【インタビュー】マルコ・メンドーサ「これからもチャレンジを続ける」

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最新ライブ・アルバム『ライブ&ラウダー』と日本未発売だったファースト『ザ・デッド・デイジーズ』(2013)、セカンド『レヴォリューション』(2015)を2017年5月10日に一挙リリースしたハード・ロック/ヘヴィ・メタル界のスーパーグループ、ザ・デッド・デイジーズのインタビュー第3回は、ベーシストのマルコ・メンドーサに登場してもらおう。

◆ザ・デッド・デイジーズ画像

ブルー・マーダーからシン・リジィ、ホワイトスネイク、テッド・ニュージェント、ソウル・サーカスなど、常にハード・ロック界の最前線でオーディエンスの腰骨を砕かんばかりのベースを轟かしてきたマルコだが、その素顔は太陽のように輝くスマイルをたたえたナイスガイだ。だが、そんな表情こそ、彼が経てきた数々の試練と確固たる信念に裏打ちされたものだった。

──ハード・ロック/ヘヴィ・メタルのファンがマルコ・メンドーサの名前を知ったのは、ビル・ワードのソロ・アルバム『Ward One: Along The Way』(1990)でした。どのようにしてこの世界に入ってきたのですか?

マルコ・メンドーサ:俺はメキシコに生まれ育って、16歳のときにスペル・ママというバンドに加入した。プログレッシヴ・ロック・バンドで、メキシコでは成功を収めていたから、誘われたときは「やった!」と思った。それでメキシコ・シティに出て、結婚して、息子のマルコが生まれたんだ。そうしたら政府の方針が変わって、ロックの興行に対する規制が厳しくなってライブができなくなってしまった。それでアメリカに渡って、セッション・ミュージシャンとしてできるあらゆる仕事をした。LAには20代半ばで来たけど、その頃にはアルコールとドラッグの問題を抱えてしまい、ライオネル・リッチーやシェールのバック・バンドのオファーもあったけど、そのせいで棒に振ってしまったんだ。アメリカ各地をジャズをプレイしながら回っていたけど、ヘロインとコカイン、アルコールでボロボロで、ラスべガスに来た時点でこのままじゃダメになると思って、ロサンゼルスのクリニックに入院することにした。それが1986年で、ビル・ワードが同じクリニックに入院していたんだ。お互いミュージシャンということで意気投合して、友達になった。それで彼のソロ・アルバムに参加することになったんだ。すっかりクリーンになったことで音楽への情熱を取り戻して、自分のキャリアを取り戻した。そうしてジョン・サイクスと出会って、ブルー・マーダーに参加することになったんだ。

──ジョン・サイクスはしばらく新作が途絶えていますが、連絡を取っていますか?

マルコ・メンドーサ:うん、数ヶ月前に話したところだ。ジョンは健康だし、息子のジョニー、ジェイムズ、ショーンもすっかり大きくなった。彼はもう数年前にアルバムを完成させていて、素晴らしい出来なんだ。最近いろんなレコード会社が俺を介して、ジョンに連絡を取ろうとしてきた。彼は音楽ビジネスから距離を置いているから、みんな俺だったら連絡先を知っていると思うんだろうね。そういうオファーがあると、俺はジョンに「こういう話があった」と伝えるんだ。ジョンと俺、それからトミー・アルドリッジのトリオでバンドを組むという話があって、あとは契約書にサインする段階だったけど、直前になってジョンが「やっぱりやらない」と言い出して、すべてが終わりになったこともあった。それでもジョンは友達だし、彼にはハッピーでいて欲しい。俺が数十年に及ぶキャリアで共演した中で、ジョンは最も才能あふれるミュージシャンの1人だ。彼が最前線にいないのはとても残念に思う。どんな形であっても、彼の力になれたらいいと考えているよ。

──あなたはシン・リジィとテッド・ニュージェントの両方と共演したことがありますが、『ライブ・アンド・デンジャラス』と『絶叫のライブ・ゴンゾー』というロック史上に冠たる2大ライブ・アルバムの名盤(共に1978年発表)だったらどちらを選びますか?


マルコ・メンドーサ:どちらも究極のライブ・アルバムだし、選ぶなんて不可能だよ。テッドはあらゆる意味で強烈だ。ギタリストとしてもシンガーとしても、ソングライターとしても人間としても強烈だよ。彼こそが真のロック・スターだ。生前のフィル・ライノットとは面識がなかったから、身びいきで『絶叫のライブ・ゴンゾー』を選ぶかな(笑)。ただ、ブライアン・ダウニーとスコット・ゴーハムは友達だし、『ライブ・アンド・デンジャラス』だって最高のライブ・アルバムだ。だからフェアな質問じゃないな。どっちも最高だよ。ピカソかダリか選ばなければならないのと同じだ。同じような質問で、“これまで在籍してきたバンドで最高だったのは?”というものがあるけど、ひとつなんて選ぶことはできないよ。俺は本当に幸運なキャリアを経てきたし、そのことに感謝している。ホワイトスネイク、シン・リジィ、ニール・ショーン、ジョン・サイクス、ドロレス・オリアダン…ただ、もしひとつを選ぶとしたら、ザ・デッド・デイジーズと答えるだろう。過去を懐かしむのではなく、今まさに経験していることだからね。

──あなたの原点であるメキシコ時代、どんな音楽を聴いて楽器を手にしたのですか?

マルコ・メンドーサ:メキシコの音楽よりもアメリカのロックンロールを聴いて、まずギターから始めたんだ。クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルの曲をカバーしていた。ジョン・フォガティのボーカルとソングライティングが大好きなんだ。それからグランド・ファンク・レイルロードにハマった。マーク・ファーナーに憧れていたんだ。その後ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンに傾倒していった。でも自分の中のパンドラの箱を開けたのは、ザ・ビートルズの『アビー・ロード』だ。発売当時ではなく、かなり遅れて聴いたんだけど、まさに俺の人生を変えたアルバムだった。それでギターに夢中だった。みんながサッカーで遊んでいるときも見向きもしなかったし、メキシコで大人気のルチャリブレ(プロレス)を観に行くこともなかった。子供の頃はエル・サントに憧れていたけどね。

──メキシコとキューバはメキシコ湾を挟んで隣接しているラテン系の国ですが、2015年2月にザ・デッド・デイジーズとして行ったキューバ公演はどのようなものでしたか?


マルコ・メンドーサ:キューバでプレイしたのは、とてもエキサイティングな経験だった。それ以前にオーディオスレイヴがライブをやったことがあったけど、まだ西側のロック・バンドがショーをやるのは珍しかったし、すごい盛り上がりだった。キューバの人たちは音楽好きで、俺たちのロック音楽にも反応して、声援を送ってくれたよ。政治や文化の壁を越えた、ビッグ・イベントだったんだ。キューバ公演はザ・デッド・デイジーズにとっても大きなターニング・ポイントだった。2枚目のアルバム『レヴォリューション』(2015)はキューバ公演の影響が色濃く表れているよ。地元のミュージシャンと2曲でコラボレートしたり、アートワークもキューバのストリート・アートをイメージしたもので、タイトルも“REVOLUCION!”(革命)としたんだ。ホワイトスネイクやシン・リジィ、テッド・ニュージェントとプレイするのは最高の経験だけど、彼らは確固たる音楽性を持っている、成功を収めたバンドだ。それに対して、ザ・デッド・デイジーズでは新しいものを作り上げる喜びがある。『レヴォリューション』から『メイク・サム・ノイズ』(2016)への道程もステップ・アップだったし、これからもザ・デッド・デイジーズはチャレンジを続けるだろう。俺自身、そんなチャレンジを楽しんでいるよ。50歳を過ぎて、新しい扉を開くことができるというのは幸せだ。

取材・文:山崎智之


<The Dead Daisies Live & Louder Japan Tour 2017>

7月5日(水) 東京・渋谷CLUB QUATTRO
7月6日(木) 大阪・梅田CLUB QUATTRO
開場・開演:OPEN 18:00 / START 19:00
チケット:7,500円(税込/スタンディング/ドリンク代別)
https://www.creativeman.co.jp/event/deaddaisies2017/

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ザ・デッド・デイジーズ『ザ・デッド・デイジーズ』
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