【連載】フルカワユタカはこう語った 第15回『still I'm a rock star』

ツイート


またやってしまった。

◆フルカワユタカ 画像

   ◆   ◆   ◆

ネットでの確定申告は大変便利なのだが、個人認証のパスワードというのが紛らわしい。打ち込む際の雰囲気がどうしたってパソコンの管理者パスワードを打ちたくなる“体”で。その上こいつは、5回以上違うパスワードを打ち込んでしまうと自動的にロックがかるというペナルティー付き。一度ロックがかかってしまうと、ネットでどうこうとかは不可能で、区役所の窓口まで行って直接解除しなければならない。1年に1回という常に「お久しぶり」な作業ゆえ、またしても、しっかりとかかってからその“罠”に気づいた。ああ、区役所、めんどくさい。僕の家からだと、バスも電車も中途半端で、歩いて行くようなのだが、仕方が無い。

納税課窓口にはマスクをした若い女性が座っていた。どうやらまだまだ新人の様で、話しかけるとキョロキョロと周りを見渡し始め、「本来ここにいる人間は私ではないのです」と言わんばかり。

フルカワ「すみません、e-taxで確定申告をしていたのですが、公的認証のパスワードを打ち間違えてしまいまして。ロックの解除手続きをお願いします」
女性「え、あ、e-taxですか。あの、それでしたら、税務署の方へご相談に行っていただいてよろしいでしょうか」
フルカワ「え、そうなんですか? 去年はこちらで解除をしてもらった記憶があるのですが」
女性「申し訳ございません。納税に関しては、税務署の方で、ご相談ください」

マスクの女性に道案内されて、区役所から数十メートルの所にある税務署へと移動。中は手書きの申告書を提出する個人事業主達と職員のやり取りで騒がしい。窓口で対応してくれた中年の女性が「ああ」とうなづきながら、「○○さーん、e-tax!」と声を張り上げる。管理職風の男性がついたての奥からぬっと現れた。と、この時点で、正直僕はかなりの違和感を覚えていた。去年に比べて登場人物が多すぎるし、電子申告にしては人肌感が過ぎる。

男性「パスワードね。それだったら、時間とともにロックが解除される場合もあるし、されない場合もあるので。一度時間をおいてお試しくださいよ」
フルカワ「そうですか。あの、ちなみに、去年は区役所の窓口でロックの解除をしてもらったのですが、何か今年からシステムでも変わったんでしょうか?」
男性「いや、このパスワードってのは解除とかじゃなくてね、うん、時間が解決するしない、の類いなんですね。ちょっと待ってから、もう一回作業してみたら、うん、ひょいっと出来たりするから」

いつの間にか僕を親戚の甥っ子のごとくあしらい始めた税務署の“おじさん”。「ここに電話してみて、うん、それで調べてもらえるから」。結局、“e-taxお客様相談窓口”と書かれたパンフレットを渡されただけで、応対は終了してしまった。僕の記憶では、そんなはずは無いがまあ仕方が無い。

夕飯の買い物をして、帰宅。パソコンを立ち上げて今度は間違わずに認証パスワードを打ち込んでみる。ロックされたままだ。それではと、料理をしつつ、間をおいてもう一度挑戦してみる。が、やはりロックは解除されていない。結局相談窓口へ電話をかけることにした。「大変申し訳ございません。ロックの解除は各自治体窓口での対応となっております。お客様の場合、○○区役所の……」。

へえ。やっぱりそうなっちゃうんだ。ショックかって? 別に。大丈夫ですよ。“おじさん”のタメ口あたりから、絶対そうだと思ってたから。もう、多分、あの時点で、僕は半笑いだったはず。家に戻って、パスワード打ち込んで、駄目で、電話したら、ふりだしに戻る。でしょ?おじさん、この後は、もう、詰んでるんでしょ?って、半笑い。

無駄な努力だということは百も承知だったが、どうにかこの無念を汲み取った対応をしてもらえないものかと、僕は“珍しく”懇願した。コールセンターの女性が優しい口調で回答してくれる。

「今、確定申告のHPをご覧頂くことは可能でしょうか? はい。ではそのページを下がっていただいて。はい。そこの右下をクリックしていただけますか?」。丁寧な指示に従いリンクを移動して行く。きっと、僕があまりにも不憫なので、遠隔解除の仕方を教えてくれるのだろう……はずがない。「そこの一番下の行、赤く書かれている所をご確認いただけますか? “パスワードがロックされた場合は、各自治体市区町村役所の窓口にてご対応下さい”。こちらをですね、プリントアウトしていただいて、窓口でお見せいただければ、職員さんの勘違いや誤解といったものは──」。

「ここを、このページを、見て! 僕は区役所に行ったんです!」


   ◆   ◆   ◆

先日、ストレイテナーのホリエ君と対談をした。いわゆる2000年代後半を代表するバンドとして、同期というか戦友というか、お互い意識する部分は当然あるのだけど、デビューしたての頃に僅かな接点があっただけで、以来交わってきた事が無かっただけに、僕がこうして“ソフトスター”になった過程を知らぬ人と、どの“体”で語り合えば良いのかと、なんだか始まるまで照れくさかった。

無事対談も盛り上がり、その後の撮影も終わったころ、「それではお開き」といった場面で僕は自分の発言に“ぎょ”っとした。

「今度のイベント(※3/8@新代田FEVER “フルカワユタカ× ent” 弾き語りライブ)って打ち上げとかありますか? 何かもっとホリエ君と喋ってみたくなったので」

僕に似つかわしくないなんとも社交的な言葉だ。とりあえず、今まで、どんな場面でもそんな言葉を自ら、本人を目の前にして発した事は無い。一体どこに向けたのか? 対談全体の閉めの言葉として美しいと思ったからか。それとも純粋にホリエ君ともっと喋りたいと思ったからか。見当がつかなかった。同じ時代を知るミュージシャンと喋った爽快感は確かにあった。それがその言葉を引き出した一因である事は間違いなかったが、対談やイベント成功の為の社交辞令なのか、はたまたホリエ君をもっと知りたいという本音なのか、どちらにせよあまりにも言葉が“いちご色”過ぎて、それから数日後「いよいよつまらない男になろうとしているかもしれない」とサポートメンバーの新井君に漏らした。

僕は、ラオウやピッコロやフェニックス一輝のようになってしまったのだ。かつては、極悪だが存在感抜群で最強無敵のヒールだった。それが、打ちのめされ、憑き物が取れ、アレは偽悪だったのねと許され、皆に愛される、平凡な脇役になってしまった。もはや、青天井に現れる強敵達と対峙する力も術も無い。

先日アートスクールのB面集のコメントを寄稿した流れで目に入ったアジカン後藤君のツイート。「よくある、あの人丸くなったという話、別に丸くなったわけじゃなくて尖る方向を変えてるだけ、対人で尖ってる暇なんてないのよ」云々~。細かくは覚えていないので言葉を間違えていたら御免。

これは腑に落ちた。このひと月、アルバムのキャンペーン先で「昔は話しかけられなかった」とか「同じ人だとは思えないほど柔らかくなられましたね」とかを罰ゲームかと思わんばかりの“僕の武勇伝”とともに聞かされる度に、照れ半分、寂しさ半分。僕は昔より諦めることが好きになって、揉めることが嫌いになって、真っすぐな獣道をジグザグ歩くのをやめて、のどかな遊歩道で照れもせず寝転べるようになってしまったのか。遠い昔、「そうせねば長くはやっていけぬ」と聞かされ、「冗談じゃない!」と“フンフン”していたが、結局僕もそうなってしまったのか、と少し本気で悩んでいたのだが、このツイートは大変ご都合主義かもしれないが、兎に角、腑に落ちた。

きっと、僕にしか分からないが、よくよく考えたら、僕は何一つ“まとも”になんてなっていない。

お城の奥の奥の方、最後の砦を守る兵隊達は昔より屈強かつ異形で、不用意に近づこうものなら、皆様大ケガ必至でございます。ただ、以前と違い、古びた城門は開け放たれ、下の町には様々な場所から様々なものが“ある程度は”自由に運び込まれ、それらが交わって新しい創造が起こり始めているのです。ですから、別に城壁に立ち小便をされたぐらいでは、腹の一つも立てたりはしないのであります。

間違いない。僕はホリエ君ともう少し喋りたいと思ったのだ。


   ◆   ◆   ◆

コールセンターの電話を切った僕は鼻息荒く家を出た。「あのマスクの女の子に説教せねば。他の区民達の為にも!!!」。肩をイカらせ、100メートル程向かった所で立ち止まる。深呼吸。自販機で缶コーヒーを買い、両手を暖めながら引き返す。

出汁の入っていない冷やしタヌキうどんを文句も言わず食べたことがある。2000円程で着くはずが4000円かかったタクシー運転手に「新人なんで」って言われても「ご苦労様です」って言った事がある。その一方で僕は、マネージャーを叱り飛ばしながら、エンジニアと喧嘩をし、呼ばれてもいない芸能人の集いに、勝手に現れ、もめ事を作り、騒ぎを起こして、嗚呼、恥ずかしい。

「尖る方向を変えてるだけ」は仕事相手から区役所の人にってことではないでしょ(笑)。

両手を暖かくしたかっただけだからコーヒーは飲まずに、ウェアに着替えて、毎夕日課のジョギングへ。37歳くらいから、痩せようとか体力作りとかじゃなくて、“すっ”とするから走っている。

明日、パスワードのロックを解除したら、その後はあそこでタイ料理を食べる。区役所に行くときくらいにしか行かないお店だ。

撮影◎浜野カズシ


■<ツタロックpresents『順不同vol.1』フルカワユタカ × ent supported by 新代田FEVER>

2017年3月8日(水)新代田FEVER
OPEN 18:00 / START 19:00
出演:フルカワユタカ、ent ※順不同
※当日は2組ともソロのアコースティックライブを予定しております。
http://tsutaya.jp/jyunfudo-vol1/

■サーキットイベント<IMAIKE GO NOW 2017>

2017年3月25日(土)、26日(日)
*フルカワユタカの出演は26日
BOTTOM LINE/TOKUZO/CLUB UPSET/HUCK FINN/3STAR IMAIKEほか、名古屋・今池のライブハウス、カフェなど9会場で開催されるサーキットイベント。
▼チケット
前売り 1日券 5,000円(税込) / 2日通し券 9,000(税込)



■アルバム『And I’m a Rock Star』

2017年1月11日(水)発売
NIW128 / 2,778円+税
01.サバク
02.I don't wanna dance
03.and I'm a rock star
04.真夜中のアイソレーション
※tvk「MUTOMA」1月度テーマソング
05.lime light
06.so lovely
07.walk around (feat. いつか [Charisma.com])
08.can you feel
※提供楽曲セルフカバー:FRONTIER BACKYARD mini Al「Backyard Session #2」収録
09.next to you
10.プラスティックレィディ
※提供楽曲セルフカバー:りぶ Al「singing Rib」収録

◆【連載】フルカワユタカはこう語った
◆フルカワユタカ オフィシャルサイト
◆フルカワユタカ オフィシャルTwitter
この記事をツイート

この記事の関連情報