4月16日、東京・すみだトリフォニーホールでルドヴィコ・エイナウディを聴いた。最新作『エレメンツ』の日本リリースを記念した、一夜限りのコンサートだ。ルドヴィコといえば、現代音楽とポップス/ロックを股にかける巨匠、NaturaRhythm(ナチュラリズム)と呼ばれるポスト・クラシカル・ムーヴメントの牽引者、そして日本でもヒットしたフランス映画『最強のふたり』など映画音楽で知られていることもあり、聴衆はぎっしり満員。大人のクラシック・ファンがメインのようだが、映画やアートに詳しそうな若い世代もちらほら。高まる期待と心地よい緊張感の中、17時5分、開演の時が来る。

ああ、こんなところにピアノがあるね。ちょっと弾いてみようか。そんな自然体の雰囲気で登場したルドヴィコが、おもむろに鍵盤を叩く。暗がりの向こうから、メンバーたちが静かに入場してくる。ヴァイオリン、チェロ、エレクトリック・べース、エレクトリック・ギター、パーカッションからなるルドヴィコ・バンド。後に触れるが、全員がメインの楽器以外に複数の楽器を操る、とてつもない力量の持ち主だ。ルドヴィコは観客に背を向けてバンドと向き合う、つまり指揮者の位置にいる。1曲目はアルバム『エレメンツ』と同じ「雨の匂い(ペトリコール)」。4つの音階を繰り返すゆったりとしたミニマルな構成の中で、パーカッションが躍動し、ヴァイオリンとチェロが素早いパッセージを繰り出したかと思えばまた収束し、音楽が生き物のように呼吸している。終始変わらぬルドヴィコの端正なピアノは、絵でいえば額縁のようなものか。明確なコンポジションの中で、スリリングなのに不思議にリラックスした演奏が続く。


「夜」ではパーカッションがビブラフォンを、ギターがカリンバを演奏する。「ひとつがふたつに」では、ヴァイオリンがギターになり、チェロがエレクトリック・アップライト・ベースになる。あの、のこぎりをたわませて音を出すような不思議な楽器は何と言うんだろう? 小型の半球形のパーカッションは、民族楽器なのか電子楽器なのか。「四次元」で使われた三角錐型の弦楽器、あれがウォーターフォンか。とにかく全員が(曲中に!)次々と変わった楽器に持ち替え、音の風景がどんどん変わってゆくのが面白く仕方ない。ステージ後方のスクリーンに、アルバム・ジャケットや、森林やオーロラや、あるいは点描画のような風景が、3Dのように揺らめきながら映されるのも視覚効果抜群だ。

序盤の6曲のうち、アルバム『エレメンツ』からの曲が5曲。その中にはさまれた「ニュートンのゆりかご」は一つ前のアルバム『時の移ろいの中で』の曲で、非常にビートが強く、クライマックスでは稲光の如くストロボが点滅する。ポストロックやシューゲイザーにも通じるような激しさは、クラシックのコンサートに慣れた聴衆の度肝を抜くだろう。心地よい映画音楽から、こうした凄みある異形の曲までも幅広く生み出す、鬼才ルドヴィコの面目躍如たる1曲だ。

ここからは、ピアノ・ソロのセクションに入る。スローでシンプルな三拍子の曲が、まるで絵具で色を重ねるように何度も繰り返すことで違う色味を帯び、重厚さと解放感を行ったり来たりしながら様々なイメージを紡ぎ出してゆく。10分、いや20分近くはあっただろうか。現代音楽の実験性と、純粋な音の美しさを両立させた、これがルドヴィコのミニマル・ミュージック。弾き終えて振り向き、笑顔でマイクを持つ。この日初めてのMCは、「サンキュー・ベリーマッチ。アイム・ベリー・エキサイティング・イン・トーキョー」だった。


続いて、穏やかな口調でステージに招き入れたのはサラ・オレイン。サラは、日本でも近年よく知られるようになったヴォーカリスト/ヴァイオリニスト。今日はヴァイオリニストとして、ピアノとのデュオを披露してくれる。どこか北国の民謡を思わせる「ふたつの夕暮れ」や「木陰の下生え」といった曲の可憐なメロディを、まるで対話のように弾きあう二人。寒色のイメージの強かったステージに、パッと大輪の花が咲いた。

後半は再びルドヴィコ・バンドと共に、過去の代表曲をたっぷりと。「ラスト・タイクーン」は、サンバのような躍動するビートに合わせ、真っ赤な照明とストロボが緊張感を煽る。映画『最強のふたり』からの「翼を広げて」は、ルドヴィコの左手が叩きだす重厚な低音がパーカッションのように鳴り響く。再びのウォーターフォン、板をマレットで叩く民族楽器など、様々な音がそれぞれの個性を主張する。ラストの「経験を重ねて」では静と動が入れ替わり、強力な四つ打ちのダンスビートとクラシック音楽、ポストロックが一つになる。熱を帯びたクライマックスに拍手が鳴りやまない。ルドヴィコが振り向いてお辞儀をする。時計を見ると19時5分、夢の中からハッと我に返るような感覚は、まさに1本の映画を観終えたあの感覚にとても似ている。


アンコール。「DIVENIRE」で聴けるヴァイオリンとチェロの音色は清楚な室内楽のようだが、高速で畳み込まれた緊張感あるビート、ビブラフォンのフレーズが緊張感をぐっと高める。もう1曲、再びサラを呼び込んで一緒に奏でた「CHOROS」に至っては、弦楽器の限界に挑むような速く激しいパッセージが延々と続く、極めてエモーショナルでポストロック感のある1曲。なんとアバンギャルドで、なんと完成度の高い演奏だろう。CDで聴く時の音の広がりや深みはそのままに、人の手のしなりや感情の動きを大胆に表現する、生きている音。

クラシックと呼ぶには民族楽器や電子音、強いビート挑戦的で、現代音楽と呼ぶにはエモーションの量が多く、ポストロックの要素をたっぷり盛り込みながら美しいメロディを届けることも忘れない。折衷的で越境的な、年季の入った音楽ファンにも若く柔軟な心にも訴えかけることのできる、自由で強靭な意思を持つ音楽。ルドヴィコ・エイナウディ、60歳を超えてなお新たな音楽の想像を目指す音楽家の魂に触れる、美しいコンサートだった。

取材・文●宮本英夫

■ルドヴィコ・エイナウディ
『エレメンツ』
発売中
CD:UCCL-1192 ¥2,700(tax in) 2016.12.7
◆https://itunes.apple.com/jp/album/elements-deluxe/id1027176835?app=itunes&at=10I3LI


■ルドヴィコ・エイナウディ
『時の移ろいの中で』
SHM-CD:UCCL-1168 ¥2,700(tax in) 2013.10.9
◆https://itunes.apple.com/jp/album/in-a-time-lapse/id586716152?app=itunes&at=10I3LI


■ルドヴィコ・エイナウディ
『エッセンシャル・エイナウディ』
HQ-CD:TOCE-90206 \3,086(tax in) 2011.10.5
◆https://itunes.apple.com/jp/album/essential-einaudi/id720569650?app=itunes&at=10I3LI


『ナチュラリズム』キャンペーン、プレイリスト展開中。

Spotify Playlist
https://open.spotify.com/user/digsterjapan/playlist/4J6yrNijFPtucEGy5SVXCh

Apple Music Playlist
https://itunes.apple.com/jp/playlist/naturarhythm-%E3%83%8A%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0/idpl.350e50c8bdb1474e8610b88a056d1e00