【インタビュー前編】高橋和也、ザ・ローリング・ストーンズ初来日公演とその想いを語る

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社会現象ともなったザ・ローリング・ストーンズの1990年2月の初来日公演は、それまで不可能といわれたストーンズの日本でのライヴの実現でもあり、凄まじい盛り上がりの中でロック史に永く刻み込まれる一大イベントとなった。

◆高橋和也画像

そんなライブの様子を刻みこんだのが、11月11日にリリースとなった秘蔵ライヴ映像シリーズ“From The Vault”の『ストーンズ・ライヴ・アット・ザ・トーキョー・ドーム1990』である。来日ステージの模様は当時テレビ放映されたが、今回リリースされたのは完全な新編集ヴァージョンであり、かつてビデオ録画して何度も見たオールド・ファンであっても、新しい発見がいくつもあるだろう。


テレビ放映ヴァージョンを観たストーンズ・ファンであれば、会場オーディエンスの中で元男闘呼組の高橋和也が映っていたのを覚えている人も少なくないだろう。アンコール「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」でノリまくる姿は当時話題となり、今回のリリースに際しても、レコード会社に「元男闘呼組のメンバーは映っているのか?」という問い合わせがあったという(そのシーンは残念ながら収録されていない)。

伝説のライヴが公式発売されたのを記念し、このたびその高橋和也がインタビューに応じてくれた。高橋は46歳となり、映画・TV・舞台などで俳優として活躍しているが、ストーンズ、そしてロックの話題となると身を乗り出して熱く語り始める。前後編となるインタビュー記事の前編は、彼のストーンズへの想いとそのロッカーとしての原点について語ってもらった。

インタビューは高橋の御両親が経営するバー/ライブハウス『マローネ』で行われ、日本人唯一のストーンズ公認フォトグラファーである有賀幹夫が撮影を行った。


──1990年の初来日のTV放送で盛り上がる高橋さんの姿はインパクトを残しましたね。

高橋和也:ストーンズの初来日は東京ドーム10公演のうち、5回行きました。もちろんチケットは自分で買って、(元男闘呼組メンバーの)岡本健一くんと行きましたよ。で、最前列には当時の事務所の先輩がいたけど、アンコールを見ないで帰ってしまったんです。それで僕と岡本くんは「やった!最前列が空いたぞ!」って、ダッシュで行きました(笑)。だから最前列で見たのは「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」1曲だけだったんですよ。それがたまたまテレビに映って。

──実は日本公演の前、アメリカにもストーンズを観に行ったそうですが…?

高橋和也:そう、『スティール・ホィールズ』ツアーで、ロサンゼルスに行きました(1989年10月)。ミック(・ジャガー)とキース(・リチャーズ)の仲が悪くて、バンドの存続すら危ぶまれていた時期だったんです。そんな矢先にツアーが決まって、これは行くしかない!ってね。絶対に日本には来ないと思っていたし、しかも前座がガンズ&ローゼズでしょ?この機会しかないと、即チケットとホテルを手配しました。最初にリヴィング・カラーが出てきて、それからガンズ、ストーンズは午後11時過ぎにスタートだったかな。1曲目の「スタート・ミー・アップ」のイントロを聴いた瞬間、涙が出ましたね。もう、夢の世界にいるようでした。ただ残念だったのは、その直前にバイクの事故で左腕を骨折して、腕を吊った状態だったんです。だから暴れたくても暴れられなくて、もどかしかったのを覚えています。

──ストーンズの音楽との出会いについて教えて下さい。

高橋和也:中学の頃、ロックに興味があったけど、アルバムは高くて買えないから、レンタル店で借りていたんです。そんな中にストーンズのライヴ盤『スティル・ライフ』(1982)があって、1曲目の「アンダー・マイ・サム」で彼らのかっこ良さに目覚めました。アルバムを何度も聴いた後、映画『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』を観たときは、動くストーンズに身震いしましたね。スポーティになった頃のストーンズで、お客さんの歓声も凄くて、中学生の僕は「こんな大人になりたい!」と思っていました。それから1960年代・1970年代のアルバムを遡っていったんですが、『アフターマス』(1966)が一番好きかな。「アンダー・マイ・サム」のスタジオ・テイクも入っているし、最高ですよ。

──男闘呼組のライヴでもストーンズ・ナンバーを演奏していたそうですが、どんな曲をプレイしていたのですか?

高橋和也:「Get Off Of My Cloud(一人ぼっちの世界)」とか「サティスファクション」、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」…15歳で男闘呼組を始めて、最初はオリジナル曲がないから、ストーンズの曲をいくつもカヴァーしていたんです。伝統的にジャニーズ系のライヴではみんな「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」をやるんですよ。たぶん北公次さんが最初で、コンサートのアンコールで、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の間奏でバク転をして大ウケだったのがきっかけじゃないかな。先輩にはストーンズ・ファンが多かったです。一番ディープだったのは僕だったけど(笑)。

──ストーンズ以外ではどんなロック・バンドが好きでしたか?

高橋和也:セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』がマスト・アイテムでした。バンド名からして、中学生には刺激的ですよね。パンクが好きで、アナーキーやザ・スターリンも聴いていましたよ。まだライヴに行く年齢じゃなかったのが残念です。それからジョニー・ルイス&チャーが好きで、よくライブハウスに行きました。その後、アメリカ南部の音楽、たとえばブラック・クロウズとかジョージア・サテライツ、それからレーナード・スキナードのように、レイドバックした“いなたい”ロックが好きになったんです。ストーンズの「ワイルド・ホーセズ」を聴くと、南部好きなのが伝わってきますね。

──ストーンズやロックへのこだわりは今でもありますか?


高橋和也:もちろん!ストーンズは初来日の後も『ヴードゥー・ラウンジ』ツアー(1995)や『ブリッジズ・トゥ・バビロン』ツアー(1998)を見に行きました。去年2月の『14 ON FIRE』ツアーも初来日と同様に、岡本くんと行きましたよ。こないだキースの『アンダー・ザ・インフルエンス』ってドキュメンタリー映画を観たんです。その中で彼が「人間というのは成長し続けるものだ。俺は未だに変わり続けている。歳を取っても成長を続けたい」と話していたのには共感をおぼえるし、自分も目指していきたいですね。僕がこだわりたいのは、自分の声で歌って、自分の腕でプレイすること。音楽は練習しなければうまくならないし、何度もくじけそうになる。でも、努力するうちに自分のスタイルが確立されていくんです。そんなスタイルを探し続けたいですね。

後編では彼のアメリカン・ルーツへの傾倒、そしてカントリー歌手としての活動について訊いてみよう。

写真:有賀幹夫
インタビュー:山崎智之

2015年11月27日(金)「I SAW THE LIGHT~COUNTRY MUSIC TODAY」
ティアラこうとうホール・ゲスト出演
2016年1月~NHK次期大河ドラマ「真田丸」出演
2016年 舞台「オーファンズ」
2016年2月10日~21日 東京芸術劇場シアターウエスト
2016年2月27日~28日 新神戸オリエンタル劇場


◆ローリング・ストーンズ - ライヴ・アット・ザ・トーキョー・ドーム 1990・サイト
◆高橋和也オフィシャルサイト
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