スティーヴン・タイラー、レコード会社担当者が語るスティーヴンの意外な顔

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4月にソロして初のジャパン・ツアーを行うスティーヴン・タイラー。そのパフォーマンスに期待は膨らむばかりだ。さて、ソロでの初来日公演を記念して、レコード会社のエアロスミス担当者に話をしてもらった。担当者でしか知りえなかったような裏話の数々をお伝えする。来日公演の予習として楽しんで欲しい。

◆スティーヴン・タイラー~画像~

●エアロ分岐点は「ウォーク・ディス・ウェイ」とレコード会社移籍

彼らの長い歴史を振り返っても、70年代中期における大成功の裏では、ドラッグに溺れ、メンバー間の不和(特にスティーヴンとジョー)で一時期は崩壊寸前までいき(実際、ジョーとブラッドは一時期バンドを脱退している)、なおかつ当時ロック・シーンはヘヴィ・メタルが台頭してきており、昔ながらのブルースやR&Bの色合いが強いロックンロールがだんだん若者に支持されなくなってきたことなど、エアロスミスにとっては最悪の時期にあったと想像します。

しかし、ジョーやブラッドがエアロに復帰し心機一転、レコード会社を移籍、そして、ヒップホップが若者にとって最先端の音楽になってきた時期に、ミリオン・セラーを出していたRUN-D.M.C.がカヴァーし、スティーヴンとジョーもゲスト参加した「ウォーク・ディス・ウェイ」は全米4位のシングル・ヒットとなり、エアロが再びメインストリームで支持されるきっかけを作ったのは間違いないでしょう。75年の楽曲が10年後にリヴァイヴァル的にヒットしたのですから、ヒップホップ・アレンジがあったとはいえ、楽曲そのもの、あの耳に残るキャッチ―なリフが時代を超える普遍的かっこよさを持っていると証明できた瞬間だったと思います。

レコード会社のゲフィンも、80年に設立するやジョン・レノン、ピーター・ガブリエル、ニール・ヤング、エルトン・ジョンなどを獲得し早々にレーベルとして大成功し、非常に勢いのある超旬なヒット・レーベルであったことも良かったのではないでしょうか。エアロの人気が再上昇してきたころには、ホワイトスネイク、ガンズ・アンド・ローゼズ、ニルヴァーナなどロック・バンドのモンスター・ヒットを出すなど、若者が支持するようなロックを数多く輩出していった点で、80~90年代にかけてアメリカの最もかっこいいイメージを持ったレーベルでした。

そして、90年代後半に入って、再びソニーに戻ってきてくれるというのが分かったときは、スタッフ一同、大喜びしたものです。「やはりエアロはソニーでしょう!」という気持ちはみんなにあったと思いますし、同時に、「ゲフィン様様」、エアロ初の全米アルバム1位の『ゲット・ア・グリップ』で飛ぶ鳥を落とす勢いにある“最高のエアロ”に再びしてくれたわけですから。日本の当時のレーベルであるMCAビクターのスタッフの努力、幅広いメディアの方々の強力なサポート、そしてメンバーの強固な結束力含め、感謝の気持ちも多大にありましたね。

●エアロが他のバンドと決定的に違うところは

彼らは一時メンバー脱退もありましたし、一時的に在籍したメンバーもいましたが、結局はオリジナル・メンバーのままで現在に至る、その事実だけでもめちゃくちゃ凄いことではないかと(もう70歳に届くところにいるバンドです。一番若々しいスティーヴンが現在69歳でメンバーの中で最年長!)。

また、音楽性が基本変わらないこと。もちろん、時代を取り入れた音作り(録音の仕方含め)をしていた時期はありますが、全体的には、ヤンチャでエッチで悪戯っぽい少年性、リフのかっこいいロックンロール、そして泣けるビッグ・バラードを要所で入れてくる、というのは変わらないわけで、あと単純にスティーヴンとジョーというアメリカ最強ツイン・フロントのステージングのカッコ良さ(体形の維持含め)、ライヴ・パフォーマンス力がまったく枯れてないこと、それが他の同世代バンドとは一線を画してますね。70歳バンドではあるけれど、けっして“シニア・バンド”にはまだなっていないところ。


●関係者しか知りえない裏話

エアロの武勇伝というほどのことは、僕は直接経験してないですが、スティーヴンのキャラは相当ユニークで、見ているだけでも楽しいです。

まず、ファンのところには自分から飛び込んでいく(笑)。例えば出待ち、あるいはオフの時にショッピング中に道端で声をかけられたり、サインや写真をねだられても、時間が許す限りお付のスタッフを制してまで全然気さくにやってくれる・・・。普通スタッフがスティーヴンやファンを制すると思うんですが、その逆で(笑)。日本のことが好きですし、日本のファンの礼儀正しさ、遠慮気味に接してくることも知ってるからか、あれだけのスターでありながら、自分からファンの方にガンガン寄っていきますね。

13年のツアーの時は、これはニュースになりましたが、大阪でストリート・パフォーマンスをしていた地元のインディー・バンドを見かけて、飛び入りでそのバンドの中に入ってセッションしたり、その翌日のエアロの公演時には、彼らをライヴだけでなく楽屋にまで招待して談笑するなど、驚くほどのサーヴィス精神を持ってる人だなと感心しました。

また、これも大阪で、ドン・キホーテに大変感動してて、特に女の子のいろんなコスメ・グッズに目を奪われてたんですが(付けまつ毛や、二重まぶたにするグッズなど)、楽屋でその感動を、アメリから帯同してきてるスタッフだけでなく僕ら日本人に対しても熱弁ふるってましたね(笑)。新しいことに対する興味、好奇心の旺盛さは尋常じゃないですね。その姿は“女の子にモテたいオジさん”というより、いつまでもかわいくオシャレしていたい“女の子そのもの”のような無邪気さですごく印象に残ってます。

あと、13年のツアーで僕が感動したのは、セット・リストをライヴ直前で手を加えてくれたことです。というのも、11年ぶりに発表した最新オリジナル・アルバムである『ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!』を引っ提げてのツアーであるのに、驚くことにそのアルバムからの曲が1曲しか入ってなかったのです。しかもシングル曲じゃない曲で。それは日本に来る前の全米ツアーで薄々感じてたことなんですが、アルバム発売前後のライヴでは、新曲をいくつか入れてたんですが、シングル・カットした曲がアメリカのロック・チャートでは健闘してても“全米ヒット”とまではいかない状況で、実際ロサンゼルスで一足先にライヴを見た時も、新曲をやると、オーディエンスの態度が散漫になるというか、簡単に言うとビールを買いに行ったりトイレに行ったりする“休憩タイム”っぽくなってたんですね。アメリカの観客らしいというか、あからさまに態度に出すのもどうなの、と日本人的には思いますが、そういったオーディエンスの反応をシビアにバンドも感じますから、喜んでないなら演奏もしないということで、ツアーが進むにつれ新曲を外していったという。

そういう流れで日本にやってきて、日本のファンが喜ぶ曲、長いこと演奏してないレア曲を入れてくれるサプライズはあるものの(ちなみに、楽屋には「前回ここでやった時のセットリスト」が貼ってあり、それと見比べて、演奏曲を少し変えたりする)、肝心の日本初ライヴ披露となる新曲がアルバム曲“オー・イェー”1曲だけになっていたんです。この曲はジョー・・ペリー作の昔ながらのエアロらしいロックンロールで、いちファンとしてはライヴで聴きたい曲ではあるんですが、シングルをラジオでたくさんオンエアし、日本ではヒット・チャート上位に入ったシングル曲を1つもやらないのは、解せないというか残念というか、これら新曲を聴くのを楽しみにてた人たちががっかりするんじゃないかとか、ライヴ全体の良さとはまた別の部分で複雑な気持ちを抱えたままツアー同行してたので、最後の最後、これも大阪なんですが、思い切ってスティーヴンに「話があるんですけど」と切り出したところ、スティーヴンがなんか察知してくれたのか、「じゃ、俺の部屋で話そう」と。

スティーヴンの楽屋って、メンバーとスティーヴンお付の人しか基本的には入れないんですが、入れてくれまして。静かな個室ですからやはりみんながいるところで冗談言ってる時と違って、真剣な表情で「ニュー・アルバムは日本のファンは気に入ってるの?」「どうやったらもっと若い人にも観に来てもらえると思う?」とか質問攻めで(笑)。話を一通り聞いてから「なぜ最新シングル曲やらないんですか?みんな聴きたいと思ってますよ」とぶつけてみました。

その証拠になるようなチャート・アクションや店頭展開や雑誌記事などの資料を用意しておいたんで、それを見せたら目を丸くして「えーそうなの?凄いじゃない。そうなんだ、日本ではちゃんとラジオでもかかって、アルバムもこんなに大きく展開してくれてたんだ!」と。

確かにセールス数は90年代、00年初頭の音楽バブル期と比べると絶対値としては落ちるわけですが、相対的なヒット感はまだ十分トップ・クラスをキープしていることがメンバーにはちゃんと事前に伝わってなかったんでしょうね、マネジメントやアメリカのレーベル・スタッフから。それで、スティーヴンが「わかった!君がそう言うなら新曲やるよ、何がいいの?なんでも俺歌えるから」と言って自分の部屋飛び出して「おーい、ジョー!ジョー・ペリーはいるかぁ!?」(笑)。メンバーに大至急伝えなきゃ、緊急ミ―ティングだ、っていうスティーヴンの真摯な行動力にもまたびっくりしましたね。

結果は、さすがにシングルすべては長いことリハもやってないこともあって無理だったんですが、メンバー全会一致で1stシングルの「レジェンダリー・チャイルド」を急遽追加で組み込んでくれましたね。ですから、この曲が聴きたかった人にとっては、大阪の人だけがラッキーだったんです。ライヴが終わってステージ降りて車に向かう通路でスティーヴンが僕のところにきて一緒に写真撮ろうぜという感じで肩に手をまわしてくれた時は、本当嬉しかったですね。新曲やってもちゃんと盛り上がってくれたからか、「君の意見聞けてよかったよ」と言われてるようで。


●サウンドの変遷分析

エアロスミスは“Same Old Song and Dance” じゃないですが、基本はまったく何も変わらないです。

ただ、新しいことにもチャレンジしたいという好奇心もその時その時であり、ゲフィン時代=第2黄金期で生まれたヒット曲の数々とその後ソニーに移籍してから放った極めつけバラード『ミス・ア・シング』で現在に至るエアロスミスの“完成形”が出来上がったと言えます。

『ジャスト・プッシュ・プレイ』はその次のチャレンジとして、最先端デジタル・レコーディング手法で信じられない数のトラックを使って音素材を録音してミックスしたと聞いてますし、ジャケットのアートワークもマリリン・モンロー・ポーズのロボット(画:空山 基)という、まさに古き良き普遍的な美とその時代のエッジにあるものを融合させたアートを提示した、ということではないかと。そこから「ジェイディッド」というヒットも放ちましたので、復活後駆け抜けた15年の区切りがついたと思いますね。ここから次の『ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!』まで11年も空くのも無理もないことかと。“やり切った”感があったと思うので。

現時点で最新作となっている『ミュージック~』のアプローチが、マーティ・フレデリクセンという90年代後期からの制作コラボレーターとの曲作りも継続させながら、第一黄金期の盟友ジャック・ダグラスと再びタッグを組んで昔ながらのバンドのライヴ演奏をベースにした録音・プロデュース手法を取り入れるという、これもまた今と昔の良いところを融合させた作品でした。結局、“エアロのサウンドはどうやってもエアロ”ということになるんですけど。


●スティーヴンのソロライブは、どんなものになるか

スティーヴン・タイラーという唯一無二のロック・パフォーマーが武道館に立つ。それだけでも日本のファンはラッキーです。

エアロスミスは、90年代後期からスタジアム公演ばかりになってしまいましたが、メンバーはやはり伝統的な日本武道館が好きと言ってました。

エアロスミスとしてのパフォーマンスではなくても、観に来た人を120%絶対に楽しませてくれるスティーヴン・タイラーが目の前にいる、それがソロ曲であってもエアロスミス曲を別ミュージシャンで演奏されることであっても、あのステージングと声が、ついに武道館で体験できること自体が奇跡的な話です(初来日の東京公演は77年の武道館なので、あれからちょうど40年。最後に武道館でやったのは94年でなんと23年ぶり)。もしかすると武道館でスティーヴンを観れる今後唯一のチャンスかもしれませんし、今回ソロで来日してくれること自体を感謝したいですね。

前回の来日から4年ですが、最後ホテルから見送るときにスティーヴンがいつになく悲しげな目をして、名残惜しそうにファンに手を振ったり、僕たちスタッフとハグして別れた時のことを思い出します。この来日は間違いなくスティーヴンの“日本愛”あってこそ実現したものだと思いますね。日本のことをリップ・サービスではなく、本当に好きであることは、近くで見ていて本当に感じてましたので。ですから、“これぞ、スティーヴン・タイラー!”な最高のロック・ショーを日本のファンに見せてくれると思いますよ。


エアロスミス・バイオグラフィ情報

スティーヴン・タイラー(Vo)、ジョー・ペリー(G)、ブラッド・ウィットフォード(G)、トム・ハミルトン(B)、ジョーイ・クレイマー(Dr)からなるアメリカン・ロック史上最強の5人組。

1970年代初めにボストンでバンド結成。1973年にアルバム『Aerosmith/野獣生誕』で米コロムビア・レコードよりデビュー。初のプラチナ獲得アルバムとなった3rd『Toys In The Attic/闇夜のヘヴィ・ロック』(75年)、名盤4th『Rocks/ロックス』(76年)や90年代の大ヒット・アルバム『Get A Grip/ゲット・ア・グリップ』『Nine Lives/ナイン・ライヴズ』など全米でのトータル・アルバム・セールスは6700万枚(歴代10位)、全世界では累計1億5千万枚に到達する。

70年代末~80年代頭には一時メンバー脱退劇、解散状態、セールス不振のどん底にいたが、ゲフィン・レコードに移籍し1986年にRUN-D.M.C.と共演した「ウォーク・ディス・ウェイ」で見事復活。その後、「エンジェル」「エレヴェイター・ラヴ」「リビング・オン・ジ・エッジ」「クレイジー」「アメイジング」「クライン」などの大ヒットを生み続け、80年代後半~90年代に第2の黄金期を迎える。ゲフィンからのラスト・アルバム93年の『ゲット・ア・グリップ』はバンドに初の全米1位をもたらした。

97年に古巣である米コロムビア(ソニー・ミュージック)に電撃移籍、第1弾シングル「フォーリン・イン・ラヴ」が大ヒットし、アルバム『ナイン・ライヴズ』は前作に続いて全米1位を獲得。翌年の来日では洋楽アーティスト初の4大ドーム・ツアー(東名阪福ドーム+横浜アリーナ)を成功させ、98年映画『アルマゲドン』主題歌の「ミス・ア・シング」(バンド初の全米1位シングル)で90年代を感動的なメガ・ヒット・バラードで締めくくった。01年『ジャスト・プッシュ・プレイ』から「ジェイディッド」という大ヒット曲も生まれ、日本でも携帯電話キャリアなどのCMソングになるなど話題となった。翌02年は2度の来日が実現、1月は再び東名阪福ドーム、同年6月にはFIFA日韓ワールドカップのイベントで東京スタジアム(現・味の素スタジアム)でのライヴを立て続けに成功させた。

01年“ロックの殿堂”入りを果たす。バンドとしての受賞歴は他にも、「ピープルズ・チョイス・アワード」2回、「ビルボード・ミュージック・アワード」6回、「アメリカン・ミュージック・アワード」8回、「ボストン・ミュージック・アワード」23回、「MTVビデオ・ミュージック・アワード」12回、そして「グラミー賞」4回。さらには、「ミス・ア・シング」で「アカデミー賞/最優秀主題歌賞」にもノミネーされた。また、ローリング・ストーン誌とヒット・パレード誌でも「最優秀ロック・バンド」に選ばれる。“MTVアイコン”に選ばれた初のロック・バンドでもある。72年以来行なってきたツアーの総距離は地球36周分に那kも匹敵する。70年代から実に5世代にも渡って人気を獲得してきた、最も広いファン層を持つロック・バンドである。

11年11月~12月にかけて3週間に及ぶ7年振りのジャパン・ツアーを行ない、10年間オリジナル・アルバムを発売していない中でも延べ10万人以上を動員。12年11月、70代の名盤を手掛けたプロデューサー、ジャック・ダグラスと再びタッグを組み、実に11年ぶりとなる通算15作目のオリジナル・アルバム『ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!』を発表する。

ライブ・イベント情報

<Steven Tyler LIVE IN JAPAN 2017>モンスターバンド「エアロスミス」のフロントマン=スティーヴン・タイラー、ソロとしてキャリア初となる奇跡のジャパン・ツアー。
大阪公演2017年4月8日(土)Zepp Osaka Bayside
東京公演2017年4月11日(火)日本武道館

リリース情報

『サムバディ・フロム・サムウェア (デラックス)』
2017.03.24発売
UICU-1285 \3,672
1 マイ・オウン・ワースト・エネミー
2 サムバディ・フロム・サムウェア
3 ホールド・オン(ウォント・レット・ゴー)
4 イット・エイント・イージー
5 ラヴ・イズ・ユア・ネーム
6 アイ・メイク・マイ・オウン・サンシャイン
7 ジプシー・ガール
8 サムバディ・ニュー
9 オンリー・ヘヴン
10 ザ・グッド、ザ・バッド、ジ・アグリー&ミー
11 レット、ホワイト&ユー
12 スウィート・ルイジアナ
13 ホワット・アム・アイ・ドゥーイン・ライト?
14 ジェイニーズ・ガット・ア・ガン
15 心のカケラ(with ザ・ラヴィング・メアリー・バンド)
DVD
1 ラヴ・イズ・ユア・ネーム(From the TV Music Series“Front and Center”)
2 クライン(From the TV Music Series“Front and Center”)
3 心のカケラ(From the TV Music Series“Front and Center”)
4 ラヴ・イズ・ユア・ネーム(ミュージック・ビデオ)


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