【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.30「音楽を仕事にするということ」

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仕事は生きがいなのか、食べるためなのか。最近、そんなことをよく考えます。食べるためなのは当然で、生きがいとまで言えるものを仕事にできたらそれは至極ラッキーなことでしょうが、なかなかそうはいかないのが現実です。

音楽好きが昂じてライブハウス、イベント企画会社でバイト→出版印税管理デスク→マネージャー→ライター(渡英中)→テレビ局→フリーランスでコンサート制作現場アシスタント兼通訳→現在に至るわけですが、これらを経験した約20年の間に「好きなものを仕事にするのは酷」と思ったことが幾度かありました。

一番悲しかったことは、マネージャーであったにもかかわらず、担当していたミュージシャンが自分も事務所も知らないところで自分勝手に出演しようとしたことを未然に防げなかったことです。寝る間を惜しんで仕事をしていたのにマネージャーとして認識されていなかったというのは自分の力不足もあったとはいえ、正直とても辛かったです。

次に最悪だったことは、担当していたバンドが分裂し、その渦中において音楽以外のことで揉めまくるミュージシャンとその家族、スタッフといった、本来同志であるべき人々の醜い姿や苦しむ姿をこの目でまじまじと見て、対峙しなければならなかったことです。本当に情けない話ですが、自分にできることは何もないと悟った瞬間から精神がボロボロっと崩れてしまい、音楽が嫌いになる前にここから去らねばと本能的に感じ、退職願という名の白旗を上げました。


崩壊ギリギリのところでしたが、すぐに渡英に踏み切ったのでそこだけは自分の為に死守できました。それでも数ヶ月は日本のニュースを耳にしたくなかったので、SNSもメールもネットも全てシャットダウンして、日本から距離をとりました。失恋でも受けたことのないほど強力なダメージを食らいましたので立ち直りに数年かかりましたね。

それから、あまり後悔はしない質なのですが、この時は自分が旗を振ったにもかかわらず、最後まで担当しきれなかった周年公演がありました。その公演自体は実施されましたが、これも思い出すと未だに胸がチクっと疼きます。

24日付で配信されたBARKSの記事に、KISSのポール・スタンレーが音楽の道に進みたい人へ向けたメッセージが取り上げられていましたが、ポールの言う通り、好きなことを仕事にするということは、嫌なものや望まないことを目にし、遂行しなければならないことがあるという覚悟が必要と言い切っている点には同感です。もちろん悪いことばかりではなく、他の職種ではけして見ることのできない景色を見られる素晴らしい仕事ですが、良い面ばかりではありません。


私が卒業した音楽専門学校では、入学時には200名いたはずの生徒が卒業する2年後には30人くらいになっていて、その中からギョーカイに入れたのはほんの一握りで、卒業から20年経った今もギョーカイで踏ん張っている同級生の数は片手で足ります。

人情味に溢れているかと思えば、よくわからないギョーカイ・ルールみたいな矛盾がまかり通ったりもすることもある日本の音楽ギョーカイ。一見ゆるそうに見えますが、上下関係にも相当にうるさくて厳しい人も多いですし、実力主義なのも事実。それにクセのある人も多いので、住み続けるのはなかなか難しいようにも映りますが、結局何事も最後は人とのつながりがモノをいうのはどのギョーカイも共通していることでしょう。

仕事がすべてだった20代から、プライベートも重んじるようになってきた30代を経て、間もなくやってくる40代は子育てをしながらどういうスタイルで仕事に取り組もうかと思考を巡らせています。

20代の頃の、仕事に熱いだけで現実をよく見ずに突っ走っていた自分とは違い、今現在の最優先事項は母として息子を育てることなので「仕事は生きがいなのか、食べるためなのか」の問いに対しては即答で「食べるため、食べさせるため」です。とりわけ息子により多くの「おいしい!」の顔をしてほしい一心で働いていますが、それもなんだか母ちゃんすぎる切ない響き…。

なるべくこれまで同様に、親からもらった人徳と出逢えたご縁を大切にして、憧れだった音楽ギョーカイの片隅にずっと居られるように、音の鳴る方へ自分をもっていき、母だけど、ではなく、母だから働くぞ! という意気込みで自分のためにも生きようと思います。


◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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