文化っていうのはイージン。エレクトロニック・ジンです。

藤井:Eジンか。Eマガジン。

ばるぼら:e-zine。だからミニコミのウェブ版っていうものが、個人サイトのいちばん最初の文化だった。インターネットは最初からそういうミニコミ的な立ち位置だったんですよ。

藤井:いや、今日は、ばるぼら呼んで良かったなぁ~。

ばるぼら:こんな話で(笑)?

藤井:この話を、こうやってすらすら言える人、いないよね。

編集:他では聞けないです。

パソ通の人たちが入ってくるんですよ、インターネットに。
そこからアングラ文化みたいなものも発展してくるんですけど


ばるぼら:(笑)で、自主制作的な文化っていうのは、最初から個人サイトにあったんですね。でも、その人たちが96年からちょうど大学を卒業してしまうので、そこからまた個人サイト文化が変わるんです。

藤井:そんな、卒業するとばっと変わっちゃうんだ。大学みたいだね。

ばるぼら:ホントに、大学のウェブのスペースで作ってたから、消えちゃうんですよ。

藤井:大学の部活だね。「先輩いなくなっちゃって変わっちゃったんですよ」って(笑)。

ばるぼら:(笑)ちょうど96年だとニフティとか、パソコン通信がインターネットに繋がるようになるので、パソ通の人たちが入ってくるんですよ、インターネットに。そこからアングラ文化みたいなものも発展してくるんですけど。

藤井:そうそう、そういうインターネットの中には、「アングラ文化」みたいなのがあるよね。寺山修司さんとか、澁澤龍彦さんとかの幻想文学に代表されるような。椎名林檎さんも影響を受けてる気がするんですよ。幻想文学って、日本のアングラ文化の特徴だなっていう気がすごくするんですよ。

ばるぼら:ああ。アングラ感でいうと80年代には「アリ・プロジェクト」はもう活動してますよね。

藤井:アリプロってほんとにボカロの原型だよね。

ばるぼら:すごいですよね、今のボカロ曲の世界観は完全にアリプロ以降。

藤井:リアルボカロ。すごくそう思う。3年くらい前に、ニコ動で歌い手さんたちのオーディションの審査員やってたんだけど、出てくる子たちが歌う曲の半分以上は、ボカロかアリプロの曲だった。アリプロって、難解だけどすごいいい曲だし、すごいいい詞だし、なんで俺は、この曲知らないんだろう?みたいな衝撃を受けたんです。J-POPの現場にいるとそういうことは全然見えなくてさ。あのオーディションをやって、初めてニコ動のことをやってわかって、それが今回ボカロPやばるぼらを呼んで、この対談をやりたかった一番の動機なんです。「J-POP」っていうお金を出して買う音楽じゃなくて、お金を出さないでネットで聴ける音楽っていうものが、やっぱり90年代末から、だんだん大きくなってきたという事。それをJ-POPをやってた僕は見てなかったし、僕の周りも全然見てなかったっていうことをすごく感じた。で、その距離はどんどん開いて、かい離していく、みたいな。

ばるぼら:かい離、してますよね(笑)。そこはすごくありますね。

文◎藤井丈司

次回。連載対談、ばるぼら編Vol.3「イヤフォンで聴け」をお届けいたします。

■ばるぼら(barbora)
ネットワーカー。
「ばるぼらアンテナ」等、多数のサイトを主催し、インターネットについての情報等を収集・分析する。
インターネット及び1980年代以来の日本のサブカルチャーに詳しく、その後も、情報量の高い著書を続けて刊行。
2014年4月21日には『Quick Japan』立ち上げ人として知られる赤田祐一氏との共著第2弾『20世紀エディトリアル・オデッセイ』を発売する。


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