【インタビュー】KOTORI、シュアーなロックサウンドと個性的な歌詞が心に突き刺さるミニ・アルバム『CLEAR』

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若手ロックバンド・KOTORIが、2018年12月5日に2ndミニ・アルバム『CLEAR』をリリースした。メンバー脱退後、新体制初の作品となる本作のリード曲「オリオン」は、叙情的なメロディと歌詞が心に残る楽曲で、多くの人の心を捉えそうだ。ところがバンドにとって「オリオン」は、これまでにはないテイストの曲だったようで、完成までに迷いもあったのだとか。そんな、アーティストとしてはまだまだ未完成ながらも、今後の成長と活躍が楽しみな彼らに、結成から今作の完成までについて話を訊いた。画期的なCDジャケットを手元に置いて読んでいただけたら幸いだ。

■バンド名は大学の同級生“古鳥”くんをローマ字表記で
■「友だちを有名にしたい」という気持ちだけです


――KOTORI は2014年に埼玉県越谷市で結成されたそうですが、結成から現体制に至るまでを紹介してもらえますか。

横山優也(以下・横山):結成当初は、僕と佐藤、脱退したドラマーの田代の三人とサポートギタリストがいたんですけど、上手くいかなくて。1回サポートギター抜きの3ピースになったんです。でも、ちょっと三人だと音がさみしいなと思ってギターの上坂を紹介してもらったんです。2018年9月に田代が抜けて現体制になりました。全員、出身は埼玉ではないんですけど、たまたまそれぞれが住んでいるところの中間地点が越谷だったので、結成を越谷としているんです。

佐藤知己(以下・佐藤):初めてライヴハウスに出たのも、越谷だったので。

――結成以前の話に遡りますけど、それぞれどうしてバンドをやろうと思ったんですか?

横山:僕はもともと中学校の頃に野球をやっていたんですけど、厳しすぎて全然面白くなくて。そのときに友だちのお兄ちゃんが9mm Parabellum Bulletさんのコピーバンドをやっていたのを聴いたんです。「命ノゼンマイ」っていう曲があって、マイナー調ですごく気持ち悪かったんですけど、聴いているうちにどんどん気持ち良くなっちゃって。「バンドやべえな」って思ったんです。すぐにエレキギターを買って弾き始めて、そこから「閃光ライオット」でGalileo Galileiさんが優勝したときのドキュメント映像をYouTubeで見て、バンドをやろうと思いました。高校のときにバンドを組んだときはリードギターだったんですけど、自分も歌いたいと思うようになって、上京してから組んだこのバンドで初めてヴォーカルをやったんです。

佐藤:僕は、中3のときにYouTubeでニルヴァーナのライヴ映像に感動して、楽器に興味を持ったんです。カート・コバーンみたいにギターを弾いてみたいなと思ったんですけど、ちょうどその頃まわりでバンドブームがきていて、みんなギターを弾いていて。ベースがいないということで僕はベースを弾くことにしたんです(笑)。

横山:なんというベタな(笑)。

佐藤:このバンドに入ったのは、当時のドラムの田代に「大学に入ってもバンドやろうよ」って言われて、それも良いなと思って埼玉の大学に進学して、横山と出会って始めたんです。

――その当時は、どんなバンドをやろうと?

横山:「俺はサカナクション」になりたいって言っていました。その頃はちょうど、4つ打ちブームが直撃していたので、とにかく流行ってる感じの曲をやってました。

佐藤:まったく4つ打ちの曲なんか聴いたこともないのにやっていました。

横山:ひたすらにブレていました。色々と。でもずっと歌は中心にありました。

――そうやってある程度バンドの色が出来上がったところに、上坂さんが入ってきたわけですか。

上坂仁志(以下・上坂):そうですね。僕はもともと小学5、6年生くらいにスキマスイッチさんがめちゃくちゃ好きになったんです。父が音楽好きでギターが家にあったので、最初はそれを触っていて。その後、ポルノグラフィティさんにハマって、誕生日にエレキギターを買ってもらって、そこから本格的に始めました。このバンドに誘われたときは、大学に入ったら忙しいと思っていたし、普通に就職しようと思っていたので、一度断ったんです。でも大学に入ってみたら意外と余裕があったので、「やっぱり入れてくれ」って。


――バンド名の「KOTORI」ってどんな由来があるんですか。言葉のまま捉えるとすごく可愛らしいバンド名ですよね。

横山:僕と田代が大学の同じ学部で出会って、音楽好きということで仲良くなって軽音部にも一緒に入ったのが、そもそものこのバンドの始まりなんです。その頃に、同じ学部に僕と同じく九州から上京してきていた奴もいて。そいつの苗字が「古鳥」なんですよ。大学の授業で僕と田代が古鳥君を挟んで、バンド名をどうするかっていう話をしていたときに、僕はSAKANAMONさんがすごく好きだったので、動物系の名前にしたいなって思っていたので、「あ、鳥がいた」って、古鳥をローマ字表記にして、「KOTORI」に決めたんです。「大きく羽ばたく」意味じゃないかとか言われるんですけど、全然意味はないです(笑)。「友だちを有名にしたい」という気持ちだけで。

――有名にしたいって、本当ですかそれ(笑)。

佐藤:いや、でも一時期グッズに古鳥君の似顔絵を刺繍で載せていたんですよ。

横山:それがめちゃめちゃ似ていて。ライヴを観に来てくれたときにファンの方に「古鳥さんですか?」って声をかけられていましたから(笑)。

――バンド結成当初からオリジナルをやっていたんですか。

横山:僕は人生初ライヴからオリジナル曲をやっていました。人にオリジナルを聴かせることに、まったく抵抗がなかったんです。自分でもわからないんですけど、変なところで肝が据わっているというか。最初にやったのは、僕が東京に出てきたときに初めて作った「Morning」(1stミニ・アルバム『tokyo』収録)なんですけど、それが顕著に4つ打ちが好きだったことが表れていると思います。結成当初は、バンドでひたすら曲に合わせて適当に演奏していきながら、作っていく感じでした。

――最初はとにかく無邪気にバンドをやろう、っていう気持ちだけだったんですか? それとも「俺はバンドで生きて行くんだ」みたいな気持ちも芽生えてた?

横山:僕は、そういう気持ちがずっとあるんですよね。中学校の卒業文集に「ミュージシャンになる」って書いたんですよ。ギターを始めたばかりだったんですけど、なんか「行ける」って思って(笑)。そのときから、ずっとミュージシャンでやっていける自信があるんです。

――曲は、横山さんが作詞作曲しているんですね。曲作りにはどんなこだわりがありますか。

横山:わかりやすすぎず、わからなすぎず、みたいな。正直、歌詞を書こうと思えば、なんでももっと真っ直ぐに言えるんですよ。僕の中では、ちょっとひねくれたいというか、あんまり全部わかってほしくないんです。

――なるほど、でも1曲目の「さよなら」は、そのままの意味ですよね。このタイミングで出るということは、脱退したドラマーへ向けての歌詞だと思うのですが。

横山:この曲は、そうですね。以前、「4号線」(1stミニ・アルバム『tokyo』収録)という曲のサビで「さよならは言わないでおくよ」って歌っていたんですけど、そのときは「さよなら」って悲しいことだし、それを言ったら終わりだと思っていたんです。でも、今回ドラムの田代と別れたことって、あいつが前向きに思って辞めたんだし、さよならは悪いことじゃないなと思って歌いました。だから、「さよなら」の歌詞に関しては、そのまま受け取ってもらえればと思います。

――他の曲に関しては、あまり言葉の通りに受け取ってほしくはない?

横山:そう思います。歌詞って、聴く人の受け取り次第だと思うので。ただ、想像しやすい歌詞にはしたいというか。例えば、「オリオン」には、「君」「僕」などの一人称も二人称も三人称も出てこないんです。フワってしているんですけど、その方が自分に当てはめやすいし、入りやすいんですよね。だから、抽象的なところと入りやすさのギリギリのところを歌詞にしたいと思っています。

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