【インタビュー】首振りDolls、昭和歌謡からメタルまで様々な要素を採り入れた超個性的メジャー1stアルバム『真夜中の徘徊者~ミッドナイトランブラー』

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首振りDollsは、めんたいロックの聖地、北九州市小倉で2012年に産声をあげたスリーピースのロックバンド。4月25日に発売される彼らのメジャー1stアルバム『真夜中の徘徊者~ミッドナイトランブラー』は、R&Rやハードロック、昭和歌謡、メタルといった様々な音楽的要素を採り入れた個性的な音楽性や、文学的且つシネマライクな歌詞などが溶け合って独自かつ魅力的な世界観を創りあげていることが印象的だ。退廃的なイメージのヴィジュアルも含めて、首振りDollsは興味を寄せずにいられない存在といえる。ミステリアスな彼らのリアルな姿に迫るべく、全員インタビューを行った。

◆首振りDolls~画像&映像~

■三人でアレンジして三人で形にすると
■どんな曲でも首振りDollsになる


――首振りDollsは、どんな風に結成されたのでしょう?

nao:元々は私とJohnが一緒にバンドをやっていて、Johnny Diamondが前にやっていたバンドと小倉で対バンする機会があったんです。私からするとJohnnyは年上だし、最初に挨拶した時に無視されたんですよ。それで、“感じ悪っ”と思って(笑)。

Johnny Diamond (以下、Johnny):いや、無視はしていない。たぶん、気づかなかったんだよ。

nao:……どうなんでしょうね(笑)。嫌なヤツだなと思っていたら打ち上げの時に電話番号を聞かれて、数日後に連絡がきて、今居酒屋で飲んでるから来てよと言われたんです。それで、シメられるんだと思って、仕方なく行ったら「nao君、カッコいいね」みたいな話で(笑)。その時はJohnnyのバンドのもう一人のギターの人もいて、一緒にバンドをやらないかと誘われたんです。当時は私とJohnのバンドも終わりかかっていたから、新しいバンドができるなら良いかなと思って、やると言ったんですよ。そうしたら、その場でスタジオに入ろうということになって。

Johnny:そう。バンドをやらないかと誘ったら、二つ返事で「良いですよ」みたいな感じだったから盛り上がってしまって(笑)。

nao:ただ、スタジオに入るにしてもベースがいない。そうしたら、Johnnyが「お前のバンドのベース、良いじゃん。あいつ連れてこいよ」と言って。来ないだろうなと思いつつJohnに電話したら、たまたまJohnがすぐ近くのドンキホーテにいたんですよ。それで、四人でスタジオに入って、このメンバーでバンドをやろうということになった。その後、もう一人のギターが脱退してトリオ編成になって、2012年から首振りDollsとして活動を始めました。

――出会うべくして出会った三人という気がします。首振りDollsは強い個性を持っていますが、結成した当初から目指すバンド像は見えていたのでしょうか?

nao:Johnnyの中にはあったみたいですけど、今の方向性とは違っていましたね。私が誘われた段階では、忌野清志郎さんみたいにR&Rをベースにしつつポップでロックなものをやろうみたいな話でした。

Johnny:俺が前にやっていたのがパンクバンドだったんですよ。新しいバンドでは、日本語のちゃんとしたロックをやりたいというのがあったんです。その頃は、村八分とかにハマっていたので。

nao:最初はJohnnyが歌っていたけど、私が歌うようになって変わっていったんです。私が自分のやりたいものを持ち込んだことで、音楽性が広がっていった。今は私が好きなものとJohnnyのカラーを活かしたものの両方をやっています。


――いろいろな要素が混ざり合っていることも首振りDollsの魅力になっています。それぞれの音楽的な背景なども話していただけますか。

John:僕は楽器を始めたのが19才の時でした。ちょっと遅かったんですよね。子供の頃からずっと野球をやっていて、野球一筋の人生だったんです。高校でも野球部に入っていたけど、2年生の時に一個上の先輩が好き過ぎて、先輩が引退するタイミングで僕も引退してしまって。帰宅部になったらやることがなくて、当時気になっていたJanne Da ArcのCDを買ったんです。すごく良いなと思って、そこからロックやバンドを聴くようになりました。高校を卒業した後は浪人して予備校に通うことになるんですけど、そこに中学生時代の友達がいて、ギターを弾くようになっていたんですよ。それで、自分もギターをやりたいと思っているんだという話をしたら、「俺がギターをやっているから、お前はベースをやれよ。そうしたら、スタジオに入れるから」と言われて。それで、ベースをやることにしました。大学に入ってからいろんなバンドのコピーをするようになって、そこで一番良いなと思ったのがMr.BIGでした。何度もライブに行ったし、一番好きなベーシストもビリー・シーンです。僕は派手なベースを弾くのが好きで、それはビリー・シーンの影響といえますね。

Johnny:俺は親父がビートルズとかストーンズが大好きな人で、洋楽が身近なところにある環境で育ったんです。それで、中学の頃にハードロックが好きになって、キッスとかAC/DC、エアロスミス辺りを聴くようになって。そういう音楽が好きだと、友達は少なくなりますよね(笑)。唯一話が会うヤツがいて、そいつとハードロックのマニアックな音楽を探したりしている中で、バンドをやりたいねという話になって。そうしたら、ある日その友達が浜でギターを拾ったんですよ。同じ日に、俺もベースを拾ったんです(笑)。“これで、バンドやろうよ”という話になって、俺はどうしてもエアロスミスがやりたくて、エアロスミスのスコアを買ったんですよ。でも、エアロスミスの「Dream On」だったかな、イントロだけで12ページくらいあって、長いし、全然わからんし、“なんだこれ?”みたいになって速攻で挫折して。そうしたら、ギターを拾った友達が、河原でラモーンズのスコアを拾ったんです(笑)。ラモーンズのスコアを見たら「電撃バップ」とかは6ページで終わっていて、“これや!”みたいな(笑)。そこでパンクに目覚めて、ずっとパンクバンドをやっていました。最初はベースだったけど、そのうちギターに替わったんです。でも、なんで替わったかは覚えていない(笑)。

nao:私は家でよくザ・スターリンさんやサンハウスさん、ザ・ルースターズさんが流れていたんです。両親共にめんたいロックとか、パンクバンドとかが好きだったので。そうかと思うとユーミンさんとか歌謡曲も流れていて、家で耳にしていた音楽が自分のルーツになっていますね。今にして思うと、めんたいロックはルーツを大事にしている音楽だけど、東京のパンクとかはそういうものをぶち壊してできた音楽ですよね。ルーツと、それを否定した音楽の両方を聴いて育ったのは、すごく良いことだったんじゃないかなと思います。

――同感です。いろんな楽器がある中で、ドラムを選んだ理由は?

nao:親父がドラムをやっていて、私が保育園児くらいの時から「これ、できる?」といって8ビートのパターンとかをやらされていたんです。私が中学に入った頃に突然スタジオに連れていかれて、教えたことを本物のドラムでやってみろと言われて。やってみたら、最初から叩けたんですよ。そうしたら親父がセックス・ピストルズの曲を爆音で流して、私はその中でとりあえず叩くという(笑)。それから本格的にドラムをやるようになりました。歌は、元々はコーラスをやるのが好きだったんです。歌が上手い人に、きれいにハモるのがすごく気持ち良くて。でも、いかんせんJohnnyがあまり歌が上手くなかったので、歌うようになりました(笑)。

――その時に、ボーカルに専念するためにドラムを入れようとは思いませんでしたか?

nao:なんか、ドラム&ボーカルが、お客さんにウケてしまって。それで、これだろうということに、なりました。

――良い選択だったと思います。首振りDollsはヴィジュアル系に通じる匂いもありますが、三人とも通っていないんですね?

nao:通っていないです。大人になってから、黒夢さん好きになりました。

Johnny:俺も通っていない。グラムロックはすごく好きでしたけど。ニューヨーク・ドールズとか。

nao:ヴィジュアル系っぽいということは、たまに言われることがあるんですよ。1990年代頭くらいの危ないヴィジュアル系の匂いがあると。でも、全く意識したことはなくて、自分達が好きなようにやっていることが、自然発生的にヴィジュアル系と共通した部分があるみたいでそれも面白いなと思っています。

――では、1stアルバム『真夜中の徘徊者~ミッドナイトランブラー~』の話をしましょう。作るにあたって構想などはありましたか?

nao:今回は、今までと違うことをしてやろうと思って曲作りを始めました。なので、いろいろなことにチャレンジしたアルバムという印象です。私が作って、三人でアレンジして三人で形にすると、どんな曲でも首振りDollsになることが今回のレコーディングで分かって、自分達でもそれは凄いことだなと思いましたね。曲を作っていく中でキーになった曲をあげるとしたら……今回バンドで最初にアレンジを始めたのは「境界線」という曲だったけど、その前から「浮氣夜」の構想があったんですよ。あの曲はメロディーが浮かんだ時から、これはいけるやろうという手応えがあった。それに、録ってみて良いものになったのは「切花」です。

――3曲ともに昭和歌謡っぽさやレトロ感のある曲で、それが首振りDollsにすごく合うなと思いました。

nao:昭和歌謡っぽいメロディーは、私がかなり好きですね。山口百恵さんの曲はすごく良い。そういうニュアンスを自分の中に取り込みたくて、ずっと聴いていた時期があったんです。ただ、昭和歌謡っぽいメロディーであれば、どんなものでも良いというわけではない。一歩間違えるとめっちゃダサい感じになってしまうので、そこは本当に気をつけています。

Johnny:「境界線」は、最初はnaoが口でリフを言っていて、それをギターに置き換えるところから入っていったんです。リフがハードロックっぽいイメージだけど、メロディーはnaoらしい昭和チックということで、良い感じになるなと思っていたら、実際そうなりましたね。

John:僕が首振りDollsの音楽を分析していていつも感じるのは、ハードロックのサウンドに乗せた歌謡曲みたいな印象なんですよ。だから、「境界線」も違和感はなかったです。それに、この曲は僕が最初にコードを当てたんですけど、コードがきれいに繋がるからベース・ラインがすごく作りやすかった。そういう意味でも良い曲だと思います。

nao:「浮氣夜」は、ライブハウスに来たことがない層にも受け入れられるような曲が欲しいと思って作り始めました。結局首振りDollsみたいな感じのものになったけど、よくできたんじゃないかなと思います。「切花」に関しては、私にとって一番作りやすかったというか。私が首振りDollsのために一番最初に書いたのが「ニセモノ」という曲で、それと同じ引き出しにあるという感じです。

Johnny:俺も「切花」は、すごく化けたなと思いますね。最初にスタジオで合わせた時と、レコーディングした後の変化が一番激しかったのは「切花」と「浮氣夜」じゃないかな。あと、「煙突の街」もすごく良くなったし。今回は、そういう曲が多かったですね。自分の曲では「イージーライダー」は録るのが2回目なんですけど、こんなにゴージャスになるんやと思いました(笑)。アルバムの1曲目にふさわしい曲になって良かったです。「イージーライダー」は3年くらい前に作った曲で、10分くらいで出来たんですよ(笑)。職場から家に帰る間に、頭の中で出来た。“俺はポール・マッカートニーか?”みたいな(笑)。これ以降そんな風に曲が出来たことはなくて、強く印象に残っています。

John:今回のアルバムがマスターとして上がったのを聴いた時に、一番好きだなと思ったのは「切花」です。あと、アレンジの段階で良いなと思ったのは、「サンドノイズ」。ちょうどその頃は激しい音楽が自分の中でちょっとブームだったこともあって、これはカッコ良くなるだろうと思って。80年代のメタルっぽさがありつつ中近東感も入っていて、面白いものになりましたね。

nao:「サンドノイズ」は、THE SLUT BANKSと一緒にツアーを廻るようになってわかったのは、彼らはドロップDチューニングを使っているんですよね。カッコいいなと思って、ドロップDチューニングにしたギターを部屋で弾きまくっていたら、良い感じのフレーズが出てきたんです。それに、私が好むメロディーを乗せたら、こういう曲になりました。中近東っぽいフレーズはデモの段階では私が歌っていたのを、Johnnyがシタールに置き換えてくれたんです。

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