【コンサートレポート】小曽根真&ゲイリー・バートン、エネルギッシュで愛に満ちたラストツアー

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5月29日、東京・かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホールで行われた<小曽根真&ゲイリー・バートン TOUR 2017 FINAL>を観た。ご存知の通り、このツアーを最後に演奏家からの引退を発表しているゲイリー・バートンの、最後のツアーの幕開けの日。ツアーに先立つインタビューの中で小曽根は「エモーショナル(感情的)にはなると思うけど、思い切り楽しんでいければいい」と言った。オーディエンスもきっと、同じ気持ちだろう。二度と再現できないものをライブと呼ぶならば、これは究極の形。もうライブでは聴けなくなるその音を、レコードの溝のように脳内に刻み、その姿を目に焼き付ける。午後6時30分、いよいよ開演の時が来る。

◆小曽根真&ゲイリー・バートン~画像~

34年間を共に過ごした師弟、友人、コラボレーターの二人は、笑顔だった。歩み寄り、ハグし、軽く会話を交わし、おもむろに演奏をスタートする。気負った様子はまったくない。こちらもつられて、張りつめた緊張感がほぐれてゆく。ステージ上にピアノとヴィブラフォン、椅子、2灯のピンスポットが置かれているだけ。モーツァルトホールは1300席ある大ホールだが、二人だけの親密な演奏会に、個人的に呼ばれたような気さえする。アンプを通さない生の音が、すぐ近くに柔らかく聴こえる。


それにしても。ゲイリーのヴィブラフォンは、なんと美しい音を出すのだろう。お馴染み4本マレットの“バートン・グリップ”による複雑なメロディとハーモニー。その優雅な動きと豊かな音の連なりは、魔術師の仕業としか思えない。ミスもない。小曽根のピアノは、ゲイリーの伴奏という厳粛な立場を意識しつつ、ソロ・パートになると待ってましたとばかり、饒舌に語りだす。それを見守るゲイリーの姿がいい。小曽根のプレーをじっと見つめながら、時折、うんうんとうなずくように首を動かす。豊かな白鬚に埋もれた表情から、笑みがこぼれる。34年間、彼らはこうやって、音の会話をしてきたのだろう。さりげないが、とてもいいシーン。

「このツアーでは、お馴染みの曲、新しい曲、取り混ぜてお送りします」。小曽根がそう語った通り、選曲は実に幅広い。ツアーはまだ途中、詳細は明かせないが、二人が作った3枚のデュエット・アルバム『フェイス・トゥ・フェイス』『Virtuosi』『タイム・スレッド』からの曲はもちろん、スタンダード・ジャズ、スウィング・ジャズ、タンゴ、ボサノバ、クラシック、親交の深いチック・コリアの曲、等々。二人がこれまでに奏でてきた楽曲の想い出をたどる、これはまさにベスト・アルバム。

小曽根が、ゲイリーと出会った頃の話をした。「すごいテクニックを持っているけど、音楽のことを何も知らないかわいそうな子供」が、「ちゃんと音楽が弾けるじゃないか」と言われ、「おまえは伴奏のバの字も知らない」と諭され、「音楽の考え方が180度変わった」。オスカー・ピーターソンのように弾きまくりたかった青年が、ビル・エヴァンスを教えられて驚いたというエピソードに潜む、ジャズという音楽の深み。小曽根のソロ・ピアノのコーナーでは、「今の僕があるのは彼のおかげ」という言葉を裏付ける、万感のこもった名演が聴けた。


コンサートは二部制で、休憩時間が20分ある。明るくなった場内を見回すと、客層は実に様々。女性同士、親子連れ、熟年カップル、若年カップル、背広姿の男性、おじいさんおばあさん。小曽根とゲイリーの音楽が、どれだけ幅広い層に支持されているか、そのサンプルのような客席。

ピアノとヴィブラフォンというと、メロディアスな楽曲を想像しがちだが、どちらも構造は鍵盤打楽器。実は激しいビートも得意で、アップテンポの曲で小曽根は左足をドラムのキックのように打ち鳴らしながら、躍動的な演奏も披露する。ゲイリーも負けちゃいない。4本マレットの速弾き(?)で受けて立つ。アルゼンチンやブラジルにルーツを持つ、ラテン風味の濃い楽曲の時には、情熱的でリズミックな演奏がたっぷり聴ける。退屈、という二文字はこのコンサートの中には存在しない。

そして、これは書いてもいいだろう。ゲイリーが、ソロで1曲弾いてくれる。小曽根のたってのリクエストで、過去20年間ほど披露してこなかったという、ソロ演奏がここで復活した。何の曲をどのように演奏するかは、当日のお楽しみだが、珠玉の演奏であることは保証する。これがゲイリーから、日本のファンへのプレゼント。心行くまで、堪能してほしい。

アンコール。小曽根が、日本で出版されたばかりの『ゲイリー・バートン自伝』を紹介した。もちろん小曽根とのエピソードもふんだんに盛り込まれ、巻末には小曽根が文章を寄せている。“不器用なスーパーマン”ことゲイリーを、小曽根が讃える。「でもね、この人は練習をまったくしないんですよ」と言って笑わせる。なんと、2か月前にアメリカ・ツアーが終わった日から、今日このツアーの初日まで、まったくマレットを触らなかったというから驚くほかはない。スーパーマンは、本当にこの世に実在するのか。

熱い拍手に何度も呼び戻され、笑顔で手を振る二人、ゲイリーは前列のオーディエンスに、端から端まで丁寧に握手をしていった。最後もやはり笑顔。演奏には、リタイアの兆しなどまったく見えない。が、身体の中に見えない不調を抱える中で、「最前線の音楽ができないなら、スパッとやめる。それは僕にもすごくわかるから」と、ツアーに先立つインタビューの中で小曽根は言った。我々はゲイリーの決断に、繰り返されるアンコールのように、いつまでも長く続く拍手で応えるしかない。


かくして素晴らしいスタートを切ったツアーは、全国を巡り、6月10日の川口総合文化センター リリア メインホールでファイナルを迎える。もしも間に合えば、そしてチケットが手に入れば、ぜひ観てほしい。あたたかく力強いゲイリーと、エネルギッシュで愛に満ちた小曽根とのベスト・コンビネーション。このツアーは、きっと伝説になるだろう。

取材・文●宮本英夫
写真●藤井洋平

ライブ・イベント情報

<小曽根真&ゲイリー・バートン Tour 2017,Final>
■6月5日(月) 19:00 札幌/札幌コンサートホール Kitara
問:道新プレイガイド 011-241-3871
■6月8日(木) 19:00 東京/東京オペラシティ コンサートホール
問:カジモト・イープラス 0570-06-9960
■6月9日(金) 19:00 神奈川/神奈川県立音楽堂
問:神奈川県立音楽堂業務課 045-263-2567
■6月10日(土) 15:00 川口/川口総合文化センター リリア
問:リリア・チケットセンター 048-254-9900


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