【インタビュー】ヒグチアイ、かつてなくポップな新作『猛暑です-e.p-』に「いい意味で裏切れると思います」

■ この間、新宿で怪しい街頭アンケートに答えたんですけど
■ 「幸せです」って即答できる人は珍しいみたいです

──「みんなが幸せになってほしい」というのは、曲を書き始めた頃からある気持ちですか？

ヒグチ：いや、最初に曲を書いたときは、自分のなかにある言いたいこと、でも、言ったら人を傷つけてしまうようなことを書いていたので、そのときは、あくまで自分のことを幸せにしてあげたかったんだと思うんです。「それ、間違っているんじゃない？」とか、「私はそれ、嫌なんだけど」っていう自分の言いたいことを、曲のなかで言えるようにしてあげたかった。でも、「何故、自分には他の誰かに言いたいことがあるのか？」って考えたら、結局は、その「誰か」が幸せになってほしいからだって気づいたんですよ。

──たしかに、人が人に何かを伝えようとするということは、そういうことかもしれないですね。

ヒグチ：だから、私が言いたいことは、「最終的には、みんなが幸せになってほしい」ということなんだろうと思います。それは、ずっと思っていることですね。ちょっとずつの、みんなが同じだけの幸せを持っていれば、みんな幸せじゃんって。

──ヒグチさんが言う「みんなの幸せ」って、実現可能なことなんだと思いますか？　それとも、ある種の理想なんだと思いますか？

ヒグチ：う〜ん……世界的に見たらあり得ないことなのかもしれないけど、みんなが、自分の隣の人を幸せにすることができたら、可能なんじゃないかって思うんですよ。誰もが隣にいる人を幸せにして、そして、その幸せを、2人だけで分け合うんじゃなくて、ちゃんとまた、別の隣にいる人に渡していければ、幸せは全員を網羅できるんじゃないかなって思うんだけど……無理なのかなぁ？　今、人が幸せをどれくらい持っているのかはわからないけど……今は、「自分は幸せじゃない」と思っている人が多いですもんね。

──そうなんですかね？

ヒグチ：この間、新宿で怪しい街頭アンケートに答えたんですよ。

──怪しいのに答えたんですか？（笑）。

ヒグチ：気分がよかったんです（笑）。そこで、「あなたは幸せですか？」って訊かれたんですよ。私は「幸せです」って即答したんですけど、「こんなにサッと答えられる人は珍しい」って言われて。今、日本の人は、9割が「幸せじゃない」って答えるんですって。結局、そのアンケートの人には「LINEを交換しましょう」って言われたので、怖くて逃げてきたんですけど（笑）。

──ははは（笑）。

ヒグチ：そのとき、もうちょっと、「幸せ」のラインを下げないといけないんだなって思ったんです。たとえば、「言葉にしてみたら、あれは幸せだったな」とか、失恋した後に「あの頃は幸せだったな」って思うような、何かの情景を思い出したときに、「あの時は幸せだった。でも、今も目の前にはこういうものがあるんだから、今はそれを大切に思おう」って思えることはあると思うんですよ。

──そういうものを、ヒグチさんは音楽で提示したい？

ヒグチ：うん、そうですね。私の音や言葉や文字を通して、「幸せ」の尺度を思い出したり、再確認してもらえたらいいなって思います。

──最後に改めて作品の話をすると、『猛暑です-e.p-』に収録されているのは、「猛暑です」を筆頭に、“夏”がモチーフになっている曲が多いですよね。ただ、それは「夏！　楽しい！」という額面的な提示のされ方はしていなくて。これからやってくる夏の予感、過ぎ去った夏の余韻、そして、夏ど真ん中……そうやって、あらゆる角度から見た夏と、そこで生まれる人の心の動きが描かれている。今作は、そうやって様々な尺度の夏の幸せを提示している作品でもあるのかなと、今日のお話を聞いて思いました。

▲『猛暑です-e.p-』

ヒグチ：私、ひとりでも夏を楽しめるんですよ。みんなで海に行ったり、キャンプに行ったりはしないけど、お祭りにひとりで行くのが好きだし。夏って、ひとりにも優しい季節だと思うんですよね。それに夏って、その前後にいろんなドラマが起こるじゃないですか。「夏が始まるから恋人作んなきゃ！」とか、「あの恋は、夏の一時だけで終わってしまったな……」とか、気持ちが動く。そういういろんなことを含めて、私にとって夏は、すごく幸せな季節なんです。

取材・文＝天野史彬

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