【連載】中島卓偉の勝手に城マニア 第69回「造海城(千葉県)卓偉が行ったことある回数 1回」

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水軍の城、造海城である。日本には海辺にたくさんの水軍の城跡が存在する。戦国時代の天下人を目指す武士達は、陸での領土争いが激化する中、海の縄張りまではさほどこだわりはなく、ちょっとした移動や物資を運ぶ手段として海を使い、その都度水軍の手を借りていた。同じ武士でも位的には陸の武士達の方が格上だったようで、困った時に利用する関係、もっとも水軍側からすると武士との付き合いは小金を稼ぐには持ってこいの関係だった。そこはお互いにリスペクトを匂わせうまくやっていたようである。


築城は1461年、真里谷氏。その後里見水軍の里見氏、正木氏へと受け継がれていく。徳川幕府が天下を取る前1590年に廃城。この城の注目すべき点は戦の無くなった江戸時代にペリー来航をはじめ、外からの船を撃破する為に台場、砲台が築かれていることだ。城内に2箇所砲台の跡が残っている。よって戦国時代前の水軍が作った城と江戸幕府が幕末まで管理していた頃に後付けで増築された部分が半々残る城と言っていいだろう。海に面した山に作られた城は「T」の形をしており、人間が行き来するにあたり上り下りするには大変だってことで周辺にはいくつかの岩の切り通しが見られる。今は城の下をトンネルが開通。城山もほぼ岩山で、至る所に石を切った跡が垣間見れる。どうやら江戸城の石垣にするためにここから石を持って行ったそうな。




大手は燈龍坂大師側となる。本堂の横の切り通しの石段から城内ということになるがこの城はちゃんと整備されていないので、まず順路がない。全体像も分かりにくい。掲示板もない。よって曲輪の名前もない。音楽シーンに埋もれてしまっている卓偉と同じである。マニアにしか判断出来ないかなりレベルの高い名城なのである。よって素人だけで行くとまったく理解出来ない場合があるかもしれない。説明がいくらかないと分かりづらい、いや説明があっても城内では自分がどこにいるのかわからなくなるラビリンスな城である。もちろん城全体がちゃんと整備されていれば全貌も見えてくるのだろうが、手すりも何もない城内、ましてや目の前は海、そこに縦に切られた崖のような竪堀、両サイド絶壁、道も細い。はっきり言って超危険である。来城は天気の良い日だけにしてほしい。雨など降ったらタダでさえ細い道がぬかるんでとんでもない状態になる。今回初めて来城するにあたり、またしてもtvkミュートマ2の私の城コーナーのロケで来れたのだが、実はこれより前に何回も雨にやられてロケが延期になった。見学に訪れる場合にたとえ当日晴れていても前日に雨が降ったならそれもやっぱり危険だと判断したい。だが、そこまで危険な城であっても見所は満載だし、実によく出来ている城なのだ。掲示板がないだけで決してマニアックな城ではないのだ。まさに城マニアが唸る城、メタリカのジェームスのグリスくらい唸る造海城なのである。



まずこの城の魅力として、曲輪の数の多さ、これにたまげる。タマランチ会長である。長野オリンピックの時のIOC国際オリンピック委員会会長がサマランチさんだったことにより、当時たまらんことを「サマランチ!」とよく言ったものである。曲輪の数は観音寺城よりも多いと思う。どこもかしこも段に区分けされた曲輪が存在する。こんな急斜面登って来れないよなぁと崖の下を覗くと崖の途中に曲輪が見えたりする。一体どこにそこまで移動する道があるのか。歩いて見れる範囲の曲輪も下の段に降りる道がどこにもなかったりする。当時は木の階段があったのだろうか?この無数の曲輪にまず脱帽。まさに曲輪祭り、曲輪だらけの水泳大会、ポロリもあるよ!だ。城内に二箇所あると言われる砲台の跡を探すべく、大手から城を正面に見て左側の曲輪群を歩き回ったがラビリンス過ぎて探せなかった。これ超残念。ロケで時間も限られていたこともあり、いや違う、マネージャーの砂田が夕方から私より大事な他の現場があるとのことで早めに切り上げなければいけなかったのだ。砂田のくせに生意気である。奴は人生がラビリンスだというのに。次回ここはしっかり把握したいと思う。


もう一つの見所は何と言っても切り通しで作られた横堀、しかも水堀が存在するのだ。山城に水堀?と思うがこれがまた超神秘。岩に木の根っこがまとわり付き日本じゃない雰囲気だ。普通に千葉県富津市なんだけれども。天空の城ラピュタ的な幻想を感じる。この岩に挟まれた場所で喋ると天然のアンビエンスが手伝って声にショートディレイがかかったように聞こえる。ここでディレクター兼カメラマンの天才菊谷さんはシャウトした。

「パズ~~~~~~~!!!!!!!」

すかさず私もシャウトを返す。

「チ~~~~タ~~~~~~!!!!!!」

ベタにもほどがある。


我々がロケした時はさほど水は溜まってなかったがこんな山の中にここだけ水堀が存在することに呆気にとられる。よくぞ作られた。拍手である。まさにタマランチ。もちろん籠城に備え水の蓄えとして作られた意味もあるかもしれない。でも城内にはいくつかの井戸の跡もあるのでやはりこの水堀は防御の意味合いが強いと言える。この水堀は決して渡ってはならぬ。以外にも深さがあるという。この堀まで敵を誘き寄せて岩盤の上から仕留める仕組みだ。

城の一番高いところにはこれまたいくつもの広々とした曲輪がある。どこが本丸かはわからない。どの曲輪も眺めが最高だ。目の前は三浦半島、鎌倉も見えるし、富士山も見える。天気が良ければ都内の高層ビルも見える。太平洋側から東京湾に(当時は江戸湾)敵の船が侵入してくるのを一早く確認出来る絶好の場所だ。この辺からよく見ると木に濃いピンク色のテープが巻き付けられているのが見え、いくらか順路を教えてくれていることを発見。このテープの色、光GENJIのカー君が巻いてた感が半端ない。確かにいくらか木を切った後、草を刈った後もある、我々は思った。お?これを辿っていけばまた違うディープポイントに出くわすんじゃないか?と。

今度は城を左から右に横断し、大手から見て右側の道無き道を突き進むことにした。そうすると出てくる出てくる!いろんな曲輪、そして堀切、竪堀、危険ポイントにはロープが設置されていて、と言っても木から木にかけて括り付けてあるだけで、枝が折れたら命はない。そのロープを伝ってどんどん下山。ヒッチコックの「ロープ」という超シュールな名作を思い出しながら、順路を教えてくれる木に巻きつけてある濃いピンクのテープを目印にして移動。だがある時気付いてしまった。それがテープではなく椿の花の間違いだったことを…。いや、途中までは確実に木にそのカー君テープが巻き付けられいた。だがある時からそれがなくなり、テンションの上がった我々はそのテープが椿の花だとわからず行動してしまったのである。光GENJIを遠くから見たらカー君だと思っていたのによく見たら山本君だった感じである。春のデ・ジャヴ、時すでに遅し。物凄い急斜面を降りて行く羽目に。下山した麓にある十二天社もいわゆる曲輪になっており、ここにしっかりと砲台の跡が残っていた。ちなみにこっちから城に登ることはマジでお勧めしない。

この曲輪周辺はさすが水軍、いくつかの船着場の跡も残っていた。こういうのは萌える。今でこそ崩れてしまっているが当時はこの急斜面でも城内を行き来出来る道がしっかりと確保されていたのだろう。さすがにもう道がなくなってしまっている。だが造海城、しっかりと整備したら観光客が増えると思うんだけどなあ。これマジで凄いっす。全体像の掲示板もあると良いな。後付けで名前なんか付けなくて良いんだから曲輪1、曲輪2、曲輪3、みたいな呼び方と数え方で十分伝わる。

ロケ終了後、何か美味いものでも食って帰るかとなったが近隣はコンビニも一件もなく、城から一番近くにあったディープな中華料理屋に入った。ここでラーメン半チャーハンセットをみんなで注文。店内は漁師のディープなおじいさんが一人。あとは店主と女将さんのみ。そこに私、ディレクター兼カメラマンの天才菊谷さん、そして理解力の乏しいマネージャーの砂田。店内はガンガンのボリュームでテレビがついていたが、コメントを撮るにあたりちょっとだけ消しても良いですか?と聞くと何なりと了解してくれた店主。城番組で造海城にロケしに来たと伝えると城内の整備は店主も含めた町内の集まりでボランティアでやられてるとのこと。素晴らしい。店主と菊谷さんが喋るのを切り裂くかのようにたまにこの漁師のおじいさんが会話に割って入ってくる。このおじいさんよく見るとほとんど歯がない。よってなんて言ってるかが聞き取りづらい。よく見るとこのおじいさん顔がキース・リチャーズにそっくりだ。しかも70年代にドラッグ漬けになって歯がなかった頃のキースの雰囲気。切り裂いて入って来てたのはいわゆるキースなりのオブリ、もしくはキャッチー過ぎるイントロギターということか。我々にラーメンが届いても喋りまくっていたキース。菊谷さんはなかなか食べれない状態に。きっとキースはブライアン・ジョーンズとのアニタの取り合いについてだったり、ミック・ジャギュアーとの確執、ドラッグから足を洗う時に全身の血を入れ替えた時の真相について語っていたんだと思う。キースは朝3時から海に出て、8時には市場に魚を持って行って、午前中からここで呑んでいるらしくもうかなり出来上がっていた。きっとここに来る前にジャックダニエルをラッパ飲み、ヘロインを両腕にぶっ挿し、テレキャスターをオープンチューニングにしてから来たのだろう。ぶっ飛んだキースの中で我々三人は大学生という設定になっていた。にもかかわらず「大学くらい受験しろよな!」をループ。意味がわからない。食べ終わり店を出る頃そんなキースは我々を引き止めて言った。「どうしてもお願いがある」と。


キースは声を張り上げお約束の「HAPPY」を歌うから聴いてくれと言うのかと思いきや「最後に女将さんと一緒に写真撮ってやってくんねえか?そのカメラで撮ってくれたって構わねえからさ!」と言った。
女将さんは言った「いいの!やめて!年寄り写してどうすんのさ!」
店主は言った「そうだ!そうだ!こんなババア写してもしょうがねえっての!」
女将さんは言った「うるさいんだよ!あんたが一番映りたさそうな顔してんじゃないか!」
キースは言った「ってなわけでどうしてもお願いがある」

これでまた最初のくだりに戻るのだが、この流れを4回続けてループし始めたので5回目が来そうな瞬間でみんなで退散した。その件に関してはアンドリュー・オールダムを通さなくていいのか?と伝えるのを忘れた。この流れを4回ループして読んでみてもらうとこのリアルさが伝わると思うので是非トライしてみてほしい。3回に1回店主が「砲台の跡見た?あれはさ、ペリーが来るってことで作ったんだよ!」っていうセリフもインサートで入ってくることを付け加えたい。キースはそのペリーもきっとエアロスミスの顎の長いジョーの付く方のペリーだと思っていると思う。

あぁ 造海城、また訪れたい…。


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