YUKIYA (藤田幸也)率いるKαinが3月31日、Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREにて、JILS時代の盟友Tohruの新バンドPROJECT TO EVILとツーマンライヴを開催する。タイトルは<膠漆のココロ Vol.1 ~十字架に絡む蜘蛛の糸~>だ。

◆YUKIYA(Kαin) × Tohru(PROJECT TO EVIL) 画像

D≒SIRE解散後の藤田幸也が結成したJILSに、ドラマーとして在籍したTohruはJILS脱退後、著名アーティストのサポートやドラムチューナーを経て、Moi dix MoisのメンバーであったベーシストKazunoと新プロジェクトPROJECT TO EVILを始動、その初ライヴがKαinとのツーマンとなる。当日はゲストに舜 (JILS/NEiN)を迎え、“初期JILSセッション”が予告されているなど、過去も現在進行系も存分に味わうことのできる一夜となりそうだ。

BARKSはYUKIYAとTohruに2人の関係性、PROJECT TO EVIL、JILSの真実、そして<膠漆のココロ Vol.1 ~十字架に絡む蜘蛛の糸~>についてじっくりと話を訊いた。長く音楽シーンを生き抜いてきた2人の言葉は真っ直ぐで深い。一方で、今だから話せる当時のマル秘エピソードまで飛び出したフランクなトークセッションをお届けしたい。

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■JILS加入がキッカケで上京したのもあって
■やっぱり想いが強かったんです──Tohru

──TohruさんがJILSを脱退して、もうどれくらいになります?

YUKIYA:15年くらいですね。ただ、Tohruくんとは家が近いんですよ。お互い何度か引っ越ししつつ、ずっと徒歩圏内で……もう20年くらい?

Tohru:そうですね。

YUKIYA:だから脱退以降、Tohruくんがドラムテックやチューナーの仕事をやっていることだったり、お互いの現状はずっと知ってました。Tohruくんが持っているスタジオに行ったこともありますし、何回かライヴも一緒にやってますよ。

Tohru:Kreis(1996年に藤田幸也が設立したV系インディーズレーベル)のアニバーサリーとか、JILSの再結成みたいな節目で、ドラムはちょこっとずつ。そういう企画モノなら良かったんですけど、また新たに自分でバンドを始める気持ちにはなれなかったんですね。それで“お仕事”として頼まれたものを叩いたり、レコーディング現場でチューニングしたりっていう、いわば裏方仕事ばかりしていたんです。

▲YUKIYA(Kαin)

──つまり、表舞台に出ようという気にはなれなかった。それって何故だったんでしょう?

Tohru:JILSで活動していた年数は短かったですけど、JILS加入がキッカケで上京したのもあって、やっぱり想いが強かったんです。なので、それ以上の何かが無いと、自分で“やろう”というモチベーションには至らなかったんですね。バンドをやるには、やっぱり覚悟が必要ですから。

YUKIYA:それが2017年の年明けに年始の挨拶メールを送り合ったとき、「実は今、レコーディングしてるんです」っていう話を聞いて。そこが今回の2マンに至る最初の取っ掛かりですよ。

──自分の作品をレコーディングしているということは、新たに何かを始めるということですからね。長らく裏稼業に徹していたのに、いったい何があったんですか?

Tohru:JILSを脱退してからMALICE MIZERのMana様のユニット (Moi dix Mois)をずっとお手伝いしてたんですけど、そこでベースをやっていたKazunoと僕とでスタジオを持って、それぞれのローディーを加えた4人で今、裏方の仕事をさせてもらっているんですね。つまりベース2人、ドラム2人という構成と形態である以上、当然バンドなんてあり得ないわけですよ。それが、あるときベースのローディーがどこかからヴォーカルを見つけてきて、こっそりギターの練習をしてたんです! 要は自分がギターになればバンドを組めると考えたらしく、過去の映像とかを使ってミュージックビデオ風に仕上げた映像を勝手にYouTubeに上げたりもして……きっと僕もKazunoも2人して何もしないから、何かさせたいと思っちゃったんでしょうね。改まって「すみません、バンド組みませんか?」って言ってきて。

──まさに青天の霹靂ですよね。

Tohru:もう“なんだそれ!?”って感じでした(笑)。でも、ヴォーカルの子も熱意だけはあったので、その想いを受けつつ1年くらい練習して、レコーディングをしていたという状況だったんです。で、年明けにその話をしたら、社長(TohruはJILS在籍時から現在まで、YUKIYAのことをこう呼ぶ)が「じゃあ、Tohruの誕生日である3月31日に2マンをしないか」と言ってくださって! 最初は「考えさせてください」と答えたんですけど、こんな状況も全く知らないのに声を掛けてくれるなんて本当に有り難いことだなぁとお引き受けしたんです。しかも自分でバンド活動をするなんて思ってもいなかったんで、バンドロゴやデザイン関係を誰に頼めばいいのかもわからない……っていう話をしたら、社長、僕らのバンドロゴまで作ってくださったんですよ!

──ええ! ちなみにPROJECT TO EVILというバンド名を決めたのはどなた?

Tohru:話を持ち掛けてきたギターです。やっぱり僕やKazunoの歴史がすごく好きでくっついてきてくれてた子なんで。KazunoはMana様の下でずっとやってきて、僕は社長の下でやってきた……そういう気持ちを汲んで、2つのイメージをくっつけて考えたみたいです。あとは真ん中にある“TO”を2つ重ねると、僕の好きなバンドであるTOTOにもなるという。そういう意図とかを社長に説明したら、夜中のうちにババッとロゴデザインを作って、「こんなのどう?」って送ってきてくださって、本当にビックリしました。

──ライヴに誘ったりロゴまで作ったりと、やはりYUKIYAさんの中には、昔馴染みの表舞台への道を応援したいという気持ちがあったんでしょうね。

YUKIYA:まぁ、彼の周りに“やってほしい”と思っている人間がいて、彼自身も“やる”と決めたのなら、キチンとした形でお披露目したほうがいいだろうし。僕自身、そのとき自分の3月のライヴを考えていて、候補日の中に3月31日があったんですね。で、そういえば31日はTohruの誕生日だな……と気づいて天…。そんな個人情報が僕のアタマに入っていたのも、人間としての付き合いがあるからじゃないですか? だから話を持ち掛けたときの僕の感情としては、31日はTohruの誕生日だし、正月にレコーディングしているなら、その頃にはもう上がってるんじゃないの?って。音源ができたならライヴもやってみたら?っていう、ごくシンプルなものです。

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