イアン・ブラウン、今の姿が投影された風通しのいい『リップルズ』

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イアン・ブラウンの10年ぶりとなるソロ・アルバム『リップルズ』が2月1日にリリースされた。もちろん、イアンのファンならば諸手を挙げて歓迎することだし、UKロック好きにとってもビッグなタイトルで大いに興味を抱くことだろう。

◆イアン・ブラウン映像&画像

しかし、ひとしきり喜んだ後、誰しもが我に返ってザ・ストーン・ローゼズのアルバムはどうなったんだろうかと首をひねるはずだ。奇跡の再結成が実現したのが2011年10月。約20年ぶりとなった新曲「All for One」からも3年が経とうとしている。「All for One」に続くシングル「Beautiful Thing」を2016年6月にリリースして、さあアルバムだと待ち構えていたのだが、そこでぷっつりと消息を絶ってしまったのだった。

確かにこの2曲のインパクトは薄かった。もちろん紛うことのなきローゼズの4人による曲だが、あの有無を言わせないグルーヴの魔法が解けてしまったかのようで落胆させられたものの、目が覚めるような3曲目が届いて約20年ぶりのアルバムで“Third Coming”となることを信じていたにも関わらず、彼らは再び姿を消してしまう。最後に4人が揃ったのは2017年6月に行われたグラスゴーでのライヴで、そこでイアンはローゼズの活動が終わったことを示唆するようなMCをして物議を醸している。その後、イアンがソロ・アルバムの制作に入ったことも報じられたが、さすがにローゼズのアルバムの後だろうと思っていたところ、こうして実際にソロ作が届けられてしまった。つまり、再結成における活動にいったんピリオドが打たれたことになる。

現時点でイアンからの声明はまったくなく、どの話も憶測にすぎない。この『リップルズ』だけが存在しているという状態だ。2018年10月25日にリリースされたリード・トラック「ファースト・ワールド・プロブレムズ」のミュージック・ビデオで、イアンは“I know the truth and I know what you're thinking”とバックプリントされたTシャツを着ているのだが、このメッセージこそがイアンが言いたいことのすべてだろう。


ローゼズの「フールズ・ゴールド」の一節を借りてのメッセージなのだが、ローゼズに関して言えることはこれがすべてだとイアンが背中で語っているような気がしてならない。ちなみにこの「ファースト・ワールド・プロブレムズ」のMVは、ロンドン市内をローライダー自転車に乗って走るイアンを逆再生した「F.E.A.R.」のMVのオマージュである。


肝心のアルバムだが、ローゼズのお蔵入り曲で構成されていないことは聴き進めていくと自ずとわかるはずだ。音数もそう多くはなく、サウンドのレイヤー感も厚くなくすっきりしており、ずいぶんと風通しのよい作品になった。ソロ・デビュー作である1998年発表の『アンフィニッシュト・モンキー・ビジネス』のようなアナログ感のある作品を意識していたそうで、全曲アナログ・レコーディングを敢行。参加ミュージシャンもほとんどおらず、イアン自らがギターやドラムを演奏している。また「ファースト・ワールド・プロブレムズ」「ザ・ドリーム・アンド・ザ・ドリーマー」「リップルズ」の3曲では、イアンの息子であるケイシーとフランキーと共作。ふたりはギタリスト、ベーシストとしても大半の曲に参加。アットホームな雰囲気の中で制作されたことが伺える。

これまでのアルバムはヒップホップやトリップホップの要素を取り込んだイアンなりのロックが展開されてきたが、この『リップルズ』ではルーツとも言えるレゲエがひとつのキーワードになっている。2曲目「ブラック・ローゼズ」は、バーリントン・リーヴィーが1983年にリリースしたダンスホール・レゲエ。ラストの「ブレイク・ダウン・ザ・ウォールズ」もレゲエのカヴァーで、こちらはマイキー・ドレッドによるもの。イアンが10代の頃から慣れ親しんできたレゲエにアプローチしつつ、4曲目「ザ・ドリーム・アンド・ザ・ドリーマー」と5曲目「フロム・カオス・トゥ・ハーモニー」のようにサウンドを聴かせるよりもメロディ・ラインが前面に押し出された楽曲も収められている。


1996年の解散後はローゼズの影を振り払おうと様々な方向性を模索してきたが、これまでになく自然体なアルバムが誕生したのは、やはり再結成がきっかけだったように思う。グルーヴとメロディが拮抗するローゼズの制作を経たからこそ、この素直な作品が形成されていった。現行のシーンに目配せすることなく、ありのまままの今の姿を投影されている。何を書いたところで“I know the truth and I know what you're thinking”と言われるような気がしてならないが、それでもイアンの新たなスタートが切られた1枚であることはまちがいない。そして、個人的にはソロでの最高傑作になったと思っている。そう伝えたら、イアンはどんな言葉を返してくれるだろうか?

文:油納将志(British Culture in Japan)


イアン・ブラウン『リップルズ』

2019年2月1日発売
UICR-1145 / ¥2,500+税
1.ファースト・ワールド・プロブレムズ
2.ブラック・ローゼズ<バーリントン・リーヴィーのカヴァー>
3.ブリーズ・アンド・ブリーズ・イージー(ザ・エヴァーネス・オブ・ナウ)
4.ザ・ドリーム・アンド・ザ・ドリーマー
5.フロム・カオス・トゥ・ハーモニー
6.イッツ・レイニング・ダイヤモンズ
7.リップルズ
8.ブルー・スカイ・デイ
9.ソウル・サティスファクション
10.ブレイク・ダウン・ザ・ウォールズ(ウォーム・アップ・ジャム)<マイキー・ドレッドのカヴァー>
試聴・購入:https://umj.lnk.to/eh6DC

◆イアン・ブラウン・オフィシャルサイト
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