【倉木麻衣×BARKS連載対談】第八回(2011~2012年)「音楽だけは正直であってほしい」

ツイート

■みんなとのつながりも『“RE:”プロジェクト』を立ち上げることによってさらに深くなった
■震災からの復興には物資だけではなくて、“心の再生”が必要だと思ったんです

▲37thシングル「Your Best Friend」(2011.10.19)

烏丸:「音楽への意欲が湧いた」、そうなりますよね。間違いなく。

倉木:これから私は“ひとりじゃないよ”という歌を発信し続けようと思って、この時期はそういう歌が多いと思います。たとえば「Your Best Friend」(37thシングル)も、相手のことを深く思うという歌ですし、「step by step」(37thシングル「Your Best Friend」収録)も、一歩一歩頑張っていこうという歌です。

西室:以前よりもすごくポジティブなメッセージ性が、強くなってきたんじゃないかなと思います。そういう経験をしたことによって。





▲<Mai Kuraki Premium Live One for all, All for one>(2011.10.22)

倉木:そうですね。ひとりではなくみんなで頑張ろうという思いが、ここから強くなってきたというのはあります。

西室:そういう出来事を境に、もう一度“音楽って何なんだろう”ということを考えるきっかけになったと思いますし、これから何を発信していくのか、ちょっと立ち止まって考えるような時間だったのかなと思いますね。

烏丸:音楽に何ができるのか、ミュージシャンは何をすべきなのか。みんな立ち止まって問い直した年でしたね。

西室:そういう時期にコンサートをするのはいいのか?とか、そういうことも含めて、スタッフもすごく考えました。

烏丸:この時期にやった<Love in Action Meeting>というのは、献血の啓蒙活動なんですよね。

倉木:そうなんです。

烏丸:10月には武道館でチャリティー・ライブ(※2011年10月22日、日本武道館にて東日本大震災復興チャリティーライブ<Mai Kuraki Premium Live One for all, All for one>開催)もやっていますし。

西室:本当はこの年もハロウィン・ライブをやろうと思っていたんですけど、結局武道館でやるライブをチャリティー・ライブにして、主要動画5サイトを使ってライブの一部を同時無料生発信するということを初めてやりました。現地に来れない人にも思いを届けられるように。さっきの話のように、何をやればいいんだろう?ということを、みんなで考えていたんですね。

倉木:チャリティー・バンダナを作って、みんなで気持ちを高めることもやりましたし。

▲『東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!』(2011.3.29)

西室:サッカーのチャリティー・マッチ(3月29日および8月19日、東日本大震災チャリティー『東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!』にて国歌斉唱)に出させていただいたり。

倉木:やりましたね。「君が代」を歌わせていただきました。

烏丸:そうした活動で一連の活動で得られたことや、思ったことというのは、どういうことでした?



▲瓦礫を活かす-森の長城プロジェクト」に参加(2013.6.10)

▲<MAI KURAKI LIVE PROJECT 2013 “ RE: ”>(2013.6.30 ~ 2013.8.17) ※拡大画像4点あり

倉木:ひとつ思ったのは、人って年月が経つと忘れて行ってしまうということで、これを忘れずにずっと続けて行こうという思いはすごく強かったです。私がそれをみんなに発信していくべきだと思ったので、いろんな場所でそれをやっていこうということで、それを形にしたのが『“RE:”プロジェクト』なんですね。そうやって発信することによって、賛同してくださるファンの方もすごく多いんです。ファンの方が現地に行ってボランティアをやってくれたりとか、多々あるので。

烏丸:それはアーティスト冥利に尽きますよ。

倉木:ファンのみんなとのつながりも、『“RE:”プロジェクト』を立ち上げることによって、さらに深くなったと思います。このあとになりますけど、2013年に始めた<瓦礫を生かす-森の長城プロジェクト>もそうで、もしもまた津波が来た時のために、海岸に木を植えることによって防潮堤になってくれるという、そういう活動なんですね。その時にもファンの方がたくさん来てくださって、一緒に木の苗を植えました。これも少しあとの話になってしまうんですけど、震災からの復興には物資だけではなくて、“心の再生”が必要だと思ったんですよ。受けた傷はすごく大きいので。それで2013年のツアー(<MAI KURAKI LIVE PROJECT 2013 "RE:">)では、希望のある曲をたくさん選曲しましたし、『“RE:”プロジェクト』の進行の様子を伝えるサイトを作って、それを辿ってもらうことによって一緒に何か感じてもらえるようにしたり。ツアー・グッズも、被災地にあるインクの工場でTシャツをプリントしてもらうことで支援したりとか。そういう活動は今でもずっと続いていることで、終わりはないと思っていますし、忘れないということが大事だと思います。

◆インタビュー(3)へ
◆インタビュー(1)へ戻る
この記事をツイート

この記事の関連情報