【連載】フルカワユタカはこう語った 第30回『長く遠い近道』
「ああっ、声が鳴っているじゃないか、正確には鳴っちまいそうじゃないか」
◆フルカワユタカ 画像
ツアー初日の千葉LOOK (2019年8月31日)。ライブ中からなんだかそんな良い予感がしてたので、家に帰るなり焼酎を片手にその日のライブ音源(会場のミキサー卓からとったぱぱっとした音)を聴いていた。去年のアコースティックツアーくらいからその兆候はあったのだが、この千葉LOOKで明らかに声が鳴り出しているのが分かった。
前回のツアー中もどこか手応えめいたものがあったのだが、年明けから3ヶ月、咳に悩まされていたため、中々確信には至らなかった。次いで、『epoch』のレコーディングで“それ”が覚醒することを期待していくつかの曲でkeyを変更したが、結果、せず、裏目に出てボーカルRECで惨憺たる目にもあった。そんな中、一番最後に録った「コトバとオト」では少し鳴らせたような気がしていた。
▲8月6日(火)@東京・新代田FEVER
耳はいい方だと思う。僕の特技に“声の主を当てる”というのがあって、例えばツアーの移動中などにカーステから流れるラジオのMCやゲストをズバリ言い当ててみせたり、家でドキュメンタリーのナレーションや映画の声優を当てて一人ほくそ笑んだり、と、これは子供の頃から人知れず僕が持っていた特技だ。
それ故に僕は自分の声が鳴っていないことをずっと昔から知っていた。もちろん鳴っている人がいることも知っていた。声が鳴ると言うのは大きな声や高い声を出せることとは違う。歌の上手い人は世の中に沢山いるけれど、しっかりと完全に鳴っている人はほとんどいない。力みや詰まりが無く自由で、空気が震えている様な声。これが鳴っているってやつだ。無論、僕の声もまだ鳴ってはいない。鳴ってるっぽいけど完全には鳴ってはいない。もしかするといつまでたっても鳴らせないかもしれない。
鳴るだとか鳴ってないだとか、鳴ってなかったものが鳴るようになっただとか眉唾だと言う人もいるだろう。そんな人は例えば昔の僕の音源と「コトバとオト」とを聴き比べてみて欲しい。もしくはセゴリータのチャンネルで歌っている「CRAZY」のアコースティックバージョンでも良い。具体的に分かることがなくても“違う”ということ、そしてそれが加齢による経年変化ではないということぐらいは分かってもらえるはずだ。で、前述の千葉LOOKのライブ音源はその二つよりもさらに鳴っていたということなのだ。
▲8月6日(火)@東京・新代田FEVER
10年ほど前、自分の声でドーパン(DOPING PANDA)の音楽を世の中に広げて行くことの限界を感じて、本気でボーカルをやめようかと悩んだ。が、やめなくて良かった。声は生まれ持ったものだとみんなが言っていたし、僕もそう思っていたから諦めようと思った。が、諦めなくて良かった。
最初はなにも分からず、Amazonで海外の教則本を買い集めた。YouTubeで鳴っている人の口、顎、首、肩等々を見まくってとにかく真似をした。ある時期、鳴らすことに拘りすぎて高音も低音も何もかも出なくなった。“A”まで出てたのが“G♭”までしか出なくなって、長所だった低音も不明瞭になって、上はファルセットしか出なくなったこともあったし、逆にファルセットがまったく出なくなったこともあった。今だから言えるけど、本当にある時期は「アイムロックスター!」って言いながら途方に暮れていた。
ほんの数年前にリリースした楽曲のキーを半音下げて歌ったり、オリジナルのラインをかなり変えて歌ったりした。ドーパンの曲なんて殆どまともに歌えてなかった。自分の歌がまわりの人達に密かに酷評されていることも知っていた。「原曲通り歌えや!」って迫るマサ(masasucks)に何度説明しても「言い訳すな!」って怒られて何度か喧嘩になった。とはいえマサは正面切って言ってくれるから、これからもそれで良い、お願いします。で、これはほんの3〜4年前の話だ。
▲8月6日(火)@東京・新代田FEVER
この長くて遠い近道の始まりは、自分の楽曲を不足無く世間に届けたいという気持ちからだった。生まれつき“鳴らせる”天才達のメロディと僕のメロディには何ら遜色無い、“どころか”ということを証明したかった。少しは納得できるところまでたどり着いたように思う。とはいえ、ここからだ。
ちなみにこれはその“鳴り”と関係あるか不明なのだが、僕は骨格も随分変わったし、その証拠に身長がこの10年で2cm伸びている(笑)。体重が7㎏太ったのは全く関係ないだろうけど(現在糖質制限ダイエットにより4㎏減量成功)。
てなことを記念日感覚で酔いどれ呟いたのが、以下9月1日のツイートだ。
よほど嬉しかったのだろうけど、おおー恥ずかしい。なにがジョン・レジェンドだ、なにがスティングだ。そんな風に歌えるようになるわけないだろ、このぶぁかやらう。
翌朝目が覚めて心がモヤッとするときって大概メンヘラというか胸に秘めておけば良いことを呟いてるよなぁ。まあTwitterってある種そういう場所なんだろうけど。酔川ユタカよ、自重せよ。さもなくば何れもっとおっきな恥をかくぞい。でもそんな風に歌えるようになったらなんて素晴らしいんだろう。むふふ。
▲9月1日(日)@神奈川・横浜F.A.D YOKOHAMA
先月、一億光年ぶりに山口に帰った。リアルに言うと10年ぶりの帰郷なのだが、18歳で東京に出てきてからの23年間、山口に帰った時間を合算しても1週間もないだろう。遠いから面倒だとかお金がかかるとか、そういった理由ももちろんあったのだけれど、一番大きいのは鬱屈としたあの頃をなるべく思い出したくないという気持ちからだ。
とにかく狭くて小さくて退屈で。CDショップも無い(実際、マニアックな洋盤を売っているレコード屋はあったが、普通のCDは靴屋に併設されたCDコーナーで買っていた・笑)、ライブハウスも無い、夜中歩いているというだけでラリったヤンキーに蹴っ飛ばされる。音楽どころか文化もへったくれもない街で、早く東京へ行きたい、ここは自分のいるところではない、と高校3年間そう思いながらギターを弾き狂っていた。
▲9月1日(日)@神奈川・横浜F.A.D YOKOHAMA
山陽新幹線が乗り入れる新山口から実家までは車で20分程度、駅には弟が迎えに来るという。時間は夜7時過ぎ、到着してホームに降りてみたらまったく自分のイメージ通りではない人数がホームに溢れかえっていた (もちろんラッシュ時の山手線みたくとかではなくね、あくまでも新山口にしては)。不思議に思いつつ改札を抜けると、僕を見つけた弟が手を振りながら近づいてきた。久々の再会とはいえ、いささか興奮気味すぎる表情だ。
「あのさ…、今、氣志團みたいな人達がいたと思うんだけど、そんなわけないよね?」
「まさか」
「でもみんなリーゼントで……」
「余計有り得ないでしょ、ライブでもないのにリーゼン……」
合致がいった。帰郷したのは8月24日。翌25日に<WILD BUNCH FEST. 2019>(@山口きらら博記念公園)に出演する氣志團の面々が<MONSTER baSH 2019>(@香川県・国営讃岐まんのう公園)から移動してきていたのだ。偶然だった。24日のメンツを調べるとMONOEYESやBRAHMANの名前がある。それにチバさん(The Birthday)もいる。
「みんな市内に泊まるんだろうなー。山口県でやっていることは知ってたけど、そうか阿知須でやってんのか。ふうん。へえ」
▲フルカワユタカ撮影:地元・山口県山口市
実家に着いてみれば、(案の定)会話のほとんどが糖質制限ダイエット批判という母親。うな重を始めとする糖質攻撃をかわしきれず、日々の制限より少々食べ過ぎてしまったので、翌朝はジョギングをすることにした。
中学生以来走る国道9号線は、当時から入れ替わりの早かった飲食店以外は何も変わっていなかった。左に折れて市街地へ下って行くと山口高校が見えてくる。「こんなに近かったっけ、山高?」。山高に限らず全ての距離が近く感じる。パークロードも何も変わっていない。ここから車で30分くらいの場所でロックフェスをやってることに対して実感がまったく湧かない。
中腹にザビエル記念聖堂という教会がある亀山という小さな山。登りきるとそこはささやかな公園になっていて山口市内全体がパノラマで見渡せる。何かに悶々とした時、そこへ行って街を覗きながら一人ウォークマンで音楽を聴いていた。先日、六本木ヒルズのYouTubeスタジオから眺め見た東京と比べてしまったら、信じられないくらい小さかった。東京はどこまで行っても東京で果てしない。だけれども、山口は今見えているところまでが全部で、僕はその全部を知っているのだ。眼前の小さなパノラマに、お前はこの街で生まれ育ったんだという決定的事実をあらためてつきつけられた気がした。
これから東京に戻ったら始まる<epoch ツアー>。ファイナルのO-WESTを売り切ってみせたって、その上にはCLUB QUATTROやZepp、はたまた日本武道館、果ては東京ドーム。僕の声がどれだけ前より鳴っていたって、一体何人の人に聴いてもらえるのか? 高校時代、ヤマハのカセットMTRを使って3年間でトータル50曲以上のオリジナルを作った。この街でそんな高校生などいないと思っていたし、実際にそうだったはずだ。こんな物を作れる僕は天才だと信じていた。急にあの頃の自分が恋しくなった。
▲9月1日(日)@神奈川・横浜F.A.D YOKOHAMA
午後からは先日のsticoのライブの打ち上げでtatsuさん(LA-PPISCH)に教えてもらっていた山口情報芸術センター(通称YCAM)に行った。昔、女子校があった場所にそれはあった。残念ながらその日は催し物をやっていなかったが、普段は国内外で話題のアート展が開催されているらしい。コンピューターや映像を使った、全国でも数少ないメディアアートの拠点がこの山口市に。である。
2019年の今、もしこの文化的な山口市に高校生のフルカワ少年がいたら、一体どうしているだろう? 友達とリストバンドを着け、真っ黒に日焼けして「ベストアクトは~」とか語り合いながら祭りの帰路についているのだろうか。いや、まさか、僕に限ってありえない。「<WILD BUNCH FEST.>とか行くやつは軟弱だ! 男はだまって洋楽フェス!」とか嘯いてるさきっと。「俺は行かない。だっていつか”そこ”に立つんだから」ってな具合でね。
▲9月1日(日)@神奈川・横浜F.A.D YOKOHAMA
明日はLOW IQ 01 & THE RHYTHM MAKERSで<BAYCAMP 2019>だ。ギターもコーラスも、千葉LOOKよりもっともっと鳴らせますように。
撮影◎東美樹 (神奈川・横浜F.A.D YOKOHAMA)/Tetsuya Yamakawa (東京・新代田FEVER)
■<フルカワユタカ ワンマンツアー「epoch」>
open17:30 / start18:00
09月01日(日) 神奈川・横浜F.A.D YOKOHAMA
open17:30 / start18:00
09月08日(日) 群馬・高崎club FLEEZ
open16:30 / start17:00
09月29日(日) 茨城・水戸LIGHT HOUSE
open16:30 / start17:00
10月14日(日) 埼玉・西川口LIVE HOUSE Hearts
open17:30 / start18:00
10月19日(土) 京都・京都磔磔
open18:00 / start18:30
10月20日(日) 岡山・岡山ペパーランド
open17:30 / start18:00
10月22日(火) 静岡・静岡UMBER
open18:00 / start18:30
10月27日(日) 宮城・仙台space Zero
open16:00 / start16:30
11月02日(土) 北海道・札幌COLONY
open17:30 / start18:00
11月03日(日) 福岡・福岡Queblick
open16:30 / start17:00
11月09日(土) 大阪・梅田Shangri-La
open18:00 / start18:30
11月10日(日) 愛知・名古屋APOLLO BASE
open16:30 / start17:00
11月16日(土) 東京・渋谷TSUTAYA O-WEST
open17:30 / start18:00
▼チケット
4,200円(税込/Drink別)
一般発売:7月6日(土)
受付URL
■4thアルバム『epoch』(エポック)』
NIW147 / 3,056円(+税)
01. コトバとオト feat.Base Ball Bear
02. ゲッコウとオドリコ
03. クジャクとドラゴン feat.安野勇太(HAWAIIAN6)
04. コーラとアメスピ
05. セイギとミカタ
06. インサイドアウトとアップサイドダウン feat.ハヤシヒロユキ(POLYSICS)
07. ボトルとサイダー
08. デストラクションとクリエイション ※Guest:岸本亮(fox capture plan)
09. ドナルドとウォルター feat.原昌和(the band apart)
10. ロックスターとエレキギター
この記事の関連情報
【ライブレポート】<貴ちゃんナイト>、fox capture plan、フルカワユタカ×木下理樹、CONFVSEの共演に和やかな音楽愛「笑っててほしいよ」
フルカワユタカ × 木下理樹 × 岸本亮 × 山﨑聖之、<貴ちゃんナイト>共演に先駆けてラジオ番組対談
<貴ちゃんナイト vol.16>にfox capture plan、フルカワユタカ×木下理樹、CONFVSE
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、the band apart主宰レーベルより新曲「この幸福に僕は名前をつけた」リリース
フルカワユタカ(DOPING PANDA) × 荒井岳史(the band apart)、ソロ10周年記念Wアコツアーを5月開催
ACIDMAN主催<SAI 2022>ライブ映像を出演者らのトークと共に楽しむ特別番組生配信
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、周年イベント<10×25>出演者最終発表
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、5thアルバム発売日に周年イベント<10×25>開催発表
【速レポ】<中津川ソーラー>DAY2、LOW IQ 01&THE RHYTHM MAKERS「心の中で、ア・バ・レ・ロー!」