【インタビュー】スカート、ポップスがポップスであるために抗うメジャーデビュー作『20/20』

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スカートとは何か? それは澤部渡という宝石のような才能を中心にしたバンドであり、ソロプロジェクトであり、都市のポップスの伝統を継ぐものであり、一人の夜をイヤホンに託す音楽好きの心に寄り添うパーソナル・ミュージックでもある。まさかのメジャーデビュー作『20/20』(読み:トゥエンティ/トゥエンティ)に収められたのは、これまで以上に晴れやかでグルーヴィーなポップ・チューンでありつつ、ひっそりとした孤独とはかなさ、繊細なガラス細工のような危うい美しさをたたえた珠玉の11曲。ポップスがポップスであるために、コンビニエンス化する音楽シーンの風に抗ってひるがえれ、スカート。

◆スカート 画像


■記憶がある頃にはもう音楽好きの自分なんですよ、3歳ぐらいの頃から。

──前から聴かせていただいていますけども、澤部さんの曲は東京のポップスと言いますか、渋谷でレコードを買いまくってた人が作る音楽という感じがすごくしていて。とてもしっくり来るんです。

澤部渡(以下、澤部):ありがとうございます。うれしいです。東京が、と言われることはあんまりなくて、いわゆるもっとシティポップっぽいことをやってるバンドはたくさんいるんで。あくまで都市の音楽であるという自覚はあるんですけど。

──中高生の遊び場は、やっぱり渋谷とかですか。

澤部:全然。池袋でしたね。僕、中高が池袋の隣の要町という駅だったんで、いわゆる山手線の外側の人間なので。内側の感じではないんです。

──渋谷、青山とか、風街ではなく。

澤部:全然ないんです。

──池袋のレコード屋だとWAVEとかですか。

澤部:WAVEは行かなかったですね。VIRGINに行って電気グルーヴのアナログとかを買うような中学生でしたね。お小遣いが限られてる中でなんとかやりくりして、CD買ったりレコード買ったりしてましたね。

──その時代が澤部さんのルーツですか。

澤部:一つのルーツという感じですかね。ずっと地続きなので、そこだけに固まってるわけではないですけど、多感な時期だったので、その時に会うレコード一つ一つに意味があったみたいな感じはありますね。今みたいに無駄撃ちできないじゃないですか。

──ネットで聴くこともできないですし。

澤部:高校2、3年でYouTubeが出てきて、当時の美術の先生と「小沢健二のミュージックビデオが全部上がってる!」って、キャッキャ言ってたのを覚えてます(笑)。

──音楽を聴く環境が変わっていく真っ只中ですね。

澤部:そうなんです。多感な時期にYouTubeがなかったのは痛手ですね。

──そんなことないと思いますよ。レコード屋で探したもののほうが思い入れが強くなることもありますし。でも今小沢健二の名前が出ましたけど、そのルーツは澤部さんの音楽から強く感じます。

澤部:うれしいです。もちろん大好きなので。

──年齢からすると、ちょっと後追いですか。

澤部:いえ、『LIFE』が出た頃にリアルタイムで聴いてました。あれが94年か95年だから、僕が7、8歳ぐらいですかね。

──えっ? それは相当に早いですよ。

澤部:早いんですよ。本当に、記憶がないぐらい幼い時から音楽に興味があったみたいで。記憶がある頃にはもう音楽好きの自分なんですよ、3歳ぐらいの頃から。毎週欠かさずミュージックステーションを見て、そこでいろんな音楽を聴いてましたね。

──なんでもお母様がすごく音楽好きだったとか。

澤部:そうなんです。母はちょっとミーハーな部分があったのか、ある時期まで雑多にいろんな音楽を聴いてて、家にレコードが残ってたんですね。僕が小4、小5ぐらいの頃にYMOに興味を持ちだして、家にYMOのレコードがあることを知って、プレイヤーを買ってもらって聴いてましたね。YMOとか、RCサクセションとか、遠藤賢司さんとか。というマセガキだったんですね。

──ものすごくいい環境です。

澤部:いいか悪いかはわからないですけど、特殊な環境だったのかもしれないですね。ただ、子供の頃にもっとたくさんレコードがあったんですけど、どこかで処分したらしくて、残ったのは200枚ぐらいだったと思うんですけど。昔は棚一面がレコード、という記憶がぼんやりあるんですよね。

──それは本当のルーツですね。きっと。

澤部:あれがなかったら、とは思いますね。こうはなってなかったかもしれない。

▲メジャー1stアルバム『20/20』

──スカートの音楽にはソウルミュージックの香りもかなり感じるんですけども。

澤部:ああ、それが実はそんなに聴いてないんですよ。好きは好きなんですけど、まだわからない部分があって。プリンスとかスティーヴィー・ワンダーはすごい好きなんですけど、ブラックミュージックというよりはポップミュージックとして聴いてる部分があって。リロイ・ハトソンとかすごく好きなんですけど、すごく真面目に聴いてるか?というと、飛び飛びなんですよね。僕、ずっとマーヴィン・ゲイがわかんなくて、最近『ミッドナイト・ラヴ』を聴いて、なんでこんなにいいアルバムを誰も教えてくれなかったの?って思ったり。ブラックミュージックって、コード進行があってメロディはあるんですけど、メロディが不確かだったりして、歌詞がないと気持ちよくないんだなということがだんだんわかってきて。プリンスやスティーヴィー・ワンダーはちゃんとメロディの快楽があるなあと思うし、僕はやっぱりメロディが好きなのかなと思う時はあります。

──「静かな夜がいい」とか、ソウルフルでありつつ、メロディがきれいに整っていて、ちょっと山下達郎さんぽいなあと思って聴いていたり。

澤部:何でしょうね。ジャズも好きなので、そういうのもあったりするのかな。しかも好きなものって意外と白人が多いんですよ。タル・ファーロウというギタリストがすごく好きで、あとチェット・ベイカーとか。いわゆるめちゃくちゃうまくて、モードの技法がとか、そういうタイプじゃないんだろうなということも、だんだんわかってくるんですよね。

──ポップス体質ということですかね。あまりディープでマニアックな方向へは向かわない。

澤部:根がミュージックステーションなのかもしれない(笑)。あれで聴き始めるきっかけになったということがすごく多いんですよ。YMOに興味を持つのも、ミュージックステーションに森高千里さんと細野晴臣さんが出ていたのを見て、隣のおじさんは誰なんだ?って母に言ったら、この人は昔YMOというバンドをやっていたんだという話を聞かされて。しかも、たまたま小学校の図工の先生がYMOが好きだったから、だったら聴いてみたいという感じで聴き出したのが最初だったんで。小沢健二さんも確か出てましたよね。「Buddy」とか歌っていたのをよく覚えてます。

──その番組に、まさか自分が出ることになるとは夢にも思わず。しかもスピッツと一緒に。

澤部:そうですね(笑)。あれは本当にびっくりしました。こんなことあっていいのか?と。

──どんな体験でした?

澤部:あわただしかったですよ。生放送だし、それに向けて何度もリハーサルをやったり。今までの自分にはなかった体験で、とても面白かったです。

──澤部さん、憧れの人に次々と会えてますよね。スピッツ、ムーンライダース、カーネーションとか。

澤部:そうなんですよ。だから絶対27歳で死ぬと思ってたんですけど(笑)。こんなに正当に評価されて、正攻法でいろんな人に会えて。ということは、絶対に早死にするなと。

──ということは、自分はどっちかというとマニアックな、少数派のフィールドにいると思ってたわけですか。

澤部:もちろん。今でもマニアックですよ。

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