【連載】CIVILIAN コヤマヒデカズの“深夜の読書感想文”第十三回/黒澤いづみ『人間に向いてない』

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こんにちはこんばんわいつもありがとうございます。コヤマです。
CIVILIANというバンドで歌を歌ったりギターを弾いたり曲を作ったりしています。

今年も後少し。秋も通り過ぎたかな。最近は曲を作るために家にずっと篭っているので、例年に比べてまだ季節を肌で感じることがあまり無いかも知れません。もちろんただ曲だけ作っていても頭がおかしくなりそうな時があるので、気分転換に走ったりはしてます。元々先のことばかり考えてしまってやる前から不安になることの多い性格なのですが、時には先がどうなるかなど考えず、えいや、とやってしまうと案外出来ますね、何事も。

今まで、自分のこの性格や人付き合いの苦手さによってどれだけのことを見逃してきたんだろう、と残念に思う事もあります。本当は開いているドアを閉まっていると思い込んだまま勝手に絶望して、ほら見ろどうせ自分など、と勝手に悪態をついて、そんな事を続けてきたような気がします。だけれど、その時感じていた自分の苦しみや悲しみは間違いなく全部本物で、その延長線上に自分がいるのだとしたら、その自分を救ってやれるのはきっと今の自分だけで、だから最近は自分を客観視することをほぼやめました。客観視など糞食らえ。気に入られたい、必要とされたいという気持ちはきっと人前で音楽をやる以上一生消えませんが、その時が来たなら、積み上げて来た「自分」というものをいつだって粉々にぶっ壊せるのだ、という気概を持って生きていきたいと思っています。

今回は「ひとでなし」のお話です。かつて正真正銘のひとでなしだった、そしてその延長線上に生きている自分にとって、とても他人事とは思えない物語でした。

それでは、十三冊目の本のお話をします。
(この感想文は内容のネタバレを多分に含みます。肝心な部分への具体的な言及は避けますが、ご了承の上読んで頂ければ幸いです)

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人間に向いてない
黒澤 いづみ (著)
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【第十三回 黒澤いづみ『人間に向いてない』】

■「人並みの幸せ」を我が子に願う親と、人並みの幸せを強制された「ひとでなし」の子

第十三回はこの方。黒澤いづみ作『人間に向いてない』です。
皆さんは「メフィスト賞」という言葉をご存知でしょうか。講談社が発行している小説誌「メフィスト」から始まった新人賞で、1996年に第一回の受賞者が出て以来、2018年までに毎年様々なタイプの受賞者を輩出している賞です。
ジャンルも作風も関係なく、選考基準は「面白いこと」唯一つ。ちなみに第一回の受賞作は森博嗣の『すべてがFになる』。その後も、僕が知っている作家だけでも清涼院流水、佐藤友哉、西尾維新、辻村深月、岡崎隼人などの面々の名前が。つまりこの賞、非常に僕好みの作品が多く、賞として個人的に信頼しているものです。今回ご紹介する黒澤いづみさんも、2017年の第57回メフィスト賞をこの『人間に向いてない』で受賞されています。黒澤さんご本人に関しては詳しいプロフィールなどは無く、作品も今の所この『人間に向いてない』一冊のみ。これから先どんな作品を書かれるのか、本当に楽しみな方です。

舞台は現代で、奇病に罹ってしまった息子と、その息子との接し方に悩む両親を軸に話は進んでいきますが、今考えても結構ギリギリのラインで書かれてるお話だなと思いました。現代社会の家族間における様々な問題、引きこもり、ニート、生活保護や介護の問題なども含め、今もきっとどこかの家庭で起っているであろうことに思い切り踏み込んだお話です。

とても危ういバランスで成り立っているというか、登場人物、病気を含めた世界の設定、結末まで全部含めて、書き方を一歩間違えたら本当にただ苦しくグロテスクなだけの作品になってしまうような気がします。上手くバランスを取りながら、このずっしりと重い物語を最後まで「面白い」と感じるように読ませてしまうのは、黒澤さんの持つ文章力や、アンテナの鋭さが成せるものなのかなと思います。

引きこもりやいじめの被害者に対して世の中では「本人にも問題があったのでは」という議論が必ず起こりますが、作品の中では「原因不明で突然発症する奇病」という「不可抗力」で「罹患者本人を責めることが出来ないもの」によって息子・優一を人間関係の鎖から早々にフェードアウトさせることによって、逆にその本人以外の人間関係の根本的な問題や間違いを浮き彫りにすることが出来ている。自分が描くべきものの為にこの世界観で描くことを選び取れること自体が素晴らしいなと思います。

結局、明るい作品だろうが暗い作品だろうが、音楽でいうなら牧歌的な歌だろうが自殺の歌だろうが、人の心を打ち震わせ感動させるものを作るのはどんな方向の作品にしたって同じように難しいのですが、自分の中のある種の切実さから生まれた言葉にはちゃんと魂が宿るものだな、と読んでいて思いました。本当に面白かったし、それ以上に様々なことを考えさせられました。

ちなみに「虫になってしまう」というあらすじを見た時に真っ先に浮かんだのはフランツ・カフカの『変身』でしたが、『人間に向いてない』で描かれるのは不条理などではなく、誰もが胸を締め付けられるような「我々の問題」です。


作品内の世界では、とある奇病が蔓延していていました。それは「異形性変異症候群」という原因不明の病で、何の予兆もなく突然発症し、発症した人間は一晩でグロテスクな姿の異常な生物に変異してしまうという病気でした。
何故か不思議なことに、この病に罹るのは十代後半から二十代、それも一般的な社会から外れた引きこもりやニートなどの「社会的弱者」ばかりでした。

物語は、22歳になる引きこもりの息子・優一が「異形性変異症候群」によって虫のような異常な生物に変異してしまい、その息子と関わっていく母親・美晴の視点で進んでいきます。日本政府はこの病に対して、発症した時点で法的には死亡したとみなすこと、その後は一切の人権を適用しないこと(犬猫なら動物愛護法によって国から守られますが、この病に罹ったら最後、山に捨てられようが保健所で殺処分されようが家族によって殺されようが関知しない)を決定しました。

ある日、母親が息子の様子を見に部屋の前まで行くと、ドアから「かしかし、かし、かしかしかしかし」という奇妙な音がしていることに気がつきます。まさか、という思いから、普段は入ることのない優一の部屋へ入ってみると、息子の姿は無く、その代わりに、足元におぞましいものを見つけます。
丸い頭部に昆虫のような複眼。蟻のような牙を持った顎。芋虫のような体に、百足のようにびっしりと足が生えていて、その足は良く見ると一本一本が人間の指でした。

通常、治る見込みのない難病であれば手厚く保護されて然るべきですが、この「異形性変異症候群」には難点がありました。それは、変異した後の姿が、それぞれ違いはあれど一様にグロテスクで、気味が悪く、生物として生理的に嫌悪感を催す姿になってしまうことでした。あまりの醜悪さに世話を放棄する家族が後を絶たず、思わず暴行を加えて結果的に患者を殺してしまうケースも多かったのです。

原因不明で治療もできない、異形から人間に戻ったケースも皆無。対応に困り果てた日本政府は、異形性変異症候群を致死性の病とすることを決め、医師によってこの診断が下された時点で死亡と同等の扱いをすることにしたのです。患者は義務や責任から完全に自由になる代わりに、一切の権利も尊厳もない、真に社会的価値の無い存在となるのです。

優一の父親は、もともと引きこもりの優一を忌々しく思っていました。優一が異形性変異症候群に罹り法的に死亡したことが分かると、優一(だったもの)をあっけなく捨てようとします。それに対して、異形になれどまだ生きている息子を、どうしても捨て置くことが出来ない母。夫との温度差に夫婦間は次第にぎくしゃくしていきます。それでも異形になった優一と何とか共生しようと努力する母でしたが、そんな時、病気の罹患者を家族に持つ者同士で助け合う「みずたまの会」というグループの存在を知り、何一つ協力してくれない夫に代わって、「みずたまの会」に助けを求めるのでした。

夫や夫の親族、美晴の母親、「みずたまの会」のメンバー、様々な人達と関わって行く中で、美晴は人間だった頃の優一と自分の関係について、初めてもう一度考え直すことになります。人並みの幸せでいい、勉強して賢くなって、いい大学を卒業していい会社に就職して欲しい。親であれば至って普通の望みだ、と美晴は思っていました。しかし美晴は、皮肉にも息子が異形となったことがきっかけとなり、親とはどんな存在であるのか、少しずつ気付き始めていくのでした。

とても大事な部分のネタバレになるので詳しく書けませんが、僕は優一が人間××××××美晴の××××××××でそのまま×してしまっても良かったな、と思いました。読む人によって、また誰の視点で物語を考えるかによって読後の感想は違ってくる気がしますが、かつて引きこもりだった僕にとっては優一こそがもっとも共感した人物でした。というか美晴と父・勲夫の優一への接し方は最初からどこかおかしくて、「あなたの為だ」と言いながら自分の望みを押し付ける典型的な人間たちだな(しかも当の本人は押し付けていることに気づいておらず本当に相手の為だと思っている)、と苛つきながら読んでました。こういう人間に限って、自分の提案が相手に拒否されると途端に怒り出すものです。だから、後半のあのシーンでは僕は迷わず「××、××××××」と思っていたんですが、でもこの結末で良かったんだと思います。

(余談ですが、僕は虫が大の苦手でして、見るのも触るのも両方御免なんですが、読んでいる最中に出てくるこの患者たち(異形たち)の仕草はどこか愛嬌があって、途中から不覚にも「可愛い」とさえ思ってしまいました)

いつだって人を傷つけた方は勝手に謝罪して勝手に済んだことにして勝手に前向きな気持ちに戻りますが、傷つけられた方にとっては一度や二度の謝罪で忘れられるようなものではないのです。それが小さな頃であれば尚更。

黒澤さんご本人が、「この作品を四字熟語で表すと」という質問に「因果応報」だと答えていらっしゃるのですが、今自分に起こっている悪い事、善い事、両方とも過去の自分がしてきた事がもたらした結果である、というのが因果応報。異形となった家族と逃げずに向き合った者、向き合うことを放棄した者、捨てた者、殺した者、それぞれの家族が迎える結末とは。というお話。


読む前と読んだ後では自分の世界の何かが変わっているような、素晴らしいお話でした。是非是非読んでみてくださいね。
それじゃあまた。

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・通常盤  CD only SRCL‐9848 / 1,200円(税込)

CIVILIAN 出演情報

<一夜の宴>
※コヤマヒデカズ弾き語り出演
2018年12月17日(月)名古屋CLUB UPSET

<MERRY ROCK PARADE 2018>
2018年12月23日(日)ポートメッセなごや1号館~3号館

<O-Crest YEAR END PARTY 2018 Special 4DAYS!>
2018年12月29日(土)TSUTAYA O-Crest

<“Hello,civilians.” 2019全国編>

“Hello,civilians.” 2019全国編・札幌
2019年1月27日(日)札幌Cube Garden

“Hello,civilians.” 2019全国編・仙台
2019年2月2日(土)仙台enn 2nd

“Hello,civilians.” 2019全国編・新潟
2019年2月3日(日)新潟CLUB RIVERST

“Hello,civilians.” 2019全国編・金沢
2019年2月9日(月・祝)金沢vanvan V4

“Hello,civilians.” 2019全国編・高松
2019年2月11日(月・祝)高松DIME

“Hello,civilians.” 2019全国編・福岡
2019年2月16日(土)福岡Queblick

“Hello,civilians.” 2019全国編・広島
2019年2月17日(日)広島CAVE-BE

“Hello,civilians.” 2019全国編・大阪 ー僕語リ午前壱時ー
2019年2月23日(土)梅田CLUB QUATTRO

“Hello,civilians.” 2019全国編・名古屋 ー君望ミ午前参時ー
2019年2月24日(日)名古屋CLUB QUATTRO

“Hello,civilians.” 2019全国編・東京 ー朝焼ノ午前伍時ー
2019年3月17日(日)マイナビBLITZ赤坂

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