今、最も勢いにのる女性シンガーソングライターのデイヤ。現在18歳の彼女は、ザ・チェインスモーカーズの「ドント・レット・ミー・ダウン」にフィーチャーされ、すでにグラミーの受賞経験がある。肩書きだけを見ると、ラッキーなシンデレラガールかと思ってしまうが、彼女は運だけに恵まれたシンガーではない。さまざまな楽器を操れる、本格派のシンガーソングライターなのだ。

◆デイヤ 画像&映像

■日ごとに自分の身に起きたことを
■消化しながら詞を綴った

ペンシルベニア州ピッツバーグに生まれのデイヤは5人姉妹の次女。その魅力的なエキゾチックな顔立ちはインドの血を引く祖父が所以で、本名の“グレイス”はヒンドゥー語で“Daya”と言う。幼い頃から音楽の英才教育を受けたデイヤは、3歳の頃からクラシック・ピアノをはじめ、11歳でジャズ・ピアノを学び、ギターやウクレレ、サックスも演奏できるというマルチな演奏家としての才能を持つ。

「ピアノを始めたのは両親たっての希望だったみたいね。その後でジャズ・ピアノを勉強したことで、即興パフォーマンスをする能力も身に付いたし、ソングライティングをする上でも、今の自分に役立っているわ」

ジャズ・ピアノを勉強してから、歌を始めたという彼女は、エイミー・ワインハウスやアラニス・モリセットに憧れを持ったと言う。このあたりは彼女のソウルフルで力強い歌い方の原点になっているのだろう。そんな彼女は、13歳の頃から曲を書き始めた。

「最初の数年間は真剣じゃなかったわ。1年に2〜4曲、ちょろっと作る程度だった。でもその後、成長して色んな体験をするうちに、書きたいことが増えていったの。それで真剣に曲作りに取り組むようになって、日ごとに自分の身に起きたことを消化しながら詞を綴ったわ。ほかの人たちとの関係だったり、色んなことをね。それが毎日の日課になって、独りでギターかキーボードを弾きながら書いていた。というか、私と音楽的に同じレベルで、一緒に曲作りができるような友達が周りにはいなかったから、たいてい夜に独りで作業をしていた」



そんな彼女がチャンスを掴んだのは17歳の時、Jojoの作品に関わる気鋭のソングライター、ジーノ・バーレッタが、LA在住の若手クリエイターを集めて曲作りのセッションだった。当時まだピッツバーグに住んでいた彼女だが、このチャンスを機にLAでの共同作曲作業に参加。そのときに生まれたのが彼女のデビュー曲「ハイド・アウェイ」となった。シンプルなエレクトロ・ポップ調ナンバーであるこの曲で聴けるデイヤの歌は力強く、ストレートに心に響く。アラニス・モリセットあたりの影響を感じるファルセットの使い方も巧みで、歌の完成度はデビュー曲とは思えないほど。この曲は近年の主流であるSNSからではなく、ラジオをきっかけに話題となり、ヒットへとつながっているあたりからも、彼女のシンガーとしての実力が伺える。

「この曲がリリースされた日には、みんなこの曲を知っていて、大音量で曲を流していたし、先生たちも私が教室に入るたびにこの曲をかけるの。なんだか自分のことじゃないような気がして、シュールな体験だったわ(笑)」

「ハイド・アウェイ」のヒットは、人気デュオ“ザ・チェイン・スモーカーズ”の目にとまり、デイヤは「ドント・レット・ミー・ダウン」のゲスト・ヴォーカルに起用される。改めてこの曲を聴くと、彼女が起用されたのは、歌唱力の高さを買われてのことであったように感じる。トレンドの先端を行く、抑制の効いたミニマルなスタイルでありながらも、EDM的なカタルシスを持ったこの曲の上で、彼女の歌はどんどん熱を帯び、後半部のパワフルな歌は、圧倒的ですらある。冒頭にも説明したように、この曲がグラミーに輝いたのも、彼女の歌のパワーあってこそだろう。

この成功の熱が冷めやらぬうちに、彼女はフル・アルバムを制作。本国ではすでに昨年にリリースされている『シット・スティル、ルック・プリティ』の国内盤が、7月5日にリリースされた。デビュー曲のきっかけをくれたジーノ・バーレッタなど、気心の知れた仲間が全面的に協力して制作された本作は、彼女が今熱中しているエレクトロ・ポップなサウンドで統一されている。流行のミニマルなスタイルを中心に、レゲエからバンド風味まで多彩で、バランス良く並んだ楽曲とともに、デイヤも繊細かつ大胆なヴォーカルが耳に残る。トラックの歌のバランスも良く、仰々しい感じもせず素直に聴けるところがまたいい。今年惜しくも他界した天才エンジニア、トム・コインズによる立体的なマスタリングも、本作のサウンドの素晴らしさを決定づけている。

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