【ライブ&機材レポ】高橋幸宏、自身初の小編成ツアーで「お客さんと近いライブを」

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高橋幸宏の自身初となる小編成でのライブ・ツアー<Yukihiro Takahashi Especial Live“Heart of Hurt 2014”>が開催され、初日の東京・キリスト品川教会 グローリア・チャペル公演に続き、6月29日に京都・磔磔、そして翌30日には神戸・旧グッゲンハイム邸で、まさにスペシャルなライブが行われた。

◆高橋幸宏 拡大画像

▲6月29日@京都 磔磔
▲6月29日@京都 磔磔
▲6月29日@京都 磔磔
今回のツアーは、ギターに佐橋佳幸、キーボードにはpupaのメンバーでもある堀江博久を迎え、アコースティック色の強いスタイルで行われたが、過去の幸宏氏のライブと大きく異なる点は、このような最小限の編成で、プライベートなテイストで行われたことに加え、いずれの会場も個性的な空間で、まったく異なるシチュエーションで各公演が行われたということだ。

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やや小雨がぱらつき、蒸すような暑さに覆われた京都。ここでの会場は、老舗ライブハウスとして知られる“磔磔”だ。約100年前に建てられた酒蔵が改装されたもので、古都ならではの独特の雰囲気が漂う中、木の床の上に並べられた丸椅子と長椅子は観客であっと言う間に埋まり、その間を縫うようにして、幸宏氏がステージに登場した。

この日は、東京公演とはセットリストが若干変わり、ニール・ヤングの「Helpless」、次いで、バート・バカラックの「The Look Of Love」といったカヴァー曲でスタート。そして「The Look Of Love」では、このツアーの隠れた“目玉”とも言える、ヴィンテージ・リズムマシンLINN DRUMを使ったパフォーマンスも披露され、観客からは、「最高!」「イェイ!」といったかけ声が飛ぶ。こうした観客との“掛け合い”が成立するほど、ステージと客性との距離感の近さは、この会場特有のものだ。東京公演では、チャペルならではの荘厳な響きを活かした演奏であったが、それとは対極にあるアットホームな雰囲気に、詰めかけた満員の観客は酔いしれていた。

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▲6月30日@神戸 旧グッゲンハイム邸
▲6月30日@神戸 旧グッゲンハイム邸
▲6月30日@神戸 旧グッゲンハイム邸
▲6月30日@神戸 旧グッゲンハイム邸
▲6月30日@神戸 旧グッゲンハイム邸
翌日の神戸での会場は、瀬戸内海を臨む高台に建てられた旧グッゲンハイム邸。1909年に建てられた木造のクラシカルな西洋館で、1階の広間が、そのままライブ・スペースに使われるという最高のシチュエーション。この日、幸いにして天候に恵まれたことで、急遽、広い庭園にも椅子が並べられ、開けはなられた窓からもライブを楽しめるという、まさにホーム・パーティ的な雰囲気の中で、ライブが始まった。

神戸公演では、セットリストは若干異なるものの、東京公演と同様に、休憩を挟んだ2部形式の構成。その休憩時には、佐橋氏と堀江氏は2階に用意された控室には戻らず、観客と混ざって庭園でくつろぎながら談笑するなど、他の会場、そして他のライブでは考えられないほどに、リラックスした表情を覗かせていたのが印象的だった。そんな2人と共に幸宏氏も、東京、京都とはまた違う開放感を楽しむかのように、珠玉の名曲を披露し、観客を堪能させた。そして終演後、庭園に用意されたフードやドリンクで、遅くまで余韻を楽しむ観客の笑顔は、このライブがいかに特別なものだったのかを表していたと言えよう。

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このライブ・ツアーで注目に値するのは、そのセットリストだ。2年前の還暦記念ライブ<One Fine Night ~60th Anniversary Live~>の際は、それまでの活動をすべて網羅したベスト・セレクションというべき選曲であった。2013年の<高橋幸宏 with In Phase>ツアーでは、James Iha、Curly Giraffe等と創り上げたアルバム『LIFE ANEW』がフィーチャーされ、2014年1月の“高橋幸宏&METAFIVE”という小山田圭吾、砂原良徳、TOWA TEI等とのスペシャル・ユニットでのステージは、<TECHNO RECITAL>というライブ・タイトル通り、“幸宏テクノ”の最新形を見せてくれた。

だが今回、これは想像だが、あえて何か特別の意味づけを施さない、“コンセプトを持たせないこと”をコンセプトとした選曲だったように感じる。それゆえに、幸宏氏のプライベートな側面が色濃く表れ、今の心境や想いが、楽曲や、そこで歌われる歌詞という形で、とてもストレートに表現されていたのではないだろうか。裏を返せば、それだけ幸宏氏自身にとって大切な楽曲たちを、余すところなく、観客に届けてくれたと言えるだろう。

彼の著書『心に訊く音楽、心に効く音楽』の中で、《僕が、ターニングポイントで立ち止まったりしたときは、過去聴いてきた音楽、聴いて救われた音楽を改めて聴き直したり、その音楽について考えを巡らせてみるとか、そういうことが多いですね。》と語る一文がある。まさに、それを具現化したのが、このツアーだったのではないだろうか。

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▲幸宏氏のギター。ギブソンB-25(左)をメインに、「I Saw The Light」、「今日の空」では、同チェットアトキンス・モデル(右)もプレイ。京都・神戸公演では、ボブ・ディラン「Don't Think Twice, It's All Right」のカバーも披露された。
▲「ETERNALLY」、「前兆」などで使われたヴィンテージ・リズムマシンLINN DRUM(LM-2)。
▲京都/神戸公演では、一部の曲でリズム・パートの演奏にローランドSP-404SX(サンプラー)が使用された。
▲神戸公演のアンコールで歌われた「BETSU-NI」など、幸宏氏の歌にはボスVE-20で薄くダブリング処理が加えられていた。
▲堀江氏がプレイしたローランドRD-800。東京と神戸公演では、これに加えグランド・ピアノも使用。さらに、「ETERNALLY」ではOMNI CHORD、「今日の空」では鍵盤ハーモニカHAMMOND 44 PRO-44Hをプレイした。
▲佐橋氏のギター。64年製フェンダー・ストラトキャスターの他、テイラーのアコースティック・ギター、ヤイリのガット・ギター、ペダル・スティールをプレイ。アンプは、60年代前期のフェンダーDeluxe Reverbを使用。
「できる限り小編成で、お客さんと近いライブをやりたい」。

そういった幸宏氏の発言がきっかけで、今回のツアーは企画されたと言う。そして、彼のファンであればあるほど、とても意外性があり、そして嬉しい驚きに満ちたツアーであった。

高橋幸宏は、常に最先端であり、いつも完璧であり、音楽的にも人間的にも、ユーモアとファッショナブルさをまとったアーティストだ。そうしたパブリックなイメージを覆すほどに、このツアーは、いい意味で、とても“ゆるい”ものだった。中でも印象的だったのが、京都公演での「元気ならうれしいね」。モニターの不具合から、曲の途中で一度演奏を止め、再び演奏し直したのだが、幸宏氏は「じゃあ、今の所からね」と言い、「え、途中からですか!?」と佐橋氏を慌てさせ、観客の笑いと大喝采を誘った。これには、正直驚いた。長年のファンを自負する筆者からしても、これまでのストイックな幸宏氏のイメージからは、想像できないハプニングだったのだ。

ただ、はっきりと断言しておくが、これは決して手を抜いているのではない。むしろ演奏が始まると、MCでの“ゆるい”空気は一変し、幸宏氏ならではの凛とした音世界に変貌を遂げていく。ただその中で、その場に集うことができた幸運な観客らとともに、音楽、目の前に広がる光景、そしてアクシデントすらも、幸宏氏は心の底から楽しもうとしていたのだ。

ライブ中、幾度となく「今日は、(僕の)ホーム・パーティですから」とユーモアを交えて語っていた幸宏氏だが、それはあながちジョークでもなかっただろう。むしろ、本音に近かったのではないだろうか。アーティストと観客という絶対的な関係性は保ちながらも、両者を緊張感で結び付けるのではなく、まさに自身の空間にリスナーを招き入れ、音楽を通して、束の間のひと時を共有する喜びを与えてくれた。そのために、プライベートなテイストを生み出せる空間として、“磔磔”、“旧グッケンハイム邸”、さらに言えば“キリスト品川教会グローリア・チャペル”といった個性的な空間が選ばれたのだろう。

そしてここで得た体感は、トップ・アーティストとして、これほどまでに長いキャリアを誇る幸宏氏にとっても、きっと新鮮なものだったに違いない。もちろん、トリオ編成で行う本格的なツアーということ自体が、彼にとっての新しい試みなのだ。最先端とは、誰も聴いたことがない音を鳴らしたり、新しい機材を駆使して音楽を作るだけでない。この新しい感覚こそが、今の幸宏氏が求めていたものなのだろう。そしてまた、これほどまでにシチュエーションの異なる個々の会場で、その場にフィットさせた柔軟でしなやかなパフォーマンスを行いながらも、同時に、どのような空間であっても、“高橋幸宏は、やっぱり高橋幸宏だ”と思わせるブレのない音楽性と立ち振る舞いは、完璧なカッコよさであり、流石という言葉以外見つからない。

こうやって、改めてこのツアーを振り返ってみると、今までに見たことのない“高橋幸宏像”を垣間見ることができた非常にレアな機会だったと感じる一方で、やはり最先端であり、完璧で、ユーモアかつファッショナブルだという、彼の本質は何ひとつ変わっていないという事実に、否が応でも納得させられてしまう。

「この曲は、“望み”がいっぱい。僕たちはまだ、この地球で、もっともっと頑張らなきゃと感じさせてくれる」(神戸)という紹介で、いずれの会場でも本編のラストに演奏された「What The World Needs Now Is Love」。

「この曲をやるのは少し悩みましたが、この歳になるまで続けてきたので、ちょうど合っているのかなと思って」(京都)と前置きしてから歌われた名曲「何処へ」で、アンコールが締めくくられた。

そして、どの会場でも、最後の一音が消えるまで、観客は幸宏氏の歌に耳と心を傾け、そして大きな拍手と共に、かけがえのない時は終わりを告げた。

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このスタイルでのライブは、まだまだ続く。8月31日、<Slow Music Slow LIVE '14 in 池上本門寺>での出演が決まっているほか、メンバーをDr.kyOn&高田漣とする新トリオ編成で、10月4日に富山公演、そして10月26日には<Peter Barakan's LIVE MAGIC!>への出演が予定されている。

さらに幸宏氏は、7月25日に<FUJI ROCK FESTIVAL 2014>で“高橋幸宏 with In Phase”として、また自らキュレイターを務める8月10日の<WORLD HAPPINESS 2014>では“高橋幸宏 with In Phase”と“高橋幸宏&METAFIVE”で2ステージをこなすなど、これまでにないほど、精力的な活動を展開している。

高橋幸宏の音楽の旅は、まだまだ続く。そして僕らは、まだまだ彼の音楽を必要としている。幸宏氏が、また新しい世界を見せてくれる日が待ち遠しくてたまらない、そんな想いをさらに強くしたツアーであった。

文・撮影◎布施雄一郎



■高橋幸宏 & METAFIVE[小山田圭吾×砂原良徳×TOWA TEI×ゴンドウトモヒコ×LEO今井]
ライブCDアルバム『TECHNO RECITAL』
2014年7月23日(水)発売
TYCT-69022 3,000円(税抜)
初回出荷生産デジパック仕様盤
※初回出荷終了後、プラケース通常盤へ切替(TYCT-60043/3,000円+税)
1.META
2.CUE
3.BALLET
4.NOW AND THEN
5.LAY MY LOVE
6.RADIO
7.RADIOACTIVIST
8.DON'T THINK TWICE, IT'S ALL RIGHT
9.I NEED YOU
10.EVERYBODY HAD A HARD YEAR
11.TURN TURN
12.STILL WALKING TO THE BEAT
13.中国女
14.DISPOSABLE LOVE
15.DRIP DRY EYES
16.SOMETHING IN THE AIR
※2014年1月17日(金)EX THEATER ROPPONGIにて収録
※先行配信「Ballet」及びアルバムプレオーダー:http://po.st/ittyMETAFIVE

■高橋幸宏 with In Phase[James Iha x 高桑圭(Curly Giraffe)x 堀江博久 x ゴンドウトモヒコ × 鈴木俊治]
ライブ映像作品『PHASE』
2014年7月23日(水)発売
TYXT-19004 7,200円(税抜)
初回限定生産盤
Blu-ray+DVD(同内容)+LIVE音源CDx2+スペシャルブックレット+サックケース入り
1.Another Door
2.Looking For Words
3.Time To Go
4.Last Summer
5.That's Alright(It Will Be Alright)
6.The Old Friends Cottage
7.Ghost Behind My Back
8.The Price To Pay
9.Blue Moon Blue
10.Where Are You Heading To?
11.To Who Knows Where
12.End Of An Error
13.Shadow
14.All That We Know
15.World In A Maze
16.Follow You Down
17.Something In The Air
18.The April Fools
※2013年9月23日(月・祝)渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて収録
※先行配信「Looking For Words」及びアルバムプレオーダー:http://po.st/ittyPhase

■<ライブ・スケジュール>
2014年8月10日(日)<WORLD HAPPINESS 2014>
高橋幸宏 & METAFIVE / 高橋幸宏 with In Phase

◆高橋幸宏オフィシャルサイト
◆ヒンツ・ミュージック オフィシャルFacebook
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