【インタビュー後編】マリリオン「前進することを止めるつもりはない」

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現代のUKプログレッシヴ・ロックを代表するバンドのひとつであるマリリオンは、2017年10月に23年ぶりの日本公演を大成功に終え、新たな音楽の可能性への旅路を続けている。スティーヴ・ホガース(Vo)へのインタビュー後編では、その軌跡とプログレッシヴ・ロックとの関わりをさらに掘り下げるのと同時に、その未来、そして自らの名前を冠したライヴ・イベント<マリリオン・ウィークエンド>、そしてバンドが向かっていく先などについて語ってもらった。

◆マリリオン映像&画像


──現在のイギリスにおいて、プログレッシヴ・ロックは活況を呈し、スティーヴン・ウィルソン、アナセマ、パイナップル・シーフなどが人気を博していますが、昨今のシーンをどう捉えていますか?

スティーヴ・ホガース:正直何とも思わない…というかあまり知らないんだ。スティーヴン・ウィルソンとは一緒にやったことがあるし、とても才能にあふれた人だと思う。スティーヴンは『marillion.com』(1999)の半分を共同プロデュースしてミックスも手がけてくれた。最近も『ブレイヴ』(1994)の5.1chリミックスをやってもらったんだ。2017年9月、日本に行く2週間前に彼の家に行って、仮ミックスを聴いたばかりだよ。オリジナルの精神を受け継ぎながら音空間に拡がりを持たせたミックスで、素晴らしい仕上がりだった。スティーヴンは『ブレイヴ』が発表されたときから好きだったと言っていたし、あまり大胆にミックスを改変したりはしなかった。ポーキュパイン・トゥリーのライヴも何度か見に行ったことがある。キーボード奏者のリチャード・バービエリとは友達だし、コラボレートしたこともあるからね。リチャードとは『Not The Weapon But The Hand』(2012)というアルバムと『Arc Light』(2013)というEPを一緒に作った。リチャードは本当に天才だね。素晴らしい才能に満ち溢れているよ。彼も基本的にプログレッシヴ・ロックの人ではないんだ。それよりもエレクトロニック・ミュージックの音楽家に近いと思う。それに実際のところ、昨今のシーンについて語ることなんてできないよ。いつも新しい音楽をチェックしているわけでもないしね。新しめの音楽ではマッシヴ・アタックが好きだよ。


──マリリオンの「ジ・インヴィジブル・マン」(『マーブルズ』(2004)収録)はマッシヴ・アタックやポーティスヘッドを思わせるエレクトロニカ・テイストで始まって、徐々にプログレッシヴに先祖返りしていく、まさに音楽の旅路ですね。

スティーヴ・ホガース:「ジ・インヴィジブル・マン」はマリリオンの曲でお気に入りのひとつだし、そう言ってもらえると嬉しいね。この曲では音楽と歌詞が理想的な形でクロスオーバーしたんだ。『FEAR』でも「エルドラド」や「ザ・ニュー・キングス」「ザ・リーヴァーズ」でそれを実現できたと思う。音楽が言葉を追い、言葉が音楽を追う。僕は常にそんなアプローチを追求してきたんだ。

──リチャード・バービエリが1970年代から1980年代にかけて活動していたジャパンは聴いていましたか?

スティーヴ・ホガース:うん、『錻力の太鼓』(1981)は傑作だよ。初期のファンキーな路線は決してハマらなかったけど、後期の彼らは唯一無二の音楽性を確立していた。各メンバーの演奏スタイルも革新的だった。リチャードのプログラミングは当時、誰もやったことがなかったものだし、ミック・カーンのベースは斬新だったね。あの時代の音楽は、誰もが新しいことにチャレンジするのを恐れていなかった。パンク・ロックから脱却して、音楽を新たに定義しようとする作業だったんだ。『錻力の太鼓』もそうだったし、プリファブ・スプラウトがトーマス・ドルビーをプロデューサーに迎えた『スティーヴ・マックイーン』(1985)、ブルー・ナイルの『ウォーク・アクロス・ザ・ルーフトップス』(1986)もそうだった。

──マリリオンには世界中に熱心なファンがいて、2017年版<マリリオン・ウィークエンド>フェスティバルはイギリス、オランダ、ポーランド、チリで開催されましたが、ポーランドやチリのファンの反応はどんなものですか?

スティーヴ・ホガース:最高だよ。過去10年ぐらい南米をツアーしてきたけど、どの国も凄まじい盛り上がりだ。その中でもチリのサンティアゴはハイライトのひとつだったんだ。だから<マリリオン・ウィークエンド>を南米でやるとしたら、サンティアゴでやるべきだと感じた。もちろん地元のファンが大勢集まってきたけど、世界中のファンがたくさんやってきたんだ。ニュージーランドなどから来たファンもいた。ロイヤル・アルバート・ホールでやったときもメキシコ、ブラジル、アメリカ、オーストラリア...彼らの熱意は本当に嬉しいし、感謝している。

──あなた自身、好きなバンドを見るために遠出したりしますか?


スティーヴ・ホガース:自分の体験からすると、せいぜい自宅から30マイル(≒50km)ぐらいかな。いつも世界中をツアーして回っているから、他のバンドを見るために飛行機に乗ってまで外国に行くというのはあまり考えたことがない。バカンスで外国に行ってライヴを見るというのはスリルのある経験かも知れないね。マリリオンを引退したら、ぜひやってみたいよ。

──今後<マリリオン・ウィークエンド>はさらに拡大していくのでしょうか。

スティーヴ・ホガース:そうなることを信じているよ。<マリリオン・ウィークエンド>は我々の想像を超えて成長してきた。オランダでは2年に1回やっているけど、毎回お客さんは増えているし、いろんなアイディアが提案されて、バンドもファンも楽しんでいる。金・土・日曜日の3日公演だし、まったく異なるショーをやるから、約7時間のセットリストをリハーサルしなければならないけどね。せっかくリハーサルしたんだから、他の国でもやりたいと考えて、イギリスやカナダ、チリ、ポーランドなどでも開催することにしたんだ。メキシコでもぜひやりたいんだけど、税率が高いのがネックかな。収益のほとんどを税金で持って行かれてしまうんだ。

──将来的にはぜひ<マリリオン・ウィークエンド・ジャパン>を実現させて欲しいです。

スティーヴ・ホガース:今回のジャパン・ツアーは2公演ともソールドアウトになったし、好感触を得たよ。これから何度か日本をツアーして、ファン層をさらに拡げることができたら、ぜひ<マリリオン・ウィークエンド>をやりたいね。

──マリリオンには世界中に熱心なファンというかマリリオン・オタクがいますが、『アノラクノフォビア』(2001)Anoraknophobiaは“オタク+NO+恐怖症”=“オタクは決して怖くない”という意味ですよね?

スティーヴ・ホガース:その通りだ(笑)。鉄道マニアがアノラックの上着を着ていることが多いから、何かに異常な熱意を持つマニアのことをアノラックと呼ぶようになったんだ。電車だけでなく切手コレクターやラジオを自作する人とかね。彼らは決してメインストリーム文化の担い手ではないけど、彼らが寝室でマニアックな趣味を重ねてきたからこそインターネットは発展したし、世界は変わっていったんだ。オタクは恐怖の対象ではないんだよ(笑)。マリリオンはインターネットの初期から深い関わりを持ってきた。1997年にはネット経由でファンから資金を募ってツアーをやったこともあったんだ。まだクラウドファンディングというものが盛んになるずっと前のことだよ。『アノラクノフォビア』もファンから制作費を募って制作した。21世紀において、メジャーのレコード会社と契約する必要がないことを証明したんだ。1999年のアルバムを『marillion.com』と名付けたのも有効だった。マリリオンというバンドがインターネットという新しいものに取り組んでいることを知ってもらえたし、URLアドレスをタイトルにしたことで、すぐにアクセスできるようになったからね。当時はまだロック・バンドがウェブサイトを持っているのは珍しかったんだ。当時、バンドのウェブサイトを作ってくれた人が、「ドメインネームをいくつか登録しておこうか?」と提案してきたのを覚えている。BBC.comとかIBM.comを登録しておけば、後で儲かるってね。少し考えてみたけど「我々はロック・バンドだし、そういうことには手は出したくない」と断ったんだ。大儲けのチャンスを逃したかも知れないけど、まあ、幸せな人生を過ごしているし、後悔はないよ。

──<マリリオン・ウィークエンド>などではたまにサプライズとしてフィッシュ時代の曲をプレイしていますが、前任シンガーの曲を歌うのはどんな気分ですか?気に入っているものはありますか?


スティーヴ・ホガース:初期の曲を歌うのが嫌だと感じたことはないよ。どうしても歌わなければならない状態に追い込まれたらきっと拒否するだろうけど、無理強いされたことは一度もない。<マリリオン・ウィークエンド>みたいなコアなファンの集会で「マーケット・スクエア・ヒーローズ」や「ガーデン・パーティー」をやるのは楽しい。でも、初期の曲をプレイしなくても、今のラインアップになって14枚のアルバムを発表してきたからね。マリリオンにとって最大のヒット曲は僕が入る前の「追憶のケイリー」(1985)だけど、特にプレイしなくても文句が来たことはない。もちろんプレイしたら、大きな歓声が沸き上がるだろうけど、義務としてプレイするつもりはない。我々はバンドとして、過去のヒット曲に頼らずに済むように、常に最高のニュー・アルバムを作ろうと肝に銘じているんだ。

──「追憶のケイリー」は全英チャート2位というシングル・ヒットを記録しましたが、いわゆる代表曲ではありませんね。

スティーヴ・ホガース:うん、もう30年前の曲だしね。ただ僕も「追憶のケイリー」は好きな曲だし、たまに歌ってファンの反応を見るのは楽しい。数年前、ディープ・パープルとヨーロッパ・ツアーをやったときは数回プレイしたし、最近もたまにやっているよ。『旅路の果て』(1987)から「ウォーム・ウェット・サークルズ」もプレイしたし、自分が加入する前の曲も好きなんだ。

──現在のマリリオンは初期のように、神話のグレンデルについて歌ったりすることはなくなりましたが、J.R.R.トールキンの『シルマリルの物語』から得たバンド名を名乗り続けることに対して抵抗を感じたことはありますか?

スティーヴ・ホガース:抵抗を感じたことはないけど、僕がバンドに加入したとき、名前を変えるべきだったかもね。でも30年近くが経ってしまって、もう手遅れだ(笑)。このバンドにはマリリオンという名前が定着しているから、今更変えるわけにもいかない。まあ、バンド名を気にするよりも音楽の出来映えを気にしているよ。RとLが混在するバンド名を発音するのは、日本人にとって難しいと聞いたことがあるけど、それと関係なくバンドの音楽を愛してくれたら嬉しい。

──身長2メートルで顔面ペインティングをしたカリスマ的シンガーであるフィッシュの後任を務めるのは大変だったのでは?

スティーヴ・ホガース:実はそれほど大きなプレッシャーはなかったんだ。フィッシュと僕ではあまりにシンガーとして異なっているし、ビジュアル面のイメージも異なっていたから、僕は自分であることができた。過去に頼る必要がなく、ナチュラルでいられたんだ。僕が加入して最初のアルバム『美しき季節の終焉』(1989)はバンド全員にとって壮大な実験だった。過去のことを考える暇なんてなかったよ。

──ライヴでフィッシュ時代の曲を歌うのはどうでしたか?

スティーヴ・ホガース:うん、ふと我に返ったのは、アルバムを完成させてツアーに出るときだった。まだ僕が加入してアルバムを1枚しか作っていないし、ライヴでは過去の曲もプレイすることになる。とにかくベストを尽くすしかなかったよ。自分らしさを採り入れて、それでいて昔からのファンを失望させないように頑張った。それに、フィッシュ時代の曲を歌うのはチャレンジだったし、楽しくもあった。お客さんからの暖かい反応も嬉しかったし、僕をファミリーに受け入れてくれたことを今でも感謝しているよ。それからアルバムとツアーを追うごとに新曲が増えていって、今のバンドがあるわけだ。

──これからのマリリオンの活動を楽しみにしています!

スティーヴ・ホガース:僕自身、マリリオンで毎日を楽しんでいるんだ。これまで作ってきたアルバムはどれも誇りにしているし、ツアーもエキサイティングだ。でも僕たちは前進することを止めるつもりはない。次のアルバムはさらに素晴らしいものに、次のツアーはさらにエキサイティングになるだろう。マリリオンというバンドで世界中のファンと共に前進を続けられるのは本当に幸せなことだよ。

取材・文:山崎智之

マリリオン作品

『SIZE MATTERS(LIVE)』
【50限定 輸入盤2枚組CD】¥2,300+税

『HOLIDAYS IN EDEN(LIVE)』
【50限定 輸入盤2枚組CD】¥2,300+税

『F E A R』
【CD】¥2,500+税

『レス・イズ・モア』
【CD】¥2,500+税

『ア・サンデー・ナイト・アバヴ・ザ・レイン』
【Blu-ray+2枚組CD】¥6,000+税
【2枚組DVD+2枚組CD】¥6,000+税
【2枚組CD】¥2,800+税

『ライヴ・フロム・カドガン・ホール』
【Blu-ray+2枚組CD】¥6,000+税
【2枚組DVD+2枚組CD】¥6,000+税
【2枚組CD】¥2,800+税

『マーブルズ・イン・ザ・パーク』
【初回限定盤Blu-ray+2CD】¥7,000+税
【初回限定盤DVD+2CD】¥7,000+税
【通常盤Blu-ray】¥5,000+税
【通常盤DVD】¥5,000+税
【2枚組CD】¥2,800+税

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