【インタビュー】人見知り、二次元の恋、藁人形…究極系等身大ソングを歌うカノエラナとは

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8月31日に、シンガー・ソングライターのカノエラナがメジャー1st mini album「カノエ参上。」をリリースする。キャッチーなメロディ、多くの人々に愛され得る飛翔感のある歌声、確かな歌唱力。そして、内面の喜びも悲しみも暴露するインパクトのある歌詞。彼女の登場は、新たなポップ・アイコンの誕生とも言えるだろう。

◆カノエラナ 画像

そして、そんな彼女のキャラクターはと言うと、自身で公言してしまうほどの“人見知り”。だが、誰もが持つこうした一見ネガティヴな側面すら歌に昇華してしまうのが、アーティストとしての度量であり魅力である。それが同世代の女子がカノエに共感を寄せる所以なのかもしれない。インタビュー冒頭から、取材は「超得意じゃないです」と言った彼女であったが、パーソナルな面に関してもライターの山口哲生氏が迫ったテキストをお届けする。

  ◆  ◆  ◆

■ 歌っているときは、“私”というよりも“カノエラナさん”に頑張ってもらっている感じ

──カノエさんは、ご自身が人見知りなことを曲にしてしまうぐらいの人見知りだそうですけど、取材はあまり得意じゃなかったり?

カノエラナ(以下、カノエ):超得意じゃないです(苦笑)。

──「超」がついちゃいますか(笑)。

カノエ:いやぁ、緊張しますねぇ……。

▲「カノエ参上。」ジャケット

──今日はメジャーデビュー作品のことだけでなく、パーソナルなこともお聞きしていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。

カノエ:はい。よろしくお願いします!

──音楽を始めたのは、おばあさまの家にあったピアノを弾いていたことがキッカケだったそうですね。

カノエ:小さい頃から、音を聴いたら身体を揺らしてる子供だったらしいんですよ。家にあった音が出るおもちゃでも、よく遊んだりしてたみたいで。それでおばあちゃんの家にあったピアノを弾いて、「ピアノを習わせてよ!」って言ってたんです。なかなか習わせてもらえなかったんですけど、それでもずっと言い続けて、小学校3年生からようやく習わせてもらえるようになって。そこからずっとクラシックをやってました。

──小さい頃はどんな音楽を聴いていたんですか?

カノエ:私たちの世代的にはミニモニさんとか、今もですけどモーニング娘。さんがすごく盛り上がっていた時期だったので、そういう曲も聴いてましたけど、両親が聴いていた曲を聴くことが多かったですね。THE BLUE HEARTSさんとか、EGO-WRAPPIN'さん、JITTERIN'JINNさん、JUDY AND MARYさん、REBECCAさんとか。その辺りが家や車のなかでガンガン流れていたので、自然と覚えちゃいました。

──ピアノを習い始めてからは毎日練習を?

カノエ:そうですね。でも、私は自由に弾くのが好きだったので、ちょっと嫌だなと思うようになってしまって。楽譜を見るのも嫌だし、弾いていると「指番号と違う!」って言われて、「う〜〜ん……」って(笑)。でも、歌うことは好きだったので、将来はなにかしら音楽の仕事に就けたらいいなとは思ってました。

──じゃあ、小さい頃から歌を歌う人になりたかったと。

カノエ:歌うことはずっと好きだったんですけど、歌を歌う人になりたいというのは誰にも言ってなかったんですよ。でも、小学校6年生のときの担任の先生がすごく音楽が好きな方で。教室に置いてあったギターを先生が弾いてクラスソングを作ったり、朝の会とか帰りの会でいろんな人の曲を歌ったりするクラスだったんです。その先生が、「歌いたいなら歌いたいってちゃんと言ったほうがいいと思う」って後押ししてくれて。

──自分の気持ちを人に伝えるのがあまり得意ではなかったんですね。

カノエ:私、基本は人の後押しがないと動けないんですよ。いろんな人に助けられて今に繋がっているので、なんか、私よりも周りの人がすごいなって思います。私としては、ずっと「ごめんなさい……すみません……」みたいな感じで生きてきたので。

──でも、すごく複雑ですよね。「歌いたい、でもなるべく人前に出たくない」みたいな気持ちもあって。

カノエ:そうなんです。私はその2つが合わさっていて。今はスイッチを切り替えて、歌っているときは、私というよりもカノエラナさんに頑張ってもらっている感じです。ライブのときはカノエラナさん、こうやっておしゃべりしているときは半カノエラナで、家に帰ると普通の自分に戻ります。

──“普通の自分”はどんな感じなんですか?

カノエ:まったくしゃべらない、外に出ない、やばい、みたいな(笑)。家にいるときは、アニメを観るか、寝るか、曲を作るかのどれかです。

──インドアなんですね。それからは、担任の先生の後押しがあって音楽の道に?

カノエ:後押しをしてもらって、ちゃんと考えたほうがいいかもなって思っていたんですけど、中学校に入学したら音楽系の部活がなかったんですよ。だから運動部に入るしかなく、ソフトテニス部に入ってしまって。そこから球拾い生活が始まり、ピアノも疎かになり……。

──でも、そのまま音楽から離れることはなかったわけであって。

カノエ:部活が休みのときは、友だち同士でカラオケに行くのが決まり事というか、むしろ田舎だからそれしかやることがなかったんですよ。それを繰り返していたら、私がやっぱり一番やりたいことは、歌うことなんだろうなって。それで中学校2年生の冬に「唐津ジュニア音楽祭」のプリントが、応募券と一緒に学校に配布されて。そこに友だちと出よう!っていうことになって応募したら、受かってしまったんですよ。その本戦で「くちばしにチェリー」を歌ったら優秀賞を受賞し、その後音楽塾へ通い始めそこから曲作りや歌詞の書き方を勉強し始めたのが、中学校3年生のときでした。

──曲はいつもどうやって作ってます?

カノエ:まず歌詞のテーマを決めます。なにかひとつ気になる単語からどんどん広げていくと、それと一緒にメロディーが(頭のなかで)鳴ってくれるので、それに従いつつ作っていく感じですね。

──ちなみに、バンドとかはやってました?

カノエ:やってなかったです。なんか、バンドって大変そうだなと思って(笑)。

──コミュニケーション的な問題で?

カノエ:そうです。友だちにバンドをやっている女の子がいるんですけど、音楽のことでぶつかったりしているのを見ていると、私にはちょっと厳しいかなって(笑)。

──何事も穏便に済ませたい?

カノエ:そうですね。ひとりだったら何があっても自分の責任だから、そのほうがいいかなって。私、ライブ自体も上京するまで一回もしたことなかったんですよ。路上ライブの経験すらなくて、上京してから半年経ったぐらいに、カノエラナとしてライブを始めたので。

──そうだったんですね。

カノエ:でも、ライブをするようになってから、自然とお客さんの反応を見るようになって。こういう曲調は意外とノッてくれるんだな、じゃあ、こうしたほうが手拍子しやすいかもとか、どういう曲を作るとお客さんが喜んでくれるのかいろいろ考えていたら、自然と曲のテーマも浮かんでくるようになりましたね。あとは、“30秒動画”のおかげで、テーマに沿って曲を起承転結させることの重要性がわかったりして。曲の作り方はだいぶ昔と変わったと思います。

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