【インタビュー】陰陽座、風神と雷神をテーマとした驚愕の2連作を同時リリース

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■タイトルの界逅と創世という言葉をそれぞれに充てたのは
■新しい陰陽座の世界との出会いでありそれを作るということ


 ▲『風神界逅』
 ▲『雷神創世』
――風神と雷神という言葉に、それぞれ界逅、創世とつけたタイトルにも、意味を見出したくなりますね。

瞬火:界逅はまず、カイの字を勝手に変えてしまってはいますが、邂逅のつもりです。何も変わらずにやっていく陰陽座とはいっても、あの『鬼子母神』を経て、次の10作への一歩という意味では、新しい陰陽座の世界との出会いであり、また、それを作るということでもある。そういう考えのもとに、この界逅と創世という言葉をそれぞれに充てました。

――ところで、以前の「喰らいあう」ではないですが、風神と雷神は、それぞれ“Who's in”、“Rising”という英語の音に近いものがありますよね。何となくそういう深読みをしたくなる感覚もあるんですよ。

瞬火:うん。それは誰しもが思うことだと思いますが、意図としては一切ないです(笑)。でも雷神でいうと、雷は落ちるものだから昇るというと逆になりますけど、何か雷がライジングするって、イメージができちゃいますよね、ヘヴィメタル的に(笑)。ただ、この『雷神創世』の制作に関するファイルの名前を、ウィンドウズと互換するときに文字化けしないように、アルファベットにしないといけないとき、“raijin”と打つのが野暮ったいから、“Rising”にしていたというのはあります。その程度には、僕もライジングだなぁと思っていました(笑)。まぁ、何にせよ、カッコいい感じだから、いいじゃないですか。

――なるほど(笑)。アルバムそのものにも触れていこうと思いますが、どちらにも共通しているのが、ものすごく新鮮であることですね。僕たちが知っている陰陽座であるのは当然だけれども、彼らはまだまだこんなこともやるのか、できるのかという印象を与えると思うんです。

瞬火:常にそれができるかどうかは、僕自身もわからないですが、アルバムごとに「別のバンドか!?」っていうぐらい変化していくことを進化とするバンドなら、とにかく変えていくというやり方もありますが、一本筋だけ通し続けると……それが偉大なるマンネリズムと呼ばれればいいですけど、単なるマンネリと言われたら、新作を出す価値がなくなってしまう。それに陥らないためには、「待ってました」とか、「これこれ!」って言わせる部分と、「おぉ!」って言わせる部分とのバランスが常に保たれていないとダメだと思っているんです。その意味では、今回の2枚も両方そう思ってもらえたのはよかったですね。

――シングル・リリースされた「青天の三日月」は別として、アルバムが完成する前に、まず「雲は龍に舞い、風は鳳に歌う」と「天獄の厳霊」を聴かせていただいたんです。そのとき、これはとんでもない作品になるんじゃないかという予感がした。その段階で「心が震えた」と瞬火さんにメールで伝えたところ、「この2曲程度で震えてたら、全部を聴いたらとんでもないことになりますよ」という返信があったんですよね。

黒猫:そんなこと言ったんですか?(笑)

瞬火:私信だからと思って、言いましたね(笑)。

――さらに「これより劣るものは一つもない」と。

瞬火:まぁ、実際、「雲は龍に舞い、風は鳳に歌う」は、完全にこのアルバムのハイライトですから、それより劣るものはないというのは、ちょっと言い過ぎましたけど(笑)、「他にも凄いのがたくさんありますよ」と言いたかったのは間違いないですね。

――瞬火流のイタズラ心でしたけどね(笑)。とにかく楽曲のドラマ性に惹かれましたが、仕上がったアルバムを聴いてみると、これは他の曲にも言えることだったんです。『風神界逅』の「風神」、『雷神創世』の「雷神」というそれぞれのオープニング・トラックだけをとっても、今までも陰陽座にはない、またワクワクさせてくれるイントロダクションだなと感じましたし。よくこういう斬新なものを作れるなぁと感心もしながら。

黒猫:そうそう、私も言ったんですよ、「よく作るね、こんなの」って(笑)。

瞬火:頑張りました(笑)。「風神」に関して言うと、風というものを象徴するイントロダクションにしようということで、風の持っているいくつかの表情を一つの流れにしたような曲っていうのを意図したんです。いわゆる暴風とか災害を起こすような風まではそこには含めてないですが、吹いているかどうかわからないぐらいのそよ風から、だんだん追い風みたいにガーッと吹き上げてくる、そういうところまでの風を描こうと思って。その最初の心地よい風を表すのには、こういう12弦のアコースティック・ギターによるストロークとかが気持ちいいなぁとか、そういうことを重ねていって。メロトロンのフルートとかもあえて使っているんですけど、ああいうちょっとつぶれたような、ボワンとした音って……何か昔のプログレッシブロックを想起させる音ですが、僕にとっては穏やかな風を感じる音だったので、素直に入れてみたんです。

――まさにあのイントロなんて、70年代のプログレッシヴ・ロック・バンドがやっていても何ら不思議はないですよ。たとえば、CAMELに通じる叙情性を感じますし、オーケストレーションも交えて盛り上がっていくところからは、壮大な映画音楽や大河ドラマのテーマのようにも思えてきます。

瞬火:そう感じてもらえたら嬉しいですね。一応、作曲するときに思い描いていた絵的なことで言うと、序盤のそよ風が吹いている辺りは、穏やかな暮らしとか平和といった日常で、そこから最後のテーマに流れていくところなどは、何かを覚悟して、何かに立ち向かうときに、ちょっと小高い丘の上にでも立った状態で吹いてくる風をイメージしているんです。

黒猫:「風神」も「雷神」も表情は全然違うんですが、どちらも物語の始まりをすごく予感させる曲になっていて、聴いていて、すごくドキドキするんです。これ以上ない、ホントに素晴らしいオープニングになったなと思いますね。

――「雷神」にしても、重厚なサウンドで進む中に聞こえてくる大正琴の音もまた印象的で。

瞬火:あの曲は、まずリズムがずっとループしているかのように連続しているんですが、あの大正琴に関して言えば、最初から最後まで2小節1セットのフレーズが一切変わらずに鳴り続けているんです。でも、曲はあのように展開していくという、ちょっと不思議なアンサンブルになっているんです。何かジワーっと盛り上がっていく感じが、自分でもすごくゾクゾクしますし、あのアイデアは、ある朝、降りてきたんですが、そのときが一番ドキドキしました。何にドキドキしたって、今、このフワッときたものを忘れたらもう終わりだと思って(笑)。“雷神”って、海外まで含めて、ヘヴィ・メタル・バンドがわりと題材にしていますが、やっぱり雷の力強さや激しさという面が描かれているものが多いように感じます。そういう中で、雷神を題材にした楽曲としては新たな一例が示せたという自負があります。

――歌詞においても雷神そのものを歌っていますよね。

瞬火:そうですね。「雷神」がこういう曲になった理由がこれだと思うんですけど、ふと僕が雷というものに関して思った考えがあって。人類が誕生して、一番始めに雷を見たときと、人類が滅びる一歩手前で最後に見る雷は同じ風景なんじゃないかって。荒野で人々は空を見上げていて、ただただ、その落ちてくる雷に、為す術もなく、畏怖の念に打たれるという。そんな漠然とした僕の勝手な考えですけど、そういうシーンを思い浮かべてもらうと、何となくハマりませんか?

――それに「人間よ、傲ることなかれ」といったメッセージでもあるのかなと思いました。

瞬火:そう受け取るのもうなづける歌詞ではありますが、僕という個人が人類というものを糾弾するような意図と権利は一切ありません。もしも糾弾するとしたらそこには自分自身も含めるべきだと思っています。ただ、僕だけではなくむしろ誰でも思うことだと思いますが、大昔から色んな場で鳴らされている警鐘に対して、人類は何ら有効な対処をしてきていないじゃないですか。繰り返し言いますが、ここで言う人類には自分自身を含めています。これは環境問題がどうのと言いたいように聞こえるかもしれませんが、もちろんそれも含め、あらゆるすべての面での話です。環境、社会、情緒、どの面を見ても、先行きが明るいと感じるところはないと思います。でも、そうやって歩んできたのが人類なんですから、人類とはそういうものだと思うしかないでしょうね。しつこいですがこの人類にも当然僕自身を含めていますよ。…それはともかく、その人類がただ天を見上げて畏怖する大いなる力の迸り、それそのものを雷神、と捉えたのがこの歌詞です。

――客観的事実として、そういうものなのだと。「雷神」の歌の終わりは、驚かされる持って行き方ですよね。

瞬火:これはいわゆるA→B→サビといった定型の構成ではない曲ですが、変型の曲ならではの、一度しか出てこない展開でそのまま終わるというところが、今までの陰陽座のどの曲にもないような、印象的で鮮烈な形に仕上がったと思っています。

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