【インタビュー】J、死生観/ヴィジュアル系を語る「終わりと始まりを感じながら進んできた」

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■そういうつもりでヴィジュアル系という
■名の下にやったわけではなくて

──では、ふたつ目のテーマ、ヴィジュアル系というワードについて伺います。‘90年代はおそらく、勝手に貼られたレッテルのようなものとして反発もあったのでは?と思うんです。しかし近年、LUNA SEA主宰の<LUNATIC FEST.>や<VISUAL JAPAN SUMMIT>など画期的なフェスも開催され、源流は同じでも多様な進化を遂げた音楽性のバンドが一堂に会するのを目の当たりにし、ヴィジュアル系という言葉の裾野の広さ、スピリットについても再考させられました。Jさんは今、ヴィジュアル系というワードに対し、どんな距離感なのでしょうか?

J:そうですね……昔となんら変わっていないんですけど。自分たちが音楽を始めた頃は、“他の誰にもなりたくなかった”という想いの中から、例えば黒い服を着たり、メイクをしたり、楽曲をつくっていたりしたわけですよね。自分たちの存在証明、というか。他と一緒だと、存在する意味がなかったんですよ。毎日毎日それを探し続けながら生きていた。そんな中で、同じような想いを抱えたバンドと、先輩後輩含めて、自然と出会っていくわけですよね。それが力となり集団になっていき、そういったシーンになっていって、その時に“ヴィジュアル系”みたいなふうに言われ始めた、というか。当時そう付けられた時、どこまでを表わしているものか分からない言葉だったわけじゃない? ある種、差別用語的な部分もあったと思うし。

──蔑称説もありましたね。

J:そうそう。俺たちはそういうつもりでヴィジュアル系という名の下にやったわけではなくて、結果的にそうなったタイプのバンドだから。でも、ちょっと時間が経ってくると、それを上辺だけ真似されたり、自分たちの想いとは全然別のところでそういうシーン自体ができあがってきたりしたことに対して、「ああ、自分たちとはちょっと違うよな」と。「それを全部一緒に括られちゃうのもおかしくないかな?」と思った時は正直、あったな。まあ、分かりやすくて括りやすくて、便利な言葉ではあったんだろうけど。昔はよく音楽雑誌にバンドメンバー募集欄ってあったじゃないですか? いつの日からか「ヴィジュアル系やりたいです」「僕たちヴィジュアル系です」みたいなことが書かれ始めた時、「いや、これってどうなんだろう?」って思ったよね。

──音のことは何ひとつ表してないですよね(笑)。

J:ははは。でもそういう意味では、新しい音楽ジャンルというモノを作れたのかもしれないよね。もしかしたら、彼ら彼女らは“音楽までも表している言葉”として遣っていたのかもしれないからさ。僕ら自身はそうなりたくて始めたわけではなかったものが、彼ら彼女たちはとっては、“それになりたくて”始めるものになっているわけじゃないですか? そうするとやっぱり、自分たちが活動を始めた当時とは感覚が違うから。「あ、それは別のものなんだよね」と。そう受け入れるのにはちょっと時間が掛ったかな、俺自身はね。別に今は、俺たちのことをそう思いたいやつがいれば、それはそれでいいし、そうであっちゃいけない理由もないし。そう呼ばれたからって何かがマイナスになるようなことはしてきてはないし。そういう意味では、昔よりは自然に受け入れてはいるけれど。

■“LUNA SEAみたいなバンド”
■である必要はないんですよ

──例えば、ヴィジュアル系というシーンを好き、という層が海外にも存在しているなど、進化を遂げている部分もありますよね。

J:そうですね。今は日本の特異なものとしてそれが海外に響く、最初は想定してなかったことなんじゃないかな?。俺たちが見て来た音楽シーンは、層がひとつしかなかったから。例えばビルボードも、ひとつのチャートしかなかったし。ロックミュージックとして全部がまとまっていたシーンだったからね。でも、もう今は何層もあるでしょ?

──たしかに、そうですね。細分化していますから。

J:それを昔と比べるのはちょっとやっぱり、無理があるのかな?とは思う。

──なるほど。いずれにせよインパクトのある言葉であり、今ヴィジュアル系というシーンで活動しているミュージシャンの中には、「Jさんにすごく憧れて始めました」という人も多いです。フォロワーをたくさん生み出した、という事実はありますよね。

J:うん、自分自身がずっとやってきたこと……音楽もそうだし、マインドの部分でも、何かが伝わってくれたらいいよな、とはすごく思うんですよ。全然違う音楽をやっていても、「LUNA SEA好きだったんです」「LUNA SEAを見てバンドを始めたんです」と言ってくれるバンドがたくさんいるしね。でも本当に、俺にとっては、俺って俺しかいなくて、彼らは彼らしかいないわけで、決して同じにはならないんですよね。それはとても自然なことだし、とても大切なことだとも思う。だから好きだったからって、“LUNA SEAみたいなバンド”である必要はないんですよね。というか、逆なんですよ。“LUNA SEAみたいなバンド”でいるべきじゃない、というか。「本当の意味での君たちはどうなんだよ?」って意味でね。そういうところに辿り着いてほしい、という想いはある。同じようにステージに立つ人間としてね。当然、好きなものが一緒だという場合もあるし、似てることもあるんだろうけれど、でも、最初の段階で言った、俺たち自身は誰かになりたくて始めたわけじゃなかった、ということ。「俺たちが俺たちでいたかったから始めたんだ」という、その理念や想いが伝わっていれば、“LUNA SEAみたいなバンド”なんていうのは出て来ないだろうし。出て来たらおかしいですよね?

──本質を理解していれば、似せようとは思わないはずですもんね。「Jさんみたいになりたい」というミュージシャンがJさんの元に来たら、とくとくと諭しますか?

J:いやいや(笑)。でも、僕のことを慕ってくれるような人は、そういうことに気付いている人たちがすごく多いですよ。自分たちのスタイルを持ってやっているバンドやミュージシャンが多いから、俺は刺激をもらってるけどね(笑)。

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