グレイス「感情を掻き立てる…そういう瞬間を現代に蘇らせたいの」

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クインシー・ジョーンズといえば、マイケル・ジャクソンの名作『オフ・ザ・ウォール』や『スリラー』を手がけた重鎮プロデューサーだ。雑誌『Vibe』の創設者として、アメリカの黒人音楽やカルチャーの底上げに大いに貢献し、多方面から尊敬を仰ぐ人物でもある。いわば国宝級の存在とも言えるだろうか。

◆グレイス画像

そんな彼が、誰もが口ずさめるあのオールデイズの名曲「イッツ・マイ・パーティ」(『涙のバースデイ・パーティ』の邦題も)のプロデューサーだったとは、知る人ぞ知る逸話じゃないかと思うのだが、同曲を歌っていたレスリー・ゴアが2015年2月に68歳で亡くなった。以前からクインシーは改めて彼女の曲を世の中に紹介したいと考えて、彼女の曲を歌える現代の女性シンガーを探していたそうだ。そしてクインシーの耳に止まったのが、グレイスの歌声だった。同じく彼がプロデュースを手がけて全米No.1に輝いた名曲「ユー・ドント・オウン・ミー」を、まったくの新人であるグレイスが歌い、クインシー自らが再びプロデュースを手がけることとなった。


グレイスは、オーストラリア出身の19歳の女性シンガーだ。この曲をレコーディングした時点では17歳で、ちょうどレスリー・ゴアが歌ったのと同じ年齢だったという。グレイスの歌声に惚れ込んだクインシーは、以下のように絶賛コメントを寄せている。

「この曲は、フェミニズムと女性の自立の自由を謳うアンセム。彼女は完全に自分のモノにしてくれた。驚くべき才能の持ち主だよ。本物のソウルを持っている。素晴らしい若者の人生の門出に立ち会えて嬉しいよ」──クインシー・ジョーンズ

レジェンドによるプロデュースでデビューを飾ったグレイスも、感謝の言葉しか浮かばないようだ。

「この曲は何と言ってもクインシー・ジョーンズのおかげ。私の歌声を聴いて、この曲にピッタリだと彼は言ってくれたの。彼のようなレジェンドと手を組めるなんて感激だし、この曲のメッセージとトーンがすごくパワフルで、これこそ今の若者が聴くべき曲だと思うわ」──グレイス

新たにカヴァーするにあたっては、現代的なヒネリも付け加えられた。ブリトニー・スピアーズやビービー・レクサと共演する人気ラッパーのGイージーがゲストでフィーチャリング参加を果たし、更にリアーナやニッキー・ミナージュを手がけるパーカー・イギールが共同プロデュースで参加している。結果、母国オーストラリアで見事1位を獲得し、英国での4位をはじめ、世界各国のヒット・チャートの上位に食い込む素晴らしいスタートを切った。映画『スーサイド・スクワット』のTVスポットなどにも使われ、再び注目を浴びている状況だ。


現在、彼女が最も頻繁に比較されるのはアデルだ。ソウルフルな歌声を持ったディーバが登場した!とメディアはこぞって“アデルの妹”“オーストラリアからのアデルへの回答”といった見出しを付け、グレイスの大物ぶりを伝えている。アデルがアルバム『19』でデビューしたのも19歳。歌姫に“若すぎる”という言葉はないかもしれない。


グレイスが聴いてきた音楽は、母親の影響でモータウンなどのヴィンテージ・ソウルが中心だという。たとえばザ・テンプテーションズ、アレサ・フランクリン、グラディス・ナイト、エタ・ジェイムズ、スモーキー・ロビンソン、レイ・チャールズ、エラ・フィッツジェラルド等々。もっと現代に近いところでは、ローリン・ヒルやエイミー・ワインハウスなどの名も挙げている。父親も、かつて“オーストラリアのトム・ジョーンズ”と呼ばれた歌手であり、祖父母はビー・ジーズのツアーをサポートしたことがあるうえ、彼女の兄はカイゴの大ヒット曲「ファイアーストーン」で歌っているコンラッド・スーウェルだ。とことん音楽ファミリーという環境下で育っていることがお分かりいただけることだろう。

“若くしてヴィンテージ・ソウルを歌うシンガー”という点では、メーガン・トレイナーをも思いおこす。グレイスもメーガンも、そのまま古いサウンドを焼き直すのではなく、現代風にアップデートしているのがユニークなところだ。グレイスのデビュー・アルバム『FMA』には、「ユー・ドント・オウン・ミー」のみならず、レトロ・モダンなサウンドがギッシリ詰まっている。核となるブレーンは、彼女が全面的に信頼を寄せる前述のパーカー・イギールと、リアーナやアッシャーに楽曲を提供するプリンス・チャールズことチャールズ・ヒンショー・ジュニアの2人だ。更にダ・インターンズ(ニッキー・ミナージュ、ビッグ・ショーン)、フレイザー・T・スミス(アデル、サム・スミス)などの売れっ子ソングライター/プロデューサー陣も関わっている。現在第一線で活躍する顔ぶれだが、ヴィンテージな雰囲気のモダンなサウンドという点で見事に一致、全体を通して一貫した作りとなっている。


アルバム・タイトルの『FMA』は“Forgive My Attitude”というフレーズの頭文字だ。日本語にすると「生意気な態度でごめんなさい」とでもいった意味になるだろうか。謝罪しつつも引き下がらないタイトルを、グレイスはこんなふうに説明する。

「3文字の略語を使いたかったの。目立つし、堂々とした感じでしょ。でも、それ以上に拘っていたのは、私自身の心と音楽に訴えかける言葉をタイトルにしたいってこと。私はいつも“自分は他人とは少し違う”と感じていたけど、それはとても素敵なことでもあると思うの。皆それぞれがアイデンティティや選択の自由を持って、おそれずに自分の信念を貫き通すのは、とても素晴らしい。それがFMA…自分らしさに弁解なんて無用ってことなのよ」──グレイス


ソングライターという意味では、同郷オーストラリアのシーアをも彷彿とさせる。覚えやすくて美しいメロディを持ちながら、よく聴いてみると歌っている歌詞は“えっ?”と驚く内容だったりする。アルバムのオープニングを飾る「チャーチ・オン・サンデー」で歌われるのは「教会があるから」と言い訳して男の子を振ってしまおうとする女の子の気持ちだ。

「男の子って嫌なヤツもいるし、そんなのに捕まって遊ばれたりしちゃうことってあるでしょ。でも、女の子も同じよね! 誰もが残酷になり得るの。教会が意味するところはそこなのよ。男の子を弄んで、ちょっと後悔したら、この曲の歌詞を思い出してくれればいいと思うの。男性的な考え方だけど、それをひっくり返して女の子の視点で語るっていうアイディアが気に入ってるわ」──グレイス


“エイミー・ワインハウスの再来”とも言われて比較されることが多いグレイスは、「ボーイズ・ボーイズ・ボーイズ」という曲でエイミーもカヴァーしたジェイムズ・ムーディのジャズ・スタンダード「ムーディーズ・ムード・フォー・ラヴ」を引用してみせる。若々しい躍動感に溢れながらも、ソウルフルなスモーキー・ヴォイスがじーんと深く胸に染み入る。

「ソウル・ミュージックが好きなのは、人々の感情を掻き立てるから。みんなが曲を聴いて、泣きたくなったり大声で笑いたくなったり、微笑んだり踊ったりしたくなる。そういう瞬間を現代に蘇らせたいの」とグレイス。秋の夜長にピッタリなグレイスの歌声で、眩しいばかりの若々しさとくすんだヴィンテージの渋みを、一緒に噛み締めてはどうだろう。



グレイス デビュー・アルバム『FMA』
SICP-4991
1.Church On Sunday チャーチ・オン・サンデー
2.Hell of a Girl ヘル・オブ・ア・ガール 
3.Hope You Understand ホープ・ユー・アンダースタンド 
4.Crazy Over Here ft.Parker クレイジー・オーヴァー・ヒア feat.パーカー
5.You Don't Own Me ft.G-Eazy ユー・ドント・オウン・ミー feat.Gイージー
6.How to Love Me ハウ・トゥ・ラヴ・ミー
7.Coffee コーヒー
8.From You フロム・ユー
9.Feel Your Love フィール・ユア・ラヴ
10.New Orleans ニュー・オリンズ
11.Boys Boys Boys ボーイズ・ボーイズ・ボーイズ
12.Say セイ
13.Boyfriend Jeans(Remix)  ボーイフレンド・ジーンズ(リミックス)
14.Song Cries and Amens ソング・クライズ・アンド・アーメンズ
15.The Honey ザ・ハニー ※国内盤ボーナス・トラック
16.Dirty Harryダーティー・ハリー ※国内盤ボーナス・トラック

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