ONE OK ROCK初のドキュメンタリー映画『FOOL COOL ROCK! ONE OK ROCK DOCUMENTARY FILM』がいよいよ公開となる。2013年10月にフランスのパリで幕を開け、ヨーロッパやアジアの各国をまわったワールド・ツアーの模様が凝縮されたこの作品は、これまでに数多くのミュージック・ビデオや長編映画を手掛けてきた中野裕之監督の手によるもの。映画そのものについての説明は敢えて「観ればわかる!」という一言にとどめておきつつ、今回は、その中野監督とのインタビューをお届けする。これから劇場に足を運ぼうとしている人たちにとっても、いわゆるネタバレとは一切無縁の本記事。もちろんすでに試写会で堪能済みという皆さんにも是非お読みいただきたい。

◆映画『FOOL COOL ROCK!』予告編映像

――そもそも監督ご自身にとって、ONE OK ROCKの第一印象というのはどういったものだったのでしょうか?

中野:まずは、すぐれたパフォーマーという印象ですね。今回のお話をいただいたときに、まずは惚れ込んでから撮影に入りたかったんで「とにかくライブを観させてください」とお願いして、名古屋で観させていただいて。曲は前もって何回か聴いていたんですけど、やっぱりこれはライブ・バンドだなという感触がすごくあったもんですから。実際のライブでも、パフォーマーとしての面白さと若い子たちの熱狂というのをすごく感じさせられて。実際、ライブがすごくいいんだよという話は前々からよく聞いていたんです。というのも僕の女房がヘアメイクをやっていて、若い俳優さんやアーティストたちとも関わりがあるんですけど、たいがいの人たちはONE OK ROCKのファンで(笑)。3年ぐらい前からずっとそういう声を聞いていたんですよね。

――なるほど。ただ、今回の撮影というのは“人気バンドの大きなライブを撮る”というのとはまるで性質の違うものだったはずですよね?

中野:ええ。今回のワールド・ツアーに関しては、ホントに彼らにしてみれば初心に戻るかのような、ちっちゃいライブハウスみたいなところから6,500人ぐらいのキャパの会場まで含まれているものでしたから。それを撮るにあたっては、やっぱりパフォーマンスのいい人たちの場合は接近戦が面白いんですよね。“ローアングルでワイドで撮る”という言い方がどれくらいの人たちに通じるのかはわからないですけど(笑)、とにかく最前列で下からあおって撮ることにしたんです。そこにいるだけで絵になる人たち、いいパフォーマーたちというのは、そうやって撮ったほうが絶対にいい。まあ、僕自身が最前列で観てみたかったというのもあるんですけど(笑)。

――最前列で撮ってこそのアーティストと、そうでない人たちとがいるわけですよね?

中野:パフォームしない人たちの場合は、最前列にいても駄目なんですよね。マイクの前、ずっと定位置にいる人というのは、最前列で撮っていても鼻の穴ばっかりになっちゃうんです(笑)。だから最前列からの映像は要らない。引いて、30メートルぐらい離れての移動ショットがいちばん綺麗なんです。ただ、彼らの場合は前から撮ったほうがいい。しかも今回の場合、パリからツアーが始まるということも大きくて。僕は1990年代、リタ・ミツコというバンドのビデオを撮っていたときにパリには慣れ親しんできたんで、そこがどんな街か、パリの観客がどんな感じかというのもよくわかっていたんで。二階席にはたいがいコンサバな客がいるんですよ。だからそこで僕が踊ったりしてると、みんな「動かないで!」って怒るんですよね(笑)。ただ、一階席の客というのは熱狂的なんで。

――ONE OK ROCKの場合は客層も違うわけですが、実際、パリ公演のオーディエンスの熱狂ぶりというのは想定通りでしたか?

中野:そうですね。ツアー初日の前日、トリアノンという会場の下見に行ったら、もうすでに客が並んでいて、すごいことになっていて。そのときに「結局、この初日がすべてだな」と感じたんです。つまり、この初日の映像がいっぱい使われることになるんだな、と。当日になれば舞台裏は舞台裏でみんな初めてのことに興奮しているわけで、それもそれで面白いし。ただ、とにかくすごかったのが客席からの“ウォー!”という歓声の大きさでしたね。最初のコンサートのとき、あまりにそのボリュームが凄過ぎて、僕の耳には音楽がまったく聴こえなかったぐらいで。耳がもう、大音量の“ウォー!”だけで飽和状態になってしまうんですよ。会場全体が叫んでると、ものすごいことになるんです。

――その熱狂は映像からもうかがうことができますが、実際のところ監督ご自身、当初はヨーロッパ各地からアジアに至るまで、ツアーの全行程を追われるプランではなかったんですよね?

中野:そうなんです。それをやってしまうと編集が大変なことになりますから(笑)。しかもカメラ台数も少なめの設定なんで。まあ、初日にすごいものを撮れているわけで、そこで充分に素材はあるわけなんですよ、映像的には。ただ、困ったのが音のほうで。海外では予定通りにコトが運ばないほうのことが多くて、今回の場合もツアー初日のトリアノンではマルチをまわして録音することができなかったんですね。結果、パリでの二回目の公演をやったバタクランではちゃんと現地の人たちとのコミュニケートもできて、無事に音のほうも録れたんですけど。だから全部の素材が揃った当初、まずはトリアノンでのツアー初日の映像にバタクランで収録した音を混ぜたものを作ってみたんです。もちろんそうやってミックスしたものだというのが、誰にもわからないようなクオリティでね。ところがメンバーたちは当然それを知っているわけで(笑)、それは嫌だ、ということになって。ほんのわずかなブレスのズレとか、そういったものが気持ち悪いわけですよね。それで最終的には「やっぱりそういう作戦は無しにして、全部リアルにいこう」という話になった。彼ら自身としても、トリアノンのステージに最初に出て行ったときの“ウォー!”のすさまじさを形にして残したいと考えたんでしょうね。それでツアー初日の映像は、そのままリアルに使うことにしたんです。だから音的には伝えきれていない部分というのもあって、そこは僕としては残念でもあるんですけど。

――結果、ライブ作品としてのクオリティよりもリアリティを重視されたということですよね?

中野:そうですね。このバンドはこれから世界で何十年も活動していくことになるだろうし、そうした流れのなかでの海外ツアー1本目の1曲目というのは記録として重要じゃないですか。そういうところを意識しながら編集し直したんです。

――つまり脚色や演出、物語的な設定は一切排除したものに?

中野:ええ。僕としては“カメラが邪魔をしない”というのがまず大事なところでもあって。人間関係として何十年か付き合っていても、たとえば僕がライブ前に失礼なことをすれば、その人にとっては気分の悪いライブになっちゃうわけですよね。当然アーティスト自身はプロフェッショナルだから、お客さんに対してはそんな素振りは見せないにしても、内心どこかにわだかまりがあるかもしれないじゃないですか。そういうことは一切起こしたくないというのがまずあるし。しかも僕は、彼らにとってはお父さんぐらいの年齢でもある(笑)。だから、そういう人間よりは若いやつがいたほうがいいだろうということで、彼らと同年代のカメラマンも一人起用したんですよ。その子が行くぶんにはいいという場面もあるだろうし、僕が気配を消しながら撮ればいい場合というのもあるだろうし(笑)。さすがにもう長いことやってますから、気配ぐらいは消せるんです(笑)。動かないし、喋らないし、話しかけもしないし。

――もう、忍術のようなものですね。

中野:うん。そうやって1日付き合ってもらうとだいたい向こうも慣れるから、彼らも自分たちのモードに戻れるというのがあるんですよね。ただ、それでも四六時中撮り続ければいいってものではなくて。たとえばライブが終わったところを撮ろうかと思ってステージ裏に様子を見に行ったりするわけですけど、毎回のように思いますね、「ああ、撮るんじゃなかった」って(笑)。ただ、それを映画のなかにどれだけ反映させるかはともかく、初めての場所でのすごいライブの終演直後の記録というのは、彼ら自身にとっての財産じゃないですか。僕は実際、彼らはこれから日本から海外に拠点を移して世界中をぐるぐる回るようなバンドになるはずだと信じているので、その彼らにとっての記念すべき最初のワールド・ツアーの記録、という撮り方をしたかったんです。だから敢えて、その場で自分でインタビューすることも必要最小限にとどめたかった。そうじゃなくても、現地の雑誌とかTVとかの取材場面にお邪魔したりしてるわけなんで。しかもそうやって言葉をたくさん拾えてしまうと、言葉に頼ってしまうことになるんです。

――ええ。どうしても言葉を繋ぎ合わせて物語を構成するようになってしまいますよね。

中野:まあ、それが普通はドキュメンタリーということになるんでしょうけども(笑)。ただ、毎日のようにメンバー各々にいちいち「今日のライブはどうだった?」って聞こうにも、終演直後の彼らはボロボロの状態だったりするわけですよ。そこで話を聞いても意味がないというか、仮にそれが映像としてリアルであろうと、それが何になるのかなと思ってしまうわけなんです。

――見せるべき部分と見せなくていい部分との線引きの難しさ、というか。

中野:そう。それこそTakaなんかはすごいプロフェッショナルなので、裏の部分は極力見せたくないというのが本音であるはずなんです。裏で練習してる場面、努力してる様子なんかは見せたくない。そのへんの感覚はちょっと昭和っぽいですよね(笑)。他の要素はもうすべて平成ですけど(笑)。音楽のルーツもまったく違うじゃないですか。完全に1990年代以降の音楽がベースになってるわけですから。そこで日本語の歌詞が乗っていたりはするけども、ほとんどメロディは洋楽だったりする。「Wherever you are」とか、ホントに海外のファンもみんな日本語で歌ってるわけなんですよね。あれを英語に直してもう一回出したら、ホントに全世界でヒットすると思うんですけど、今のところそんな話もないみたいだし。そういうのもまた面白いところで。

――ツアーの過程を経ながら、バンドの変化、意識の変わりようというのは感じられましたか?

中野:それは単純に、音に出てますよね。要するに毎公演、自分たちで驚いてますからね、演奏する前から。「すげえな!」って。これでまた次回行ったりすると、そういった驚きも当たり前のものになっちゃうじゃないですか。たとえば台湾では今回、6,500枚のチケットが何分間かで売り切れているんですけど、それは彼らが過去にも台湾でやってきたからでもある。その国でウェルカムされることは彼らもあらかじめ知っているわけです。だけどツアー全体としては、とにかく彼ら自身にとってもフレッシュだったわけですよね。初めての街でやるとなれば、やっぱりワクワクするじゃないですか。下手すると30人しかいないかもしれないし、満員だったら単純に嬉しい。そういう部分での“一回目ならでは”の感覚というのは映像に収められたはずだと思うんですよね。

――つまり、彼らにとっての初体験の連続を収めることができた。

中野:ええ。これからビッグになってワールドワイドなバンドになったときにこれを観ながら振り返ってみれば「うぶで可愛いやつらだったな」ってことになるかもしれませんけど(笑)、同時に、20年後も変わってないんじゃないかという気もするんですよね。ホントにいいやつらじゃないですか。あの仲の良さ加減というのはもう…(笑)。

――それは改めて説明しなくても、これを観ればわかりますよね(笑)。

中野:まったく(笑)。そういった場面に触れることですごく幸せになれる映画になったんじゃないかと思うんですよね。ホントに彼らの“素”の部分ばかりが収められているし。

――さて、最後に。日本を熱狂させ、その熱狂を海外にも飛び火させた彼ら。監督ご自身、何故こういったことが起こり得たのだと今現在はお考えですか?

中野:とにかく今の時代、海外のファンの多くはYOU TUBEでしか彼らを知らないわけですよね。ただ、「The Beginning」の再生回数って、確か2,400万回とかでしょ? 要するに若い子たちが毎日繰り返しそうやって聴いているってことなんです。そういった子たちが世界中に何万人もいて、そこから友達なんかにもどんどん広がっていって。そこですでに、国境がないわけです。だからある意味、SNSというものが世界でちゃんと普及しているからこそどこに行ってもツアーができるってことの証明でもあると思うんですよ、これは。しかも彼らはパフォーマーとしても優秀だし、音楽自体でも評価を得ているから、SNSを通じて知った子たちがこれから掘り下げていくことになると思うんですね。今、日本の子たちって、あんまりそうやって掘らなくなってきてるんじゃないかと思うんです。あまりにも情報が豊富にあり過ぎて、降ってくるもののなかからチョイスはするんだけども、そこで終わってしまう。完全にLINE世代だから、電話すらも縁遠いものになりつつあるし、コンピュータすら要らないわけですよね。だから完全に今までのマーケティングが通用しなくなっている。ただ、実際にライブに行く人たちというのは依然としてたくさんいるわけで、そこで「ONE OK ROCKはやっぱりライブがすごい!」というのを体感した人たちがいれば、その輪もどんどん広がっていくことになっていくし、そこでもはや国境とかも関係なくなってきてるわけです。だから今、彼らの新しいアルバムがいつ出ることになるのかは僕にはわからないけども、それがリリースされて、世界各国で出回るようになって……それこそ来年、再来年あたりにはグラミー賞のオルタナティヴ部門とかを受賞していてもおかしくないと思うんです。というか、僕にはツイッターでみんながそのことについて書き込んでる様子が見えてるんですよ。確実に、そうなると思う。だからこれはもう夢とかじゃなくて、“いつそうなるか?”っていうだけの話だと思っているんです。そう僕は、確信していますね。


取材/文:増田勇一