こんにちはこんばんわ初めましていつもありがとうございます。コヤマです。
CIVILIANというバンドで歌を歌ったりギターを弾いたり曲を作ったりしています。
これを書いている今は、三月の終わりです。それなのにまだまだ急に寒くなったりして、春になるかと思ったらまた冬に逆戻りしたり、なんだか落ち着かないなと思います。本当かどうかは分かりませんがここ最近、太陽がもう二週間もまともに活動していない、この気候の変化はそのせいなのでは、という話も聞きます。そういう話を聞く度に、人類が滅亡したあとのことを何となく考えます。

本当に人類が滅亡する日が来るのかなんて、多分僕が生きているうちには分からないだろうし、生きているうちにそれが分かってしまったらそれはそれで困るのですが、もし太陽が砕け散って地球がもう人が住めない星になったり、彗星が地球に衝突したり、核戦争が起こったり、そんなことで自分を含めた世界中の人達がすべて消滅したら、と良く考えます。そして地球から人類がいなくなって、気が遠くなるような年月の果てに地球の環境がまた元に戻り、朽ち果てた街の中には木が生え草が生い茂って、アスファルトはひび割れて、鳥や虫が飛び蜥蜴がビルの壁を登り、空は雲一つない晴天で。そういった描写は漫画や小説やゲームやアニメや映画など、あらゆる作品の中で空想され尽くしているものではありますが、その片鱗を感じさせる風景がこの日本の中にもうすでにあるのだということを、やはり考えてしまいます。
関係無い話をしてしまいました。それでは、三冊目の本の話をします。

(この感想文は物語のネタバレを多分に含みます。肝心な部分への具体的な言及は避けますが、ご了承の上読んで頂ければ幸いです)

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【第三回 コルネーリア・フンケ『どろぼうの神さま』】

■子供と、歳を取っただけの子供と、大人

第三回は、この方。ドイツの児童文学作家コルネーリア・フンケの長編作品『どろぼうの神さま』です。
第一回の『オーダーメイド殺人クラブ』、第二回の『何もかも憂鬱な夜に』と続いて書いてきましたが、生や死について扱うものを連続で書いたことによって少しだけ疲れてしまったのもあり、次に読むものは違うテーマを扱ったものにしようと決めていました。そして改めて皆さんが挙げていたものを読み返していて、そういえば児童文学は最近読んでいないな、と思い立ち、これを選ばせて頂きました。

児童文学というものはなかなか定義が曖昧な部分があり、ネットで「児童文学」と検索するとトールキンの「指輪物語」なんかも出てきますし(前日譚である「ホビットの冒険」が児童文学として書かれているからだと思いますが)、カテゴリ上では児童文学でも年齢の枠を超えてベストセラーになっているものも沢山あります。「ハリー・ポッター」も「ナルニア国物語」ももともと児童文学ですしね。ですが音楽と同じように、ジャンルというものは読むにあたって重要視することではありませんし、子供が読んでも大人が読んでも同様に(あるいはそれぞれ違った視点で)楽しめる作品というのは作品として本当に素晴らしいなと思います。僕も、そんな音楽をいつか作ってみたいです。

ちなみに僕が覚えている限りで、読まされたりせずにちゃんと自分の意思で読んだ最初の児童文学は『二分間の冒険』(岡田淳)でした。これは大人になった後もなんとなくあらすじを覚えているくらいずっと印象に残っていて、ラストだけがどうしても思い出せずまた読み返したのですが、大人になってから読み返すと、あの時感じなかったことを感じて本当にハッとしました。
知らない世界に飛ばされた主人公が「ダレカ」と名乗る黒猫にゲームを申し込まれ、「おれを捕まえて「つかまえた」と叫べば元の世界に返してやる。ただし猫の姿はしていない。『この世界でいちばんたしかなもの』の姿をしている。それを探せ」と言われ、旅に出る、という感じのお話。これ以上書くとこの『二分間の冒険』の話でここが埋まってしまうので、やめます。が、これも是非読んでみて下さい。

『どろぼうの神さま』もそうですが、児童文学と呼ばれるものは通常の小説とは少し文体が異なっています。単純にひらがなが多かったり、なるべく難しい言葉を使っていなかったり、人物の台詞回しが独特だったりするので、慣れない人がいきなり読むとちょっと肌に合わないという場合もあるかと思います。ですが、僕は児童文学の持つ雰囲気がとても好きなので、皆さんも機会があればぜひぜひ。


さて、それではこの『どろぼうの神さま』。
舞台はイタリアのベネツィアです。僕は生まれてこの方日本を出たことが無いので、「イタリア」「ベネツィア」という場所に対するイメージがすぐには湧いてきません。運河やゴンドラがあることや町並みが美しいこと、あとは映画『インフェルノ』の舞台として出てきたなそういえば、と思いながら読み進めておりました。ベネツィア観光に行ったことがある方は、もしかしたら「ああ、ここも行ったよ、見たことがある」という実在の場所が沢山出てくるのでは、と思います。僕も読んでいて、とても行ってみたくなりました。
物語の年代は特に語られていませんが、この本が書かれたのは2002年なので、これが書かれた当時の現代の物語なのではと思います。日本人観光客がベネツィアを訪れている描写もあり、携帯電話も出てくるので、恐らく2000年代なのかな、と思って読んでいました。

プロスパーとボニファツィウス(ボー)の兄弟二人は、母親を亡くし、その後母親の姉夫婦に引き取られることになりました。しかし、姉は天使のように愛らしい弟のボーだけを引き取り、兄は寄宿舎に預け、二人を引き離そうとします。ヒステリックな姉と子供嫌いな夫、そんな二人と一緒に暮らすのも嫌なのに、まして本当に仲の良い兄弟が離れて暮らさなければならないなんて。兄のプロスパーは激怒し、姉夫婦を嫌った二人は夫婦の元から逃げ、二人だけでドイツからはるばるベネツィアまでやってきます。

亡くなってしまった母親は、よくベネツィアのことを二人に話して聞かせていました。「ここには羽のあるライオンがいる」とか「金でできた教会がある」とか「屋根の上に天使や竜が立っている」とか「夜になると、運河におりる階段から水の精が上がってきて、陸を散歩しそうに見える」とか。二人はその話を信じて、母の話で聞いたベネツィアまで逃げてきたのでした。そこへ行けば、天使や竜やライオンが、自分たちを守ってくれるような気がして。

そして辿り着いたベネツィアで、この後どうしたらいいのか途方に暮れていた時、二人とほとんど歳の変わらない「どろぼうの神さま」一味にその身を助けられます。お調子者のリッチオ、釣り好きな黒人の男の子モスカ、しっかり者の女の子ヴェスペ、そして自ら「どろぼうの神さま」を名乗るスキピオ。閉館になったぼろぼろの映画館を住処にして、子供達だけの生活をしています。スキピオが盗みを働き、他のメンバーが骨董品屋にそれを売りに行き、そうやって得た金を使って映画館で暮らす毎日。大人が一切いない、子供だけの秘密基地。そうやって、プロスパーとボーと「どろぼうの神さま」一味はそれなりに楽しい日々を過ごしていました。全員が家族との間に問題を抱えて、家を飛び出してきたメンバー達。そんな皆にとって、映画館の住処は自分たちの城であり、家に帰らなくても済む楽園でした。

しかし、子供達だけで生きていけるほど、世界は生易しくはありません。プロスパーとボーを探しに、姉夫婦がベネツィアまでやって来たのです(姉も、自分の妹がベネツィアの話を子供に言って聞かせているのを知っていて、きっとここに来ているはずだと踏んでいました)。
姉夫婦はヴィクトールという探偵にふたりを探すよう依頼をし、ヴィクトールはそれを承諾します。その日から、ベネツィアを舞台に、子供達とヴィクトールとの鬼ごっこが始まったのです。

そんな中、「どろぼうの神さま」へある依頼が舞い込んできます。成功すればとんでもない額の報酬が舞い込んでくるという依頼。しかし、盗むものは高価でもなんでもない、人から見たらガラクタとしか思えないようなもの。受けるかどうか迷う一味ですが、「神さま」スキピオの決断により、依頼を受けることに。それからどろぼう一味は様々なことに巻き込まれていき、そこには様々な大人の思惑や、不思議なメリーゴーラウンドの伝説も関係していて…というお話。

子供の頃、僕が考える大人というのは、僕が知らないことを知っていて、僕に出来ないことができて、いざという時には何でも解決してしまう、でも僕が知っていることは知らず、僕にできることができず、いざという時には何も分かってくれない、時にとても頼もしく、時にとても疎ましい人達でした。
『どろぼうの神さま』の中にも、様々な大人が登場します。ボーだけを引き取ろうとする姉のハルトリープ夫妻、探偵のヴィクトール、骨董屋の店主バルバロッサ、「どろぼうの神さま」にある依頼をする伯爵、その他たくさんの大人が。子供達それぞれの性格の描写もハッキリしていますが、大人達も実に様々なタイプの人間が出てきます。「ああ、いるよなこういうやつ」というものもいれば、「いつまでもこんな人間でありたいな」というものまで。このバリエーション豊かな(?)登場人物たちがみんなどこかコミカルで、どんなに嫌な奴でも心からは憎めないような、そんな人物ばかり。この大人達に関しては、子供が読むのと大人が読むのでは抱く感想がまったく違うはず。きっと子供が読めば、大人が子供相手にしくじる様がとても痛快でしょうし、逆に大人が読めば、子供達の考えの甘さにひやひやする場面も沢山あるはず。

この作品の中では恐らく、探偵のヴィクトールがいちばん子供の世界に肉薄している大人です。子供達がいかに社会的に無力であるか分かっていて、でも同時に子供達の考えや望みにも共感している。初め、ヴィクトールは子供達を追い詰める「子供の世界への侵入者」として描かれますが、ヴィクトール自身が子供達の身の上を知り、彼自身も「(探偵として子供達を捕まえる立場であるはずの)自分は一体何をやっているんだ」と困り果てて迷いながら、それでも徐々に、自分が思う正しさを全うしようとします。その行動や仕草がとても愛らしく、ユーモアに溢れていて、僕はヴィクトールが一番好きです。

子供だった頃、皆さんは「早く大人になりたい」と思っていましたか。
大人になった皆さんは「子供の頃に戻りたい」と思うことはありますか。
もし目の前に誰かが現れて、「大人でも子供でも、好きな年齢に君を戻して(進めて)あげよう」と言われたら、あなたはどうするでしょうか。
『どろぼうの神さま』の子供達だって、幼く聞き分けのないボーのことでイライラしたり冷や汗をかき、大人無しでは生きていけない無力さに泣くのです。そして大人だって、時には子供のように不安になる時も沢山あるのです。
もし自分が時間を戻してやると言われたら、自分は一体どうするだろうなと、考えながら読んでいました。


いつも通り、個人の主観で書かれたただの感想です。細かいことはご愛嬌ということで。
是非読んでみて下さいね。それではまた。

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CIVILIAN New Single「生者ノ行進」

2017年3月1日(水)発売
TVアニメ「ALL OUT!!」(TOKYO MX、MBS、BS11ほかにて放送)第二クールOPテーマ
・初回生産限定盤(CD+DVD):SRCL-9332~3 ¥1,800(税込)
CD収録内容:1.生者ノ行進 2.君は君であることを 3.サクラノ前夜
 DVD収録内容:“2016.11.23 Major Debut Memorial Studio Live”
1.愛/憎 2.LOVE/HATE/DRAMA 3.3331

・通常盤(CDのみ):SRCL-9334 ¥1,300(税込)
CD収録内容:初回生産限定盤と共通

・期間生産限定盤(CDのみ):SRCL-9357~8 ¥1,800円(税込)
※期間生産限定盤はアニメ書き下ろし絵柄紙ジャケット仕様
CD収録内容:1.生者ノ行進 2.君は君であることを 3.サクラノ前夜 4.生者ノ行進(アニメver.)
カレンダー:2017年3月~2018年3月のアニメ絵柄カレンダー。
CDブックレットサイズの吊るしカレンダー。
各ページ切り離し可能。

■「生者ノ行進」配信
【iTunes】http://apple.co/2kIueXl
【レコチョク】http://bit.ly/2l6VnVc
【mora】http://bit.ly/2koGUqr 

CIVILIAN ライブ情報

<SHELTER presents, TRIANGLE 45×45×45>
2017.04.05(水)下北沢SHELTER
出演:三輪和也[鳴ル銅鑼]/コヤマヒデカズ[CIVILIAN]/松本明人[真空ホロウ]
※弾き語りライブとなります。

<Don’t Stop Music Fes.TOCHIGI 2017>
2017.04.15(土)栃木県 栃木市総合体育館
出演: 空想委員会、ココロオークション、SHE’S、Czecho No Republic、phatmans after school、Brian the Sun、Rhythmic Toy World、LEGO BIG MORL、MAGIC OF LiFE、CIVILIAN

詳しくはコチラ: http://civi-l-ian.com/live/