【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」Vol.20「俺十夜」

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深い夜、海浜公園のベンチで俺は痴村さんと二人して缶ビールを呑みながらぼやけた会話をしていた。

近くに薄い桃色と灰色のレンガで造られた天井のない変わった便所があり内部の壁面に二尺ほどの間隔で縦長の穴が空いておりその穴と穴との間に蛍光灯が備え付けられているらしく蛍光灯の弱い光がその穴と天井のない天井から外に漏れて建物の輪郭をぼんやりさせていた。


「ちょっと失礼」


痴村さんは突然立ち上がると背後の森の闇に消えていった。


鬱蒼とした森。遠くで重たく波を動かす黒い海。どこからか聞こえる巨大な化け物の唸り声のような音。円錐形の頂上に楕円の顔をのせて目を光らす灯台。



俺は前方に右手を伸ばした。

目の前ははっきり見えているはずなのに俺の右手は闇に消えてしまう。

俺はそれを不思議に思いながら左手で缶ビールを口へ持っていった。


「痴村さん、どこ行ったんだよ」


心細くなってそう呟いた直後、前方の不思議な闇から墓本さんが染み出るように現れたのである。

真っ白なTシャツ、真っ白なズボンを穿いた猫背の墓本さんは虚ろな目でしばらく周囲を見渡すと天井のない便所へふらふらと入っていった。

扉を開閉する音がしたことによって俺は墓本さんが大用の便所に入ったことが判った。


「あっ」


思わず俺は、まだ少し中身の残った缶ビールを墓本さんが入ったであろう大用の便所へ投げ入れた。

天井のない四角な便所に缶ビールは吸い込まれて行ったがなんの音もしない。


すると、それが合図だったかのようにカラフルな頭髪をした五、六人の若い男達がどこからか現れ便所に駆け込んで行った。

すぐにぎゃあああああっ。という悲鳴が聞こえカラフルな頭髪の集団が便所から飛び出してきた。



俺は直感で墓本さんが殺害されたことがわかった。

すると瞬く間に大勢の警官がやってきた。

便所から出てきた警官の手には俺が投げ入れたビールの缶が握られており、にわかに疑われる俺。

必死に状況を説明していると背後の闇から痴村さんが現れ、


「彼はやってないよ」


その一言で先ほどまで疑いの目を向けていた警官らの態度が一変し、すぐに釈放されたのである。


「遅いよ、痴村さん」


俺たちはコオロギの鳴く暗い夜の公園を出た。





いつの間にか、細く入り組んだ石畳の露地を歩いていた。

空は白んできている。
時刻は早朝四時くらいだろうか。

道々には開いているような閉まっているような、眠たげな雰囲気の商店がいくつもあった。


ぼんやりと灯りのついた呉服屋。煮染めたような色の暖簾が掛かったおでん屋。朱色で書かれた長唄指南の看板。灰色の野良猫。小粋な仕舞屋の前に水を張った紺色の石鉢があり、その中で静かに漂う水草と小さな赤い二匹の金魚。


「もはや秋だな」


そう呟いて背後を振り返ると見知らぬ胸板の厚い巨大な男が二人、痴村さんを守るようにして脇をかためていた。

双子だろうか二人とも同じ顔をしていて同じ黒いスーツを着ていた。

その後ろにいつの間に現れたのか、招藤さん、兄、田中さんが一緒に歩いていた。


俺は朝まで飲酒していたような心持ちでふらふらと歩いている。

しばらく行くと目の前に緩やかな下り坂が現れた。


「いい店がありますよ」


痴村さんはそう言うと先頭にたって早足になった。
その歩調に合わせて黒いスーツの二人も痴村さんの横にぴったりくっついて歩きだした。




坂道を降りきったところに小さな一杯飲み屋があった。

大正時代の雰囲気のなかで酒を飲ませることをコンセプトとしているらしいカウンターだけの狭い店である。

どこかで見たことのあるような、白髪を綺麗に刈り揃えた背の高い老人と肉厚の胸板によく陽に焼けた肌をもつ青年が飴色のカウンターの中できびきびと動いている。

青年は痴村さんの脇をかためていた二人と同じ顔をしていた。


一行は吸い込まれるようにガラス戸を開けて中へ入った。
黒いスーツの二人の男はいつの間にかいなくなっている。





店内は活気があった。

これから働きに出る者たちの溌剌とした肉体の動きがあった。
それはもはや朝になった外の清冽な冷たさを映すようだった。

カウンターの中ではおでんと熱燗用の湯煎器が湯気を立てて店内を暖めている。

陽に焼けた青年は額に汗しながら懸命に包丁を遣ってなにかを作っている。

ほかの料理を仕上げながらそれを見守る白髪の老人の眼は優しげであった。


「ここはいい店なんですよ」


痴村さんは厚い曇りガラスのコップに入った熱燗を俺たちに注文してくれた。


「おにぎりが喉にへばりつく」


田中さんと招藤さんは熱いウーロン茶とおにぎりを食べている。



薄いガラス戸の向こうには高い位置に造られた線路と山並みが見えた。


標高の高いところに線路と密接した古い家がいくつかこちらへ背を向けて建っている。


となりで煙草を喫んでいた老婆があそこは「会話宿」だと教えてくれた。


会話宿とはなにかと訊くといわゆる売春宿だと老婆は答えた。


「一つびとつの宿に一人ずつ女がいてな、山の麓から出る観光列車はな、車掌に相応の金を払って随意に選んだ宿を告げるとその前で停まって客を降ろしてな、客は部屋へ入っていってな、ことをいたすのだ」


「帰りはどうするんだろう」


宿にいる女が列車を呼んでくれるのかしら、などと思いながらいると、


「会話宿で降りぬでもな、綺麗な海の上へ乗って行けるからな」


と、老婆が言った。


「金はないので、そうしよう」





俺たちが山の麓に着くと赤茶色の列車が今出るところであった。


かなりの角度をつけて列車は山道をゆっくり登っていく。

錆びた線路。朝露に濡れた葉を揺らす木々の間から時折見え隠れする鹿や猿。


「あっ、栗鼠」


招藤さんがそう言うのでみんなで窓の外を見ると黄緑色の身体をした鼠が数匹、大木を登っていた。

俺はあれは栗鼠ではなくてミドリネズミだ、と言って少し気色が悪くなった。

俺は大分酔っていた。

痴村さんは赤い顔をして列車に揺られるまま寝ている。




しばらく走ると突如山並みが切れて海の上へ出た。

大海を渡る大きな橋は白い鉄骨で造られていた。

いつの間にか車内の床や壁が枠を残して全てガラス張りになっていた。

悲鳴をあげる人、興奮する人。

俺はそのどちらでもなかった。

海は穏やかで波もなく、天の青を雲ごとよく映していた。







※※




という夢を見た。


夏目漱石の「夢十夜」を読んで真似してみたがなかなか上手くいかないものだ。


「夢十夜」は大変素晴らしい幻想的な作品であり、とくに第三夜などは夜中に読んでいて鳥肌がたったものだ。



しかし俺のはただの意味不明な話の羅列になってしまった。

俺って、こんなに文章の才能のない腐ったみかんちゃんだったの?

こんな無慈悲なことってあるの?



これって現実なの?



まさかこの今俺がまさにこの文章を書いている今この文章はまさに実際の夢の中で書いている夢の中で起きた実際の話なのではないのだろうか?

その証拠にだんだんと文章があやふやな文章の証拠になりつつある現在の今はもしかして夢の中で実際に起きた現実の夢?

俺は目の前に手を差し出すともはやまるで闇に溶け込んでもう身体が、ない。

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