【インタビュー】ZIGGY、『ROCK SHOW』完成「スポットライトを浴びる覚悟を持てるか否か」

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ZIGGY=森重樹一。デビュー30周年記念アルバム『2017』でそんな図式をきっぱりと打ち出してみせたZIGGYは、それでもやはり森重のソロプロジェクトではなくバンドであり、今なお現在進行形の状態にある。

◆ZIGGY 画像

そして、その軸となる彼自身のロック感が見事に体現されたのが、10月24日に発売を迎える新作アルバム『ROCK SHOW』なのである。まさしく、理屈抜きだけどもコダワリはたっぷりのカッコ良さ。その裏側にあるものを、彼自身の言葉から探ってみよう。

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■21歳の時にZIGGYを始めた頃と
■本質的なところではさほど違いがない

──アルバム完成からツアー開幕(11月1日)までのちょっとした時間の隙間。今現在はひさしぶりに落ち着いた時間を過ごしている感じですか?

森重:落ち着いて……はいないかな(笑)。日々のプロモーション活動に加えて、実はもう次に向けての曲作りもしていて。次に作るものはどんなところに落とし込んでいくべきなのか、というのを考えながらね。気まぐれに次々と作ってるように外側からは見えるかもしれないし、長いスパンで見渡してみると確かにそういうところはあるんだけど(笑)、少なくともこうしてひとつ完成したものに対しての“次”の1枚ぐらいについては自分なりに連続性みたいなものも考えているんで。『ROCK SHOW』を作ったから次は『MUSIC LIFE』なんてことにはならず、その間に『JAM』を挟むなんてこともないけども(笑/注:いずれも彼が少年期に愛読していた洋楽ロック誌の名前でもある)。

──早くもそうして次へと意識が向かっている。それやはり、『ROCK SHOW』についてやり切った感があるからでしょうか?

森重:うん。どっちかだと思うんですよ、次は。この路線をもっとマックスに近いところまで突き詰めていくのがいいのか、それとも『GN’R LIES』(ガンズ・アンド・ローゼズがデビュー作の『Appetite for Destruction』の次に出した、アコースティック音源とライヴ音源からなる変則的作品)的なものを出すのがいいのか。実際、何曲かをタロウ(G / カトウタロウ)君とアコギでやってみたんですけど、その手応えがとても良くて。自分のシンガーとしてのありようというか特質を考えた時に……やっぱりある意味、“まんま”であることの重要性というのを感じていてね。俺自身、このまえ<RISING SUN ROCK FESTIVAL 2018 in EZO>でHARRY(ex. THE STREET SLIDERS / JOY-POPS)さんにお会いした時に、今もあの人が自分のなかのHARRYさんのまんまであることがとても嬉しかったし、キッズの頃に戻るような感覚があったんですよ。そういう意味で言うと、ZIGGYのどこを見せていくかといった時に、俺はやっぱり1stアルバム(1987年発表の『ZIGGY~IN WITH THE TIMES~』)のなかにある「BIRDS ON STRINGS」とか「6月はRAINY BLUES」の世界観みたいなものの重要性に気付かされているところがあって。自分のルーツに通ずる三多摩フォーク感とかがすごくあるなと思うんですね。そういうものをこの次のタイミングで出すべきなのか、さらにその先なのかはわからないんだけど、実際それも今、頭に浮かんでることのひとつで。何よりもまず、このアルバムの次に長いインターバルを置きたくないというのがあるんで、フルアルバムじゃないものを作る可能性が高そうだなと今は思っていて。この秋のツアーの終わりぐらいからレコーディングに入れればいいかな、と思ってるんだけど、そこでどっちに進むべきかを今は模索中ではある。

──フットワーク良く、常に鮮度の高いものを出してはツアーをする。そういうスタンスでありたいからこその発想ですよね。

森重:そうですね。今の時代、昔みたいにフルアルバムにこだわらなくてもいいだろうし。作り手側の自己満足には繋がる部分があると思うけど、それ自体が本当の意味で求められてるのかどうかってことを考えた時に……もちろん一部のユーザーはそれを強く求めてるだろうし、俺自身もどっちかというとそうなんだけども、作品リリースのあり方についてはフレキシブルであっていい時代でもあるし、音を作ることについてプロとアマチュアの格差がなくなってきている時代でもある。そこで発信の仕方について、プロだからこういう方法論を使わなきゃいけないとか、そういうこともないと思うし。『ROCK SHOW』についてもね、ライヴのリハーサルの後にプリプロをやりながら作ってきたアルバムだったりするわけですよ。それもやっぱり、ここで今のZIGGYのらしさと作品としての訴求力があるものを最速で出せる方法論はどれなんだろう、という考え方をしたからこそのやり方だったわけなんですよね。

──同時にそこには、ライヴバンドとしての良好な状態をそのまま作品に反映させたい、という狙いも伴っていたはずですよね?

森重:そう。要するに、自分の提示できるものが、今のこのバンドのユニットだったらどれくらいのものなんだろう、というのが自分のなかにあるわけです。プレゼンテーションの仕方自体として。それが今は、すごく明確に見えているので。で、しかもそれは、21歳の時に自分がZIGGYを始めた頃と、さほど違いのないものなんです、本質的なところでは。自分の惹かれる音楽、作りたい音楽のフォーマット自体も、それについての感覚もね。

──30数年前と今現在はすごく感覚的に近いかもしれない、と。途中にはそこから距離を置いていた時期もあったはずですけども。

森重:ありましたね、それはもちろん。

──ただ、そこから何周かして立ち戻れたというか、原点と不思議に合致しているというか。

森重:ホントにそうですね。なんか年々、自分が背負うべきものがそんなにもありはしないんだってこともわかってきて。俺はどっちかというと、何もかも自分が背負わなきゃいけないんじゃないかと考えがちなタイプなんだけど、そうじゃないんだなってことがハッキリわかってきて。そこの視界はクリアになってきてますよ。むしろ自分がこれだって信じられるものを、自分がいちばんいいと思ったものは絶対通じる、というようなところがオーディエンスとの信頼関係のなかにもできてきたと思ってるんですよ。だからこそ、そこで“森重樹一がやらなくていいことまで、おまえが背負わなくていいよ”と、自分に言ってやれるというか。逆に“おまえが背負えるものはそんなにたくさんないよ”ということでもあるんです。そこまで何でもかんでも背負おうとする必要もおまえにはないし、背負うべきものは充分背負ってるはずだから、と。

──今現在は森重さん個人がZIGGYとイコールという成り立ち。そうした図式は外側からは“ああ、この人は重たい十字架を1人で背負う覚悟をしたんだな”みたいに見えなくもないはずです。そうした決意をした段階では、今よりも重さを感じていたんですか?

森重:どうだろう? そういう部分はあっただろうけども、俺はそこまで感情的にそれに支配されることはないというか。まあ、あってしかるべき出来事があるだろうな、ということへの覚悟でしかなくて。それに対して自分が“こうあらねば”と思ったところでできることには限度もあるし。それこそ俺には戸城憲夫の書きそうな楽曲は書けないし、松尾宗仁の楽曲も書けない。しかもそこで森重樹一がマックス頑張って書けるものがあるはずなのに、当時の自分にそれが実践できてたかと問えば、自分のなかのリミッターが働いて書けてなかったところもあったように思える。そこで、そのリミッターを外したところで書ける曲たちを開放してやるために、1人でZIGGYを名乗ることを決めたところが俺にはあるので。そういう意味で言えば、まったくもって必要以上のものを背負ってるつもりもないし、自分のなかにあるものを自然に出していくことで間違いなくそれ相応の破壊力はあるはずだと今は信じているんで。

──これまで一緒にやってきた人たち、あんまりいろいろ背負ってくれませんでしたしね。

森重:そうなんですよ、ホントそう(笑)。

──だから逆に言えば“あいつらに当時背負ってもらってたものを全部自分で”みたいな悲惨なことにもなりはしない。

森重:そうそう、なんないなんない。逆にさっきも言ったように、自分にリミッターを掛ける必要があったのは確かだから。

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