【師弟対談】フルカワユタカ × TGMX、「フルカワの状態がいいってことを教えたい」

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■なぜか僕はパンツ一枚で正座して
■話を聞くみたいな──フルカワユタカ

──まだ単なるバンドマンの先輩後輩っていう関係だった頃、お2人はどんな付き合いだったんでしょうか。

田上:まず僕はフルカワのことが好きだったし、フルカワも好きだって言ってくれるんで、「じゃあ俺ん家のそばに住め、なんなら引っ越し代も貸してあげようか?」っていうところから始まって(笑)。たしか部屋探しも一緒に行った気がする。

──弟みたいな感じだったと。

田上:もちろんフルカワだけじゃなくて他のメンバー2人もそうで、僕が歳上のぶん、いろんなことを教えてあげたかったのと、あと僕らより若い世代の感覚を知りたいっていうのもあって。だからよく遊んでたし、フルカワを連れまわしていろんな人に紹介して。

フルカワ:遊んでましたね、毎晩のように。例えば夜中の2時に電話かかってくるんですよ。こっちは風呂入って髪が濡れてる状態なのに(笑)。で、田上さんに限らず先輩たちの溜まり場みたいなバーがあって、そこに行くとTOSHI-LOWさん (BRAHMAN/Vo) がいたり。で、なぜか僕はパンツ一枚で正座して話を聞く、みたいな。あと、沖縄にも着の身着のままで連れて行かれたり(笑)。

田上:沖縄も「行くぞ」って言ったら旅行費ないっていうからみんなで出し合って。

──話を音楽に戻します(笑)。さっき話に出た『PINK PaNK』と『WE IN MUSIC』は、当時プロデューサーとしてどういう作品にしようと思ってたんですか。

田上:まず誰もやったことないことをやろうっていうのが念頭にありました。当時だと日本でシンセとか打ち込みをやってるロックバンドがほとんどいなかったんで、それをやろうと。最初フルカワはちょっと嫌がってましたけど、だんだん面白くなってきたみたいで。もちろん3人でやってるバンドなんで、シンセを入れるとライヴがやりにくいっていうのがあったと思うんですけど。それをメジャーに行ってから自分たちで咀嚼して、上手く自分たちの中で収めるこができて。古い言い方だけどダンスロックっていうのを作り上げたのは最初じゃないかなと、僕もちょっと自負してるところがあって。

──あの2枚というのは、ドーパンの土台というか背骨のようなものというか。当時田上さんと出会ってなければ、ああいうサウンドアプローチには……。

フルカワ:なってなかったですね。こんな話、したことないですけど、メジャー行ってからもずっとそれがコンプレックスで。田上さんとエンジニアの及川さんって人がいるんですけど、その2人がいなかったらこうはなってないという強迫観念があって。今でこそなくなってきたけど、メジャーに行ってからもずっとそれがあって。

──もともとああいう音色に対して、フルカワくんは……。

田上:全然興味はなかったですね。

フルカワ:最初は嫌がってました。3ピースのバンドがなんで打ち込みなんだ?っていう。

田上:フルカワが作ってくるメロディはすごくいいんですけど、これを普通に演奏しちゃうと単なる“いい音楽”で終わっちゃうと思って。だからクセのあるアレンジがいいなって。僕もプロデュースはDOPING PANDAが初めてだったし、それが正解なのかわからなかったけど、とにかくやろうと。

──サウンドのみならず、バンドそのものをプロデュースしてたんですね。

田上:そうですね。当時のセットリストの曲順まで僕が決めることもありましたから(笑)。

フルカワ:だから3人だけで話し合ってると怒られましたからね。「なんで3人で決めちゃうんだよ」って。

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