【インタビュー】幡野友暉、シニカルで繊細、表現力に富んだボーカルがインパクトの強い一作『鬱屈を、沸々と。』

ツイート

■ギターを弾くことが煩わしくなって弾くのをやめて歌に集中してしまう
■それでギターなしで半分くらい歌って最後にチョロッと弾くみたいな(笑)


――さらに、打ち込みのドラムなどを使って無機質かつ幻想的な世界観を構築している「豚の餌」やアコースティック・ギターの弾き語り形態の「やりがいせいじん」なども楽しめました。

幡野:「豚の餌」もバンドの頃からあった曲で、バンド時代は「人間動物園」や「豚の餌」みたいな暗い曲ばかりやっていたんです。「豚の餌」は本当はすごく長くて、ストーリー性がある曲だったんですけど、大柴さんといろいろ話していく中で、これは短いほうが映えるんじゃないかなということになって、今の構成になりました。歌詞のアイデアは、バンドをやっていた頃の僕らはTwitterをやっていなくて、ソロになってから初めてTwitterをやるようになったんですよ。バンドをやっていた頃のアカウントをそのまま自分が使っているので、フォローしているのは知らない人ばかりなんです。6,000~7,000人くらいフォローしていて、一度見た人は二度と出てこないような状況になっている(笑)。いろんな人が無関係に雑多なことを呟いている中で、1つだけ目に止まった呟きがあって。たぶん普通の女の子のツィートだけど、どうやら彼氏と別れたらしくて、「豚の貯金箱、一体どうすんのよ?」みたいなことが書いてあったんです。その一言から一気にイメージが“バァーッ!”と膨らんで、豚にエサをあげているのはお金なのか、愛なのかと思ったんです。それで、いっぱいになるまでお金をあげ続けて、最後はそれをぶち壊すみたいな歌にしたけど、それだとやり過ぎだろうということになって。だから、この曲の歌詞は途中で終わっているんです。

――その結果いろんなことを想像させる歌詞になっていて、それが曲調によくマッチしています。

幡野:そう感じてもらえたなら良かったです。曲を短くしたこともそうだけど、この曲も「sake wo nomouze」と同じようにフォーク要素が強い。それを、他にあまりない感じに落とし込むことができて満足しています。「やりがいせいじん」も元々はめっちゃ暗くて、もっとゆっくりな曲だったんですよ。そこからテンポを上げて、メジャー・キーにしたんです。最初は“この野郎。上司この野郎”みたいなことを鬱々と歌う曲だったので、今の形になって本当に正解だったと思う。ただ、自分があまりにギターがヘタ過ぎて、この曲は大柴さんが弾いてくれました(笑)。


――ギターはあまり自信がないけど、弾き語りもやろうと思われたんですね。

幡野:弾き語りの曲は何曲か欲しいなと思っていたんです。それで、どれを弾き語りにするかという話になって、この曲を選択しました。ギターは未だに自信がなくて、猛練習しています。家で弾いたり、スタジオでリハをする時はいいんですけど、ライブになるとすっ飛んじゃうんですよ。ギターを弾いていることが煩わしくなって、弾くのをやめて歌に集中してしまう。それで、ギターなしで半分くらい歌って、最後にチョロッと弾くみたいな(笑)。そして、大柴さんに叱られるという(笑)。

――その辺りは、バンドで歌っていたことが大きい気がします。

幡野:そうなんですよね。バンドがいると自分が弾くのをやめても特に問題ないから、バンドに任せてしまうというのがあって。テンションが上がるとギターを弾くのをやめてしまうのは、そこからきている気がする。でも、弾き語りでは、ギターはコードだけじゃなくてリズム楽器としての役割も担うことになる。弾くのをやめるとリズムがなくなってしまって、それはかなりマズい。なので、今はちゃんとギターを弾き続けながら歌えるように、毎日特訓しています。

――ギタリストを立てることもできる中で努力されているのは、さすがです。「やりがいせいじん」の歌詞についても話していただけますか。

幡野:この曲はバイト先の上司に対する皮肉を軸にしつつ世の中は“たがりせいじん”で溢れているということを書きました。“しにたがりせいじん”とか“いきがいせいじん”“やみたがりせいじん”というふうにいろんな“せいじん”がいて、でも結局自分も“せいじん”なのかなと思って。だったら自分は何せいじんかなと考えたら“かえりたいせいじん”だなと(笑)。僕は昔から本当に仕事ができなくて、バイトでも1日に何回怒られるかわからないくらいだったんですよ。何回もクビになったし。それで、世間に対して“なんだ、こいつら?”と思っているけど、向こうも“なんだ、こいつは?”と思っているに違いない。だって、僕は仕事をしながら帰りたい、帰りたいとしか思っていないから(笑)。それをストレートに書いたのが「やりがいせいじん」です。

――この曲も多くのリスナーの共感を得ると思います。それに、深遠な世界観の「いざない」というスロー・チューンもアルバムに彩りを与えています。

幡野:僕は小林武史さんがすごく好きなんですよ。あの人のメロディーや7thコードの使い方が生む泣きの感じがすごく好きで、そういう曲を作りたいと思ってできた曲です。この曲はバンドの時にCD化されているんですけど、その時はピアノの弾き語りで、なおかつ1コーラスだけという形だった。というのは、バンドで完成できなかったんです。この曲をどうしてもCDに入れたいと思ったけど、スキルが足りなくて、どうやって形にしたらいいのかわからなかった。今回はサポートしてくれているメンバーがいろいろアドバイスをしてくれて、ようやく完成させることができました。歌詞は、人魚が浜辺に来た男の人に恋をするという形を採って、ストーカーの女の人を描きたいと思ったんです。

――一見ロマンチックなようで実は不気味な歌詞で、ゾッとしました。

幡野:純愛とストーキングは、紙一重のところがあると思うんです。すごく明るくて、爽やかで大ヒットした曲でも、歌詞だけ読むとめちゃくちゃストーカーだなという曲とかもあるし。で、後から気づいたんですけど、たぶん自分もちょっとストーカーっぽい気質があると思うんですよね。中学生の頃は好きなアーティストのブログとかがあると、もう全部読んでいたから。めちゃくちゃ気になって、1000件とかあっても全部読むんです。

――ストーカーのように相手に迷惑をかけるのは問題がありますが、深く好きになるのはいいことだと思います。

幡野:そう言ってもらえると長所なのかなという気がしますけど。……でも、どうなんでしょうね(笑)。

――表現者としては、絶対に長所だと思います。もうひとつ、今作は良質な楽曲/歌詞に加えて、表現力に富んだ歌も大きな聴きどころになっています。

幡野:歌は、自分ではまだまだだと思っています。これも今回初のことですけど、ほとんど歌の修正をしていないんですよ。歌録りを始める前に修正はしないと言われて、それは怖いなと思ったけど、完成したのを聴いて、これは“あり”だなと思いました。ピッチ修正しないほうが、声の良さが出るんですよね。それに気づけたことも今回の制作の大きな収穫でした。ただ、歌の修正をしないなら、もっと良い歌が歌えないとダメだなと思って。だから、もっと磨きを掛けていこうと思っています。


――『鬱屈を、沸々と。』を完成させた後、「人間動物園」のMVを撮影されたと聞きました。

幡野:最初は「人間動物園」だけを撮るつもりだったんですけど、撮影の現場に到着したら「君はずっと僕を知らない、僕はずっと君を知らない」も撮るよと言われて、“ええっ?”みたいな(笑)。しかも、「君はずっと僕を知らない、僕はずっと君を知らない」の撮影のほうが楽しかったという。女の子とゴロゴロするシーンというのがあったんですよ。それは初めてのことで、ソロをやって良かった…みたいな(笑)。相手役の子は「人間動物園」と同じ人なんですけど、「人間動物園」ではその子の髪の毛を思いきり引っ張るように言われて、大丈夫かなと思ったりしました。MVでこんなこともするんだと思って、それも衝撃でしたね。でも、やっぱりゴロゴロしたシーンが良かった。もうラブソングしか書かないようにしようかなと思いました(笑)。

――(笑)。アルバムに加えて、2曲のMVも必見といえますね。さらに、4月にライブも行う予定です。

幡野:4月に名古屋と東京でライブをします。それは<はたのの部屋>という企画で、これからいっぱいやっていこうと思っていて、4月12日の名古屋今池GLOWが“101号室”で、14日の新宿Marbleが“102号室”というタイトルなんです。そのライブでは来てくれた人に“合鍵”というのをプレゼントしようと思っていて、今はそれを何にしようかなと考えているところです。<はたのの部屋>は基本的にバンドセットで弾き語りもあるという構成にしようかなと思っているし、3マンだから競演するボーカルと一緒に歌っても楽しいだろうなと思って。いろいろ面白そうなことを考えて、楽しんでもらえるライブにしたいなと思っています。

――幡野さんはアイディアが豊富なんですね。

幡野:『鬱屈を、沸々と。』を作ったことで、本当にリミッターが解除されたという感覚があって。大柴さんがアルバムを作ろうと言ってくれた時に、自分は弾き語りなんかほとんどやったことがないのに、なぜこの人はそういう気持ちになったんだろう、本当に大丈夫なのかなと思ったんです。でも、後からいろんな人を見て、自分は良い意味でみんなと違うところにいるんだと気づいた。そこで、大柴さんにアルバムを作ろうと言ってもらえた意味も何となくわかってきたんですよ。だから、そこをガンガン伸ばしていくべきだなと思っています。

――ソロ・アーティストとしても、いい意味で楽しみながら活動していけそうですね。

幡野:それは間違いないです。僕は今年の頭からYouTubeチャンネルを開設して、そこでいろんな人とコラボしたりしているんです。あとは、ソロになってから作った「きもち」という曲があって、サビで“気持ちいい 気持ちいい 気持ちいい”と叫び続けるんですけど、去年はそれをティッシュにしてお客さんに配りまくったりしたし(笑)。バンドの時はそういうことをやりたいと思っても絶対に通らなかったから、1人になって表現の幅がより広がったというのはありますね。だから、ソロはすごく楽しい。ソロではもっといろんなことをやっていいんだなということを感じていて、実際やりたいことはメチャクチャ沢山あるんですよ。それを実現させていくことを楽しみにしているし、みんなにも期待していて欲しいです。

取材・文●村上孝之


リリース情報

1st FULL ALBUM『鬱屈を、沸々と。』
ZGCL-1005 
1.人間動物園
2.君はずっと僕を知らない、僕はずっと君を知らない
3.sake wo nomouze
4.豚の餌
5.やりがいせいじん
6.風と人の谷
7.ロックは死んだ!
8.ウソングライター
9.いざない
10.はいチーズ

ライブ・イベント情報

<IMAIKE GO NOW>
3月23日(土)愛知県 今池のライブハウス

<自主企画 はたのの部屋 101号室 名古屋編>
4月12日(金)愛知県 今池GLOW
※バンドセット公演

<自主企画 はたのの部屋 102号室 東京編>
4月14日(日)東京都 新宿Marble
※バンドセット公演

◆インタビュー(1)へ戻る
この記事をツイート

この記事の関連情報