【コラム】あるギタリストのマネタイズ論「真剣に考えている人ほどお金を払ってくれる」

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バンドマンを中心とした音楽関係者が一気に坂を駆け上がる映像をYouTubeに投稿する珍企画「バンドマン全力坂」を、「新たな音楽プロモーションの方法」としてBARKSで紹介したのは、ちょうど2年前のことだ(https://www.barks.jp/news/?id=1000112119)。同企画の発案者であり進行役をつとめるのは、現在は活動休止中のバンドJeeptaのギタリスト「choro」。彼が主宰する「コロイデア」では、ほかにもミュージシャンによる音楽教室をはじめ、アーティストが使っている機材について動画インタヴューを行う「全力機材」や、アーティスト本人が演奏しながら自らの曲解説を動画上で行う「本人直伝」などを実施してきた。音楽ファンのための企画を次々と生み出すchoroは、いま、どのような展開に挑んでいるのだろうか。


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「バンドマン全力坂」に関しては、制作スタッフ陣の転職や病気療養などが重なったため、一時休止中。加えて、スタッフにはこれまでボランティアで協力してもらっていたが、できれば報酬を払いたいという想いから、現在は資金集めの真っ最中であるという。では具体的にどのように“音楽をマネタイズ”しているのかを尋ねていくと、独自のマーケティング論や、この情報社会に対するアーティストならではの鋭敏な感性を垣間見ることができた。

その意味で、最近盛り上がりを見せているコロイデアの新コンテンツが、「音楽業界よもやま話」だ。読んで字のごとく、音楽業界におけるあらゆる話題を取り上げ、オリジナルコラムをネット上で公開している。コラムの内容は、「バンドマンの生態」「ファンとアーティストの関係」「ミュージシャンが飯を食う方法」「音楽ビジネスの未来」と、大きく4つにカテゴライズ。閲覧は記事ごとに無料/有料と分けられており、有料記事にはそれだけ深く切り込んだ内容が綴られている。その価格はと言うと、ひとつ1,200円。また、choro本人のプライベートなメルマガをウェブサービス「note」で掲載しており、こちらは、「よもやま話」にさらに突っ込んだ内容や、日々感じたことが綴られるファンコンテンツのようなもので、月額1,200円。Facebook、Twitter、ブログなど、ミュージシャンが無料で提供している読み物が世間に溢れているなか、この料金は高くもあるのではないだろうか、というのが率直な感想だった。だがchoroはこう答えた。

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「自分の体験を通して書いたオリジナルの情報なので高くはないんです。今って、いろんなサイトの上位のランキングって同じような記事が多いけど、うちのは他には絶対に載ってない情報ですから。この企画をやってみてわかったのが、お金を払う人って、まともな人が多いということです。批判する人は無料記事だけを読むし、しかも内容をちゃんと理解していないケースが多くて。ミュージシャン側にも、ファン側にも、音楽業界に対して思うことってあると思うんですけど、真剣に考えている人ほどお金を払って記事を読んでくれる、ということを感じています。客の質が上がるというか。僕の場合、無料記事はあくまでもサイトをまず知ってほしいから提供しています」

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音楽教室に関しても同じ現象が生じているという。以前は相場より安値なレッスン料を設定していたが、値上げしたところ生徒の質が上がったというのだ。熱心に練習してくる生徒が増え、辞める割合も減るのだとか。金銭的な敷居を高くすることで、受講生のやる気度を高めるとともに、「本当に自分はギターを上手くなりたいか?」という根本的な意志を本人が確かめられるというわけだ。

実は、2年前からchoroはnoteを使用していたものの、当時はほぼ売れなかったという。だが2016年頃から、イケダハヤトやはあちゅうといった有名ライターがnoteに参入したことでnoteの有料記事が浸透し始め、好機を迎えることになった。

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「新しい時代に入ってると思うんです。今まで、僕らみたいなバンドマンが時間をかけて書いた文章を無料で提供してきたのは、大手に習ったから。僕らはもともと、TwitterもFacebookもやりたくてやったはずではなくて、大物ミュージシャンや有名な人が文章を有料化してくれれば、それが一般的になって僕らみたいなバンドマンも有料で提供できるようになると思います。それに、無料っていうもの自体に価値を感じて、無料だからっていう理由で読んでたところもきっとある……これからは、水を買うのと同じように、情報を買う時代がやってくると思っていて。水道水でいい人は全然それでいいと思うんですけど、おいしい水が飲みたいと思う人、つまり自分にとって最適で有益な情報を得たいと思う人は、お金を払う時代になってきてる。だから、noteも盛り上がってるんじゃないかなって。今後は、プロモーションビデオの閲覧の有料化も考えています」

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こうしたマーケティングに対するchoroの意識の高さは、「バンドマン全力坂」の取材の際にも感じたことだ。人がただただ全力で坂を駆け上がるこの映像は、驚くほどシンプルな内容だが、「日本語が理解できない外国人へもアプローチできる」「日本にはあまたいるロックミュージシャンを、ロックミュージックが主流ではない欧米諸国にアピールできる」「ミュージシャンに多い、“喋ることが苦手な人”も参加しやすい」「ファンにとってはレアな“素の状態”を表現できる」といったさまざまな効果が見られた。

だが、いい音楽を作り、いい演奏をするのがミュージシャンの本来の役割。なぜ、市場調査に熱心に取り組むのか?と訊くと、「もちろん音楽のためです」と即答した。「曲がいいのに売れない、いいアーティストがいるのに知られていない、そういった世間の状況を打破するため」と話し、こうした信念は「バンドマン全力坂」の発案理由と変わっていない。

「よもやま話」では、「好きなアーティストのライブに行きたいのに、イヤなファンがいるから行きづらい」といった、音楽ファンの日頃の悩みに対するアンサーの役割も果たしている。また、「バンドはライブの出演時間をファンに告知すべき」という強い主張のある記事も先日公開され、話題を呼んだ。

さらには、「なぜバンドマンは彼女や結婚を隠すのか?」「メジャーとインディーズ、音楽活動するならこれからの時代どっちが得か?」など、非常に現実的なテーマのコラムも。というか、タブーとも言えるテーマに迫っていることに驚かされた。

「僕も本当はやりたくないんです。ビクビクしながらやっています(笑)」というのが本心だそうだが、バンド仲間からはライブ現場などで「いつもありがとうございます」と御礼を言われる機会が多いらしい。たとえ胸の内では同意見であっても、角が立つ可能性もあるため「賛同」を意味するリツイートさえ彼らはできないからであるという。「よもやま話」がタブーを犯し、矢面に立てているのは、実は味方が多いからでもあるようだ。

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「音楽のマネタイズ」というと一見、音楽を商品として見なすことに徹底し、音楽に対する純粋な想いが損なわれてしまうのではないか、という感覚を抱くかもしれない。だが、今回紹介したコロイデアの活動には、「ファンもアーティストもハッピーになる」という最低条件が通底しているように思えた。さらにコロイデアは今後に向けて、ライブのリハーサル風景の販売という、ファンにとっては興味深い企みも構想していると明かしてくれた。そこには、1本のライブのためにミュージシャンがどれだけの時間や労力を注いでいるかをファンに理解して欲しい、という作り手としての願いもあるようだ。

今回の取材を通して、「無料で得られる情報が溢れかえるあまりに、自分にとって本当に価値があるか?という判断ができていないんです」という言葉が印象に残った。確かに、我々が情報に対して受け身になっている場面は多い。そんな状況のなか、音楽ファンが己の嗅覚で有意義な情報を嗅ぎ分け、そこに対価を支払うという行為は、むしろ個々人にとっての充実感につながるのかもしれない。コロイデアの活動に興味を抱いた方は一度サイトをチェックし、実際に価値を感じるか否かを、その目でぜひ確認してみて欲しい。

取材・文◎堺 涼子(BARKS)

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