【考察】PIERROT、異端にして未曾有の活動ヒストリー

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あの衝撃的な復活宣言から約4ヶ月、いよいよPIERROT8年ぶりとなるライヴの一般チケット発売が目前に迫っている。8月16日および17日には品川ステラボールにて、この事態が起こられなければ一生倉庫の中で眠り続けたままだったかもしれない貴重な未発表映像(インディーズ時代)を含むフィルムギグ<PIERROT FILM GIG 2014 –Dictators ‘history->が開催され、すでにWEB上でもダイジェスト映像が公開されている。

◆<PIERROT FILM GIG 2014 -Dictators’history->トレーラー映像

結成は1994年。世紀末の終末感漂う1998年にメジャーデビュー、異端の存在としてシーンに消えない爪痕を残したPIERROTのようなバンドはいまだ存在しない。その片鱗はアップされた映像からも伝わってくると思うが、今回の不意打ちのような謎の再結成もいかにもPIERROTらしい。

なぜ、謎なのか。何のフィルターもかけずに言えば、PIERROTが復活することは間違いない。が、それが再結成なのか、解散ライヴを行わずにバラバラとなったバンドの8年の月日を経た本当の意味のラストライヴなのか、いまだ読めないからである。10月24日および25日の両日に、さいたまスーパーアリーナで行なわれるライヴのタイトルは<PIERROT DICTATORS CIRCUS FINAL>。これだけ見ればファイナル=ラストライヴという捉え方ができるが、初日のサブタイトルは“-I SAID「HELLO」-”で、2日目は“-BIRTHDAY-”。未来を示唆するようなワードが並んでいる。

ちなみに「HELLO」は復活を発表した新宿アルタ前のハイヴィジョンに流れた曲で、PIERROTのラストシングルとなっていた楽曲タイトルだ。別れを告げる曲に「GOOD BYE」ではなく「HELLO」と付けた彼らの意図はわからないが、あのとき、“HELLO”と言った理由が今、明らかになった、という捉え方が成り立つタイトルである。

そして“BIRTHDAY”はPIERROTの楽曲を聴いてきた人なら、そこに何か深い意味が隠されているのではないかと想像を巡らせるだろうし、単純にPIERROTがここからまた新しく生まれ変わるという解釈も成り立つ。そして、こんなことを考えている内にまんまと彼らの罠にハマっていることに気づく。歴史を振り返ってみれば、彼らは昔からそういうバンドだったからだ。

そもそも1999年に発表された記念すべきメジャー1stアルバムのタイトルが『FINALE』であり、ラストシングルが「HELLO」なのである。まるで、最初から幕切れが決まっていたかのようなストーリー。もちろん実際は、そんな事実はないのだが、深読みせずにはいられない作品を発表し、ライヴを行なってきたのがPIERROTというバンドだった。

筆者が初めて彼らのライヴを見たのはインディーズ時代の1997年、渋谷O-WESTにて行われた<Dictators Circus>。映像を使って見せた「脳内モルヒネ」の不気味なサウンドや悪夢のような歌詞、当時見たこともなかった振りを取り入れたキリトのパフォーマンス、熱狂するオーディエンス、すべてが衝撃的だった。

爽やかなタイトルとは裏腹に、“終わりを告げるそのとき、青く澄み渡った空は何の予兆も見せないだろう”と歌うシングル「クリア・スカイ」でデビューを果たしたPIERROTは、そのわずか半年後の1999年4月1日に日本武道館での初ワンマンライヴを行なう。刺激的な演出で幕を開けたこの日のステージは初武道館にして、初の試みの二部構成で第一部は「ハルカ…」、第二部は「カナタへ…」と対をなす2曲で始まる構築されたセットリスト。外は満開の夜桜の中、儚く散っていく花の季節を背景に叶うことのない願いを綴ったバラード「ラストレター」が新曲として披露されたのも、鮮烈な印象を残した。

それらは綿密に計算されたシナリオなのか? 衝動であり偶然なのか? 破壊なのか? エンターティメントなのか?

ギリギリの読めないバランスがスリリングだったのがPIERROTというバンドの特殊なところだったのではないか。同年12月には当時としては画期的なインターネットによる世界中に向けた映像配信ライヴ<THE GENOME CONTROL>を行ない、シーンを翻弄する存在としてのポジションを確立していった彼らは、2000年に西武ドームで約3万人を動員しての<Dictators Circus Ⅴ>を開催する。前日には選ばれたオーディエンスを前に最新シングル「AGITATOR」の収録曲を披露する公開リハーサルが行なわれたほか、当日は“煽動者”と“追従者”の逆転の発想が隠された2曲のタイトルから、客席にはAGITATORシートとFOLLOWERシートが存在した。左右には赤と青の垂れ幕。中央には「クリア・スカイ」と連動している楽曲「PURPLE SKY」を象徴する紫の垂れ幕と演出からして、オーディエンスの興奮を煽っていった。

話は前後するが、FILM GIGでは1999年の7月に富士急ハイランドコニファーフォレストで行なわれた<Dictators Circus Ⅳ- Birth of New Born Baby->の未公開映像も流されるが、その翌月に同会場でマリリン・マンソンらと共演したイベントでキリトが吐いた毒舌が、当時の洋楽ファン/邦楽ファンの間で賛否両論を呼んだ。

しかしながら、彼らの作品やライヴや言動は決していたずらにリスナーを刺激するものではなかった。謎解きのようなメッセージを読みとこうとすることで、受け手はつねに思考することになり、ものごとを違う角度から見ることにもなる。当時のインタビューでキリトは、“詞を書くときのテーマはいつも人間そのもの。人間の中に眠っている自分でも気づかない感情だったり……”と語ったが、「CREATUE」という曲で歌われている“怪物”も人間の中に潜んでいる無意識の感情のことであり、PIERROTはこのクリーチャーを非常に知的な方法論で解き放ったバンドという見方もできるかもしれない。

「キ●ガイになっちゃおうぜ!」というMCで煽る扇動者のキリト、不気味でヘヴィなPIERROTサウンドの核となるアイジのギター、その音に広がりを与え、ときにギターシンセを使用してエキゾティックな世界観で魅了する潤、ストイックな鉄壁のリズム隊と評されたKOHTAのベースとTAKEOのドラム。この5人の組み合わせに非の打ち所はなかった。

それゆえに彼らが背負ったものは計り知れない。バンドサウンドや作品を進化させながら、緊張の糸を張りつめたままでPIERROTはシーンを駆け抜けていく。最後の最後までライヴやツアーには確固たるコンセプトがあり、PIERROTという軸がブレることは1度としてなかったと記憶している。

この5人が同じステージに揃って姿を現すまで、すでに秒読みだ。これも偶然なのか、必然なのか、時代は明日、何が起きるのか予測できない不穏な空気の中にある。彼らの意図は不明のままだが、ひとつだけ言えるのはPIERROTが生んできた曲は間違いなく“今”とも同期する。期待は想像を上回るかもしれない。

取材・文◎山本弘子


■PIERROT<DICTATORS CIRCUS FINAL>
さいたまスーパーアリーナ
2014 年10 月24 日(金) -I SAID「HELLO」- OPEN17:30 START18:30
2014 年10 月25 日(土) -BIRTHDAY- OPEN15:00 START16:00
全席指定 \9500(税込)
チケット一般発売:8/23(土)10:00〜
[問]DISK GARAGE 050-5533-0888

◆PIERROT 特設サイト
◆PIERROT オフィシャルYouTubeチャンネル
◆PIERROT オフィシャルTwitter
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