【ライブレポート】堀澤麻衣子、スティーヴ・ドーフとの共演で聴かせた、かけがえのない歌声

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その歌声は、メロディを導きながら自由に五線譜を躍る。カーペンターズをはじめとして名立たるアーティストが歌い、そして多くの音楽ファンが聴き慣れているはずの『I Just Fall in Love Again』が、まるで新たな命を吹き込まれたかのような新鮮さでステージから放たれる。歌声に身を委ねれば、遅からず沸き上がる多幸感。そこには理由も理屈もないのだが、だからこそただただ“スゴイ!”と感じられる音楽は賞賛に価する。この歌い手を、とにかく紹介しておかなくちゃ。

◆<堀澤麻衣子 ~Kindred Spirits Tour~>@渋谷 JZ Brat of Tokyo ライブ画像

堀澤麻衣子は、もとより本格派のソプラノシンガーだ。国立音楽大学に学び、独自に発声法のメソッドを構築し、その分野でも存分に名を馳せた。ただ、日本のマーケットでは彼女が志したヒーリングミュージックはほとんど受け入れられず、歌い手としては長きに渡って苦難の日々を過ごしたという。

と、このあたりまでなら、似通った経歴を持つ人も少なからずいるはずだ。でも、堀澤はここで一念発起。なんと英語も話せないのにアメリカへと渡り、数年間の紆余曲折を経てとある有名プロデューサーに辿り着く。  その人こそ、アメリカのポップス界を代表する音楽プロデューサーのひとりである、スティーヴ・ドーフ。セリーヌ・ディオンやバーブラ・ストライサンドなどの有名アーティストを手がけ、ビルボードチャート1位を11回獲得、グラミー賞にノミネートされること3回という、日本の音楽シーンから見ればちょっと次元の違うプロデューサーだ。そんな彼が、堀澤のデモテープを聴くなり、その歌声に恋をした。

そして2014年6月、メジャーデビューアルバム『Kindred Spirits─かけがえのないもの─』が発表されることとなる。堀澤麻衣子は、いつしかヒーリングミュージックの枠を超えていた。上質で普遍的なポップスに、持ち前のポジティヴな性質に由来する人間的なパワーを加味したことで、唯一無二の世界観を築き上げたのだ。本人いわく「私自身が新しい堀澤麻衣子に出会えた!」。


その“新しい”堀澤麻衣子は去る11月30日、デビューアルバムを掲げたツアーのファイナルに、敬愛するスティーヴ・ドーフを招いた。渋谷のJZ Brat of Tokyoで行われた二部構成のライヴは、オーディエンスにとっても堀澤本人にとっても、まさしく“かけがえのないもの”になったはずだ。なぜならそのステージには、現在と過去と未来、それぞれの堀澤麻衣子が垣間見えたから。

『Amazing Grace』で、しっとりと幕を開けた第一部。生身の人間からこの神々しい歌声が発せられているのかと思うと、畏怖の念さえ抱いてしまうのだが、アルトソプラノの音域を取り入れるという革新的なアレンジによって、どこかハートウォーミングで身近な印象を覚える。それはきっとスティーヴ・ドーフが、彼女のキャラクターを踏まえてプロデュースしていることに起因しているのだろう。なにしろ、カヴァー曲を織り交ぜながらゴージャスなドレス姿に似合うセットリストが組まれているのに、彼女に対する親近感はなぜだかどうしてか増すばかり。スティーヴが登場し、はじめて2人でステージに立ってプレイした『Kindred Spirits』は、そのタイトルのごとく会場にいた人すべての魂を確かに繋げたが、堀澤の想いが乗った美しい旋律の中にちょっとだけ苦く感じる悲しみの味が、これまた楽曲に深い人間味をもたらしていた。 「今、この楽曲と結婚できた気がしました。あ、スティーヴとじゃないですよ!?」


掛け値なしにパーフェクトな歌声だと、そう思った。人間的ないびつさや、それゆえの愛しさまでをも彼女は表現できるのだ。そして、スティーヴ・ドーフが披露したピアノ弾き語りによる新曲も(これ自体がとても貴重!)、心揺さぶられるほどのいびつな魅力にあふれていたことを付け加えておこう。


さて、第二部の堀澤麻衣子は、ミニスカートにハットというポップな衣装を身にまとい、よりカラフルな歌声を聴かせた。そうそうたる顔ぶれのバンドを従え、時にジャジーに、時に弾むように、リズムに乗っていく。そもそも彼女の歌は、声とメロディが不可分的だ。どんなアレンジでも、どんなテンポでも、ヴォーカルが本質的に揺るがず、だから楽曲のレンジが必然的に広がる。スティーヴ・ドーフに言わせれば「アルバムの収録曲は全体的に難易度が高い。マイコは難なく歌えたけれど、他のヴォーカリストでは無理だったかなと思うよ」。スタジオのみならず、ステージでもそれは変わらず。というか、テンションが上がるので、彼女はある意味、アルバム以上に大きなエネルギーをその歌に込めていた。玉置浩二のファンだと自認する堀澤が、この日歌った安全地帯のカヴァー『あなたに』では超絶ギターソロが会場を沸かせたが、それもまた意外なほど似合ってしまう。


クラシック、賛美歌、ポップス、そしてジャズに歌謡曲。この日のライヴでプレイされた楽曲を並べて改めて思うのは、音楽ジャンルの違いなんて、堀澤麻衣子の歌声の存在感を前にしては取るに足りないということだ。私はステージを観ながら、スティーヴ・ドーフが「僕の楽曲のすべてがマイコ・ホリサワのオリジナルソングとなるようなアレンジをしたんだ」と言っていたのを思い出していた。アルバム『Kindred Spirits─かけがえのないもの─』の制作を経て、堀澤はあらゆる音楽を自分のフィルターで消化し、自身のオリジナルソングへと昇華させる術を得たのだろう。


きっと、ここが始まりだ。ジャンルを超え、あらゆる枠を超え、これからどんどん堀澤麻衣子という音楽が確立されていく。その最初の一歩をこの目で観られたのは、本当にラッキーだったと思っている。ただ、これからも決して変わることのない、彼女の本質が見えたのもまた確かだ。例えば、本編最後に披露された『Catch the Moon』。小気味よいリズムとポップなメロディが印象的なこの曲は、思うに堀澤のテーマソングみたいなものだ。楽曲が内包したポジティヴィティは、根拠の無い自信に衝き動かされて思わず渡米した行動力にも通じるし、朗らかな世界観が彼女の個性を丸ごと投影しているようにも思える。

上質で、本格的で、だけど自由度が高くて、本人は超がつくほどポジティヴで朗らか。とにかく一度、彼女の音楽に触れてみて欲しい。そして願わくば、ライヴに足を運んでもらいたいのだ。“いい音楽”の定義が聴いて心を動かされることであるならば、堀澤麻衣子の歌声はおそらく多くの音楽ファンにとって、歓迎すべき体験となるはずだから。

Text by 斉藤ユカ
Photo by 福永晋吾


◆堀澤麻衣子 オフィシャルサイト
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