映画『ありがとう、トニ・エルドマン』父娘の絆を結ぶのは、ホイットニーが愛した名曲

ポスト

マーレン・アデ監督最新作『ありがとう、トニ・エルドマン』が6月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開となる。元音楽教師で冗談好きな父と、今ひとつ噛み合わないキャリア志向の娘との絆を描いた物語だ。

◆『ありがとう、トニ・エルドマン』画像、予告映像

本作はワールドプレミアとなったカンヌ国際映画祭で大きな話題となると、アカデミー賞ノミネートをはじめ各国で40を超える賞を受賞。既に公開されたドイツ、フランスでは大ヒットを記録した。また、アメリカ公開の際に本作を観て惚れ込んだジャック・ニコルソンの猛プッシュにより、自身を主演に据えたハリウッド・リメイクも決定したのだとか。

互いに思い合っているにも関わらず、決してすんなりとは行かない父と娘の普遍的な関係を、温かさとクールな視点をあわせ持った絶妙のユーモアで描いた本作。冗談好きの父・ヴィンフリートと、故郷を離れ外国で仕事をする娘・イネス。仕事一筋で笑顔を忘れかけている娘を心配し、父は、出っ歯の入れ歯とカツラを装着し<トニ・エルドマン>という別人になって、神出鬼没に娘のもとに現れる。主人公の変装姿やブルガリアの精霊”クケリ”など、観ているだけでもインパクトがあるものがたくさん登場する本作だが、ここぞ、というときに父が繰り出す娘への贈り物が音楽であることにも注目したい。

物語も終盤、険悪な雰囲気を漂わせながら車に同乗する父ヴィンフリートと娘イネスはあるお宅を訪問する。そこでヴィンフリートは今日のお礼に、とオルガンに向かって演奏をし始める。最初は戸惑いながらも、意を決したようにオルガンの伴奏に合わせてイネスが歌う歌は、ホイットニー・ヒューストン代表曲の「GREATEST LOVE OF ALL」。イネスが胸に詰まった感情を歌に乗せて爆発させ、その場にいた全員の心を奪っていくシーンだ。


「──あなたが夢見ていた場所が さみしい場所になってしまったら 愛があなたを力づけてくれる」という一節をもつこの名曲は、惜しまれつつ2012年に他界したホイットニー・ヒューストンが、生前最も大事にしていた曲だという。元々はミュージシャンのジョージ・ベンソンが映画の挿入歌として最初に唄った曲だが、ホイットニー・ヒューストンが1985年に初めて発表したアルバム『Whitney Houston』(邦題:そよ風の贈りもの)の中に挿入されたその曲が、世界中で広まった。

ゴスペル歌手だった母親の影響を受けて幼少期からゴスペルを習っていたホイットニー。常々母親から「どんな時も自分に対して誇りを持って生きなさい」と言い聞かされてきた。その母から、歌手デビューが決まった際に「この曲を自分のものとして歌えるようになったら一人前」と言われ励まされたそう。

一見するとこの曲は愛する人へのラヴソングともとれるけれど、本来表現しているのは自分への最大の賛辞であり、誇りをもって生きる自分を心から愛する歌なのである。映画『ありがとう、トニ・エルドマン』では父ヴィンフリートがこの曲を娘イネスに歌わせるために伴奏する。仕事に必死になりすぎて疲れて泣いて自分を見失いかけているイネスに対し、度々突拍子もなく悪ふざけをふっかけるヴィンフリートだが、この歌を歌わせることでイネスにこの歌詞の意味に気づいてほしいと願いをかける(そして、イネスにも変化が起こる)シーンはこの映画の山場ともいえるところだろう。

その他にも本作ではたくさんの曲が劇中で使用されている。イギリスのロックバンド ザ・キュアが1989年に発表したヒットアルバム『Disintegration』の一曲目「plainsong」。今日本の若者たちからも大人気のDJ アヴィーチーのヒット曲「Wake Me Up!」や、エレクトロ・ロックの新星 キャピタル・シティの代表曲「Safe and Sound」はリミックスされて登場する。

ドイツ映画だからと言ってその国の色に富んだ選曲とは限らない。世界中が笑って泣いて、大ヒットを記録した一因は、世代を超えて愛され続ける曲や、最新のヒット曲などを散りばめた、世界中の“良いとこ取り”の選曲をしたところにもある。


(c) Komplizen Film

■映画『ありがとう、トニ・エルドマン』

6月24日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:マーレン・アデ 出演:ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー /2016 年 ドイツ=オーストリア 162分 / (c) Komplizen Film

【STORY】ヴィンフリートとコンサルタント会社で働く娘・イネス。性格も正反対なふたりの関係はあまり上手くいっていない。たまに会っても、イネスは仕事の電話ばかりして、ろくに話すこともできない。そんな娘を心配したヴィンフリートは、別人<トニ・エルドマン>となって、イネスの元に現われる。職場、レストラン、パーティー会場──神出鬼没のトニ・エルドマンの行動にイネスのイライラもつのる。しかし、ふたりが衝突すればするほど、ふたりの仲は縮まっていく……。

この記事をポスト

この記事の関連情報